第178話 残されたものを探せ
「で、どうしたって?」
「ユキが夢を見て。空が割れる原因がわかったかもしれないんです!」
春直に腕を引かれ、克臣はユキの部屋へとやってきた。そこには既に、ユキに連れて来られたリン、ユーギに呼ばれたジェイス、そして唯文と共に来た晶穂がいた。
ジェイスが物言いたげな顔で克臣を一瞥したが、今はその時ではないと判断したのか何も口にしない。
リンがユキをベッドに座らせ、その額に手をあてる。
「ユキ、熱は? 体がだるいとかはないか?」
「ないよ、兄ちゃん。……小さな子どもじゃないんだから、そんなに心配しないでよ」
頬を膨らませるユキに、唯文が冷静に突っ込みを入れる。
「いや、あの悲鳴聞いたら誰でも心配するだろ。多分、全員一度は目を覚ましたんじゃないか?」
「……すみませんでした」
「唯文、言ってやらないでくれ。ここへ来るまでに少し内容について聞いたけど、それでは仕方ないよ」
「ええ、わかってますよ」
リンの言葉に苦笑した唯文に代わり、気を取り直したユキが年長組に改めて夢の中のことについて話をした。
リンは封珠らしきものが出てきた時点で眉を寄せ、晶穂は膝の上で両手を握り締めていた。ジェイスはベッド脇の壁に背中を預けて腕を組み、克臣は椅子に座り前のめりになってユキの話を聞いていた。
「───というところで、目が覚めました」
「……」
しん、と静まり返る室内。わいわいと割と最初から賑やかに話していた自分たちとの余りに大きな違いに、ユキたちは顔を見合わせた。
長く続くかに思われた沈黙は、以外にも早く破られる。
「黄色い珠は封珠。黒い渦、空を破る、か。……ダクトがかかわっていると考えて間違いなさそうだな」
「でもリン、ダクトはもう存在しないはずでしょう? 影響だけが、魔力だけが残っているとでもいうの?」
首を傾げる晶穂に、リンは頷いた。
「あいつはいつからかわからないくらい大昔に生きて、死んだ人物だ。それを思いだけで存在し続け、このあいだまで影響力を持っていた。……時空に傷をつけていたとしても、おかしくはないさ」
「成程ね。いてはいけない、いないはずの存在がそこに居続けたことによって、
「はい、ジェイスさん。そう考えるのが自然かと。その生まれた歪みが、ソディールと地球を離そうとしているんじゃないか、と俺は思います」
リンの真っ直ぐな瞳は、自分がこれから何をすべきかを明確にしていた。
夢は、現実の鏡でもある。ダクトとの縁が深いユキの見た夢が、無意味なものだとは誰も考えていなかった。
「……兄ちゃん」
「ユキ、怖かっただろ。よく手掛かりを見てくれた」
わずかに震えるユキの頭を軽く撫で、リンは微笑んだ。赤い瞳が細くなる。
「俺たちがやることは変わりません。……今は、ダクトの残滓を追いましょう」
「あてはあるのか?」
「う……」
克臣に尋ねられ、リンは答えに窮する。黙した後、ありません、と小さく口にした。
「ユキ」
「何ですか? 克臣さん」
小首を傾げたユキに、克臣は問い返す。
「お前が夢で見た景色を改めて説明してくれないか?」
「えっと……。瓦礫の山と砂利。何か大きな建造物が倒壊した後のような」
「―――まさかっ」
顔色を変えたのはユーギだ。「そうか」とジェイスが頷く。すぐにはわからなかった様子の晶穂も、思い当たったのか真剣な顔つきになる。
そしてリンは、
「――トースの神殿、ですね」
「ご名答」
「トースって、北の大陸にある地名ですよね?」
春直の問いに、克臣は「そうだ」と頷いた。
「トースには、以前ダクトが眠っていた神殿の跡がある。瓦礫はその跡地のことだろうな」
「……ダクトって、狩人のボスだった」
「元人間って感じだけどな。で、封珠に封じて祀ってたんだよ。このリドアスで」
巫女の一族である一香と龍のシンに魔力封じを任せたが、戦いが古来種とのものまで続いていたことは、記憶に新しい。壁から体を離してジェイスは息をつき、困り顔で笑った。
