第182話 神殿跡
彼は、勢いよく戸を開いた。
「待たせたな、二人共」
「克臣さん、お帰りなさい」
「お仕事、お疲れ様でした」
仕事着であるスーツから動きやすいシャツとチノパン姿に着替えた克臣は、二人の労いを受けてわざとらしく目元を拭ってみせた。
「帰って来ただけでそんな言葉をくれるなんて……」
「……若干の白々しさを感じるのは気のせいですか?」
「リン、ふざけてみただけだから。そんな白い目で見るな!」
ワンセットかと思える漫才を繰り広げるリンと克臣に目を丸くしつつ、晶穂は「じゃあ」と話の方向補正をを試みた。
「ジェイスさんとエルハさんが先に調査してくださってます。わたしたちも出発しませんか?」
「そうだな。……けど、ユキたちがまだだろ。あいつらを待たなくても良いのか?」
「あ、そうだったね」
ユキたち年少組がまだ姿を見せていない。既に帰宅済みだが、準備に余念がないのだろう。迎えに行こうかと話し始めたリンと晶穂に、克臣が口を挟む。
「おい。あいつらなら、俺が帰ったのと交代で出たぞ」
「へ?」
「え?」
目が点になる、とはこういう時に使う表現だ。あまりにもな驚きに、一呼吸遅れて晶穂が叫んだ。
「えええええっ」
「あいつら……。全く、行動力だけはあるな。仕方ない、行きましょう」
「おうよ」
「あ、うん!」
ため息交じりのリンの呼びかけに、克臣は笑いを堪えつつ、晶穂はハッとした表情で応じた。
トースへ行くならば、手っ取り早いのは扉をつなげて行く方法だ。しかしリドアスの扉は、リンが手をかざしても反応しない。
「……ん? おかしいな」
「扉が動かない? これも、空が落ちてきている影響かもな」
「ですね。仕方ありません、汽車で行きましょう」
リンの提案に頷いた克臣は、
「そういや、ジェイスたちも汽車で行ったらしいぞ。駅でユキたちと合流出来るだろうさ」
「よかった。じゃあ早く行きましょう。リン、克臣さん」
「ああ」
三人が汽車の駅へ向かうと、克臣の予想通りに駅には年少組が待っていた。
ジャリ―――
誰にも見向きもされず、朽ち果てるままのトースの神殿。
石材の破片や崩れた壁の残骸が、所狭しと散らばっている。その瓦礫の上に立ち、ジェイスとエルハはより大きな石の塊を見上げた。
「……これが、トースの神殿だったもの、ですか」
「そう。この中で私たちと狩人が戦い、崩壊した神殿だ」
足下にあった壁の欠片を手に取ると、それはサラサラと崩れてしまった。それを何気なく見て、ジェイスは手をパンパンと
「とりあえず、狩人が残したものやダクトに関係していそうなものを探そうか」
「ですね。……ですが、残っているでしょうか?」
そう言って首を傾げながらも、エルハは足元の瓦礫の一部をひっくり返した。その裏には他の瓦礫があるに過ぎず、特別なものはない。
小一時間ほど周囲を歩き回ったが、見つかるものはなかった。瓦礫の山から
「神殿の中心部へ行ってみよう。この辺りには、もう何もなさそうだ」
「そうしましょうか、ジェイスさん」
ジェイスの言葉に従い、エルハは瓦礫の山を越えてより崩れ方の酷い中央へと歩いて行った。そこにはかつて祭壇であったと思われる高まりがあった。更にその場所には、魔力が残っていた。封珠はなくとも、ダクトの思念が置いて忘れ去られることを防ごうとするかのように。
―――。
「ん?」
「どうしました、ジェイスさん? キョロキョロして」
「今、何か聞こえなかったかい?」
「いえ……」
目を瞬かせ、エルハは首を横に振って否定する。「じゃあ気のせいか」と再び一歩踏み出したジェイスの耳に、今度は明瞭な音としてそれは届いた。
―――グルルッ。
「ジェイスさ……!」
「わかってるっ」
この唸り声は、エルハにも聞こえた。二人の後方から飛び出してきた四つ足の獣が、ジェイスを襲う。彼は咄嗟に両腕を交差させて空気の盾を作り出し、獣の攻撃を防いだ。
ひらりと着地したのは、黒い獣。煙のような、霧のような。不確かな輪郭を持つ、こちらに殺意を持ったもの。赤い双眸だけが
「……魔物、ですね」
「あちらから先にやって来てくれるとはね。こいつを倒そうか、エルハ。リンたちが来る前に、少しでも多くの情報を得ておきたい」
「ですね。了解です」
二人は互いの顔を見合うことなく、同時に地を蹴った。
魔物の体長は五メートル程度かと思われた。体格差は極めて大きい。しかし、二人が怯む材料にはなり得ない。
エルハの和刀が空を舞い、魔物の注意を向けさせる。するとすかさず、ジェイスの気弾が眉間を打った。小さな弾丸と侮るなかれ。重いハンマーと同等の衝撃が、魔物の頭を直撃した。
「グアッ」
そこへ体勢を崩した魔物の右足に、躊躇することなく、エルハが刀を叩き込んだ。
「アアアァアッァァァァアアアッ」
すっぱりと斬られて、胴と離れた足。魔物は絶叫をほとばしらせて絶命した。黒い煙となって消えて行くものを眺め、ジェイスはエルハを振り返った。
「お見事」
「お互い様ですよ、ジェイスさん。流石、銀の華最強の戦士ですね」
「褒め過ぎだよ。さあ、次が来る前に」
「はい」
そう言い合って廃墟の中を探索するが、めぼしいものは何も見つからない。
思えば、ここは狩人の拠点だった施設の一つだ。南のユラフの方が、多くの何かが残っていたかもしれない。
けれど、ユキの夢はこの場所を指し示していた。
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