第177話 ユキの見た夢
その夜、ユキは夢の中で見知らぬ場所にいた。
これが夢だと理解出来るのは、裸足で砂利の上に立っているにもかかわらず、足裏に痛みを感じていないからだ。周囲を見渡せば、瓦礫の山と砂利の地面。何かが地震で崩れてしまったのか。
「……ん? 何だろう、これ」
瓦礫の中に光るものがある。ユキは手で小石や大きめの石をどかせ、それを表に出した。
その光るものは黄色い珠だった。何処かで見たことがあるものだと思ったが、何かがユキからそれを思い出すことを妨げる。何かが、駄目だと叫ぶ。
一歩一歩後退し、ユキが十分に距離を取れたと判断した時のことだ。突然、珠が黒く変色し、渦となって上空へと放出された。
「───ッ」
目を見開き、硬直するユキ。その彼の目の前で、渦はいつしか天へと届き、天に拒絶されて空に広がった。
「……空が、割れる」
うまく息が吸えない。
渦は刃となって天に突き刺さり、割れ目を作っていく。
──パリン
天の一部が割れ落ちた。渦は、黒い何かは天へと入り込み、消えていく。
あまりの出来事に頭が追い付かない。目をさ迷わせてみれば、黄色かった珠は無色に変わっていた。それに近付き、恐る恐る手に取る。
珠に残る気配が、ユキに突如思い起こさせた。
「──そうか、これは」
瞬間、物凄い音をたてて天が崩れ始めた。欠片は容赦なくないユキの頭上に降り注ぐ。
「うわぁぁぁあぁああっ」
悲鳴は、ユキを現実に引き戻した。
ガタン
「痛っ」
「おいユキ、どうした?」
「悲鳴が聞こえたけど」
「悪い夢でも見たの?」
ユキがベッドから落ちたのとほぼ同時に、隣室の唯文、ユーギ、春直が戸を開けて入って来た。ユキは床で打ち付けた腰をさすりながら「大丈夫」と言い、再びベッドによじ登った。
ぺたん、と座り込んだユキの周りに、唯文たちが思い思いに腰掛ける。
唯文は雪の隣に立て膝をし、ユーギはベッドに登って体育座り。そして春直は、椅子を引き寄せてそこに座った。ただし、背もたれを前にしてそこに体を預けている。みんな寝間着姿で、Tシャツにズボンやジャージ生地の服装である。
冷や汗をかいたユキの額に貼りついた前髪をかき上げ、唯文は眉間にしわを寄せた。
「大丈夫って顔じゃない。夢見が悪かったのか?」
「ユキ、話してみなよ」
春直にも催促され、ユキはちらりとユーギの顔を見た。するとユーギもうんうんと頷く。
「……長くなるよ?」
「いいよ。だってこのままじゃ、気になってどうせ眠れないよ」
ユーギの言葉に背中を押され、ユキは小さく息を吐いた。
「唯文兄の言う通り、夢見が悪かったんだ……」
ユキが夢の内容を話し出すと、皆の表情が変わった。真剣みを更に帯び、無駄な動きもせずに聞き入る。
黄色い珠の話が出ると、瞬時にユーギの顔色が変わった。口を挟もうと手を挙げかけるが、話の腰を折らないよう思い留まる。唯文と春直もユーギ同様気付いてはいたが、口をつぐむ。
「―――で、空が崩れてきたんだ。雪崩みたいに。死ぬって思って叫んだら、本当に叫んでてみんなを起こしたってわけ」
ユキが語り終えてから、しばらく全員が口をきけなかった。
ようやく唯文が声を絞り出したのは、話が終わった二分後。十分にも感じる沈黙だった。
「……まるで、今の状況を表してるみたいだな」
「夢に出て来た黒い渦が、天を割ったってこと?」
春直が独り言のように呟くと、ユーギが応じた。苦虫を噛み潰したような顔をして。
「そうなるよね。しかも、その出所が……」
「――黄色い珠。おそらく封珠、だね」
「春直、ぼくも思ったんだ。夢の中だったけど」
封珠は中に封じられていた存在が消滅した直後、割れて粉々に砕け散ってしまった。だから、今存在しないはずなのだ。
「なのに、夢の中ではそれがあったよ。多分、あの黒い渦は……」
狩人の元ボスであり、大昔に獣人によって家族を奪われた男、ダクトだろう。そう全員が思い当たり、身震いした。
ユキは長い間ダクトの
ユキがそう口にすると、唯文が「よし」と声を上げた。
「じゃあ、今からリンさんたちのところに行こう。ユキの夢の内容について、報告するんだ」
「今から? 夜中だけど」
壁に掛けられた時計の針は、深夜一時を示している。少し前までリンと話していた春直は、彼をまた起こすことに躊躇いを感じていた。
「あれだけの悲鳴を上げたんだ、きっと起きてる。手分けして、リンさん、ジェイスさん、克臣さん、それに晶穂さんに声をかけよう」
「エルハさんは?」
「……あの人は自然に目覚めるんじゃなければ、寝起きが物凄く悪いから、やめとこう」
「だね」
以前に一度だけ、寝起きの悪いエルハに和刀を首にあてられたこととのあるユーギが、苦笑いをした。
「あれは、ほんとに怖かったよ」
「だろうな。……一応、様子を見には行こう」
唯文が戸を開けながら苦笑する。ユキは仲間たちに話したことによって肩の荷が少し降りたように感じて、ほっと息をついた。
ユーギと春直も頷き合い、唯文に続いた。
「……ん? 誰か叫んだみたいだね。悪い夢でも見たのかしら」
「幾つか足音が聞こえる。方向的に年少組の部屋だろう。何かあればこっちに言いに来るさ」
「そうね、克臣くん」
眠っている明人を起こさないか気にしつつ、真希は壁に背を預けた夫の顔を穏やかに見つめた。
「話を戻そう。……扉が全て消えれば、俺たちは日本に戻ることが出来なくなる」
「うん。こちらに残れば、両親にも友だちにも会えなくなるし、懐かしい場所に行くことも叶わなくなるって言うんでしょ?」
真希はふっと息を吐き、明人のふわふわした髪を撫でた。
「そしてこの子は日本で生きるのか、ソディールで生きるのか。私たちが決めることになる」
「……ああ」
明人はまだ物心もついていない。今どちらかの世界を選べば、選ばなかった世界のことは記憶に残らないだろう。それが良いことなのかどうなのか、判断はつかない。
「真希」
「何?」
「俺は……」
克臣が先を続けようとした矢先、部屋の戸が激しく叩かれた。聞き慣れた声が廊下からする。
「克臣さん、起きてますか?」
「春直か、ちょっと待ってろ。すぐに出る」
克臣は戸に手をかけ、ふと真希を振り返った。
「少し出てくる。先に寝ててくれ」
「わかった。気を付けてね」
「ああ。……真希、お前が望む方を選んでくれて良いからな」
そう言い残し、克臣は部屋を出て行った。後に残された真希は、困ったような微笑を浮かべて戸を見つめる。
「――克臣くん。私は、あなたに笑っていてほしいのよ?」
静まり返った部屋の中には、明人の規則正しい寝息だけが響いていた。
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