「封珠は壊れ、ダクトも共に消滅したはずだ。……やつ自身がこの世に残っていなくても、残るものはあるってことだね」
ジェイスに頷き、克臣は口角を上げた。
「上等じゃねえか。後始末つけてやろうぜ」
「本当に、克臣はどんな時も深刻に捉えないね」
「……ジェイス、失礼だな。俺が軽率だとでも言うのかよ?」
「楽天家なんだろ」
さらりと克臣の追及を躱し、ジェイスは指を顎にあてた。
「うん……。明日も自由に動けるのは、わたしとエルハくらいだね」
「あ? 俺も行く……」
「克臣は仕事があるだろ。リンと晶穂も大学。ユーギ、唯文、春直、ユキも学校がある。それが終わり次第、わたしたちと合流だ」
星丘大学は、学祭の翌日も普通に講義はある。少しも余韻に浸らせてはくれない。
ジェイスに命じられ、年少組は口をへの字に曲げかけた。しかし仲間外れにされるわけではないのだと理解し、渋々ではあるが納得の表情を見せた。
特に唯文は、いつまで高校に通うことが出来るかわからない。吸収出来るものはして来なくてはという義務感と、まだ通えるのだという安堵感をないまぜにしたした表情をしている。
「俺は、夕方までに講義が終わりますから、すぐに向かいますよ」
「わかった」
リンの申し出を、ジェイスは快く受け取った。そして、からりと笑う。
「まさか突然魔物に襲われるってこともないだろうが、エルハもわたしも負ける気はないから安心していい」
「……むしろ、返り討ちだろ」
ジェイスとエルハの強さを知っている克臣がぼそりと発した一言を、ジェイスは軽くスルーした。
エルハは日本刀改め和刀の使い手であり、ジェイスは銀の華最強の戦士である。ナメてかかると痛い目を見るのはどちらか、春直もエルハの力を直に見ているためか確かに頷いた。
彼らの様子を目にしながら、晶穂は何を口にすべきか迷っていた。
自分が非戦闘員の枠組みに入っていることは承知している。聖血の矛を持つ神子であるとはいえ、その戦う力はきっとユキにも及ばない。けれど、留守番をしておくには、あまりにも当事者ではないか。
(わたしは、みんなと一緒にいたい。一緒にいるための方法を探さないといけない。……だけど)
その思いを汲んでくれる友人たちに、無理を強いてはいないだろうか。
「晶穂、どうした?」
「……ッ」
顔色が悪いぞ、と晶穂の額に軽く手を添えたリンのぬくもりに、晶穂は目頭が熱くなるのを感じた。けれどそれを抑え込み、彼女は首を横に振った。
今だけとは言い切れないかもしれないが、自分の気持ちに従おうと。
「大丈夫だよ。……わたしも、リンと一緒に行きます。何が出来るかわかりませんけど、わたしだってみんなと離れたくなんてありませんから」
「勿論、晶穂も数に入ってるよ」
くすくすと笑いながら、ジェイスは晶穂を安堵させた。ほっとした表情の晶穂の後ろで、克臣はわずかに眉間にしわを寄せる。
(晶穂、お前はこちらで生きることを選ぶのか? それとも……。俺も決めなくちゃな)
一方、リンは晶穂の頭をぽんぽんと撫で、迷いに揺れる瞳を押し隠すように微笑んだ。
「頼りにしてるぞ、晶穂」
「……。うん、任せて」
一瞬言葉を詰まらせながらも、晶穂はそれに応じた。
「話は、一応まとまったな」
克臣の問いかけに、全員が頷いた。彼は親指で腕の時計を指した。
「ちなみに現在、深夜二時だ。……学生は寝ろ」
「社会人も寝ないと明日に響くよ」
「うっさい、ユーギ。もう眠れない心配はないだろうが。寝に帰れ」
克臣のけしかけに笑いながら、まずは年少組が雪の部屋を出た。それからリンたちが退出し、ユキは大あくびをして床に入った。
今度は、何の夢も見なかった。
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