扉の消失

第174話 空の向こう

 ダアァァァンッ

「よしっ。……って、リンと晶穂? なんでここにいるんだ!」

「あ、克臣さん」

「すみません。来ちゃいました」

 ゴリラ風の魔物を地面に沈めた直後、その体の向こう側に見知った二人の姿を見つけ、克臣が叫んだ。近くにいたユーギと春直も目を丸くしている。

 リンと晶穂は互いに顔を見合わせ、苦笑いをした。

「全く。今日はデートしろって言ったろ? 最後かもしれないからって」

 休憩していたジェイスが、片方だけ眉を下げて言う。そんな彼に、リンは決意を口にする。

「最後には、したくなかったので」

「……そうか」

 やれやれと肩をすくめてみせるジェイスだったが、今の状況を二人に手短に説明した。それらを理解した直後、二人は地鳴りと大音量を聞いて振り返る。

 少し離れた場所で戦っていたエルハたちも、猿のような魔物を倒したのだ。

「なんだ、二人とも来たんだね?」

「リンさん、晶穂さん。遅かったですね」

「兄ちゃんたち、お帰り」

 エルハ、唯文、ユキも傷を負いつつにこやかに二人を迎えた。晶穂はぺこりと頭を下げた。

「色々気を遣ってもらったのに、すみません」

「晶穂、気にすんな。正直、リンたちの手をそろそろ借りたいと思い始めてたところだ」

「そうだね。考えていたより早いけど、一段落ついた今の間に情報交換しておこう」

 ついてきて。そう手招くジェイスに導かれ、リンと晶穂はコラフトの端にある切り株に腰を下ろした。周囲を警戒するため、他のメンバーはまちを見に行った。

「まずは、どこから話そうか……」

「そうですね……。コラフトの現状についてお尋ねしたいです。何故、真っ暗なのか」

「リン、それは全くの不明なんだ」

 ジェイスはかぶりを振って答える。

「ホライの村長であるジーランドさんの話は聞いてきたし、現状も見てきた。そしてイズラさんにも会ってきたよ。エルハによれば、オオバにも魔物がいたらしいよ」

「ホライは、どうだったんですか?」

 晶穂が身を乗り出す。

「ナキちゃんが眠ったままだって」

「うん、その通りだよ。ただほっとしたのは、衰弱などは見られなかったということ。体の時が一時的に止まっているような感じかな。他にも眠っている人たちはいた。ホライにはテッカさんに残ってもらってるよ。何かあれば、連絡が入るだろう」

「……眠りと暗闇、消える扉と関係あるんでしょうか?」

「それから魔物、だよね。うーん、あれが何処から来るかとかわかれば、何か進展しないですかね?」

「何処から、か」

 首をかしげる晶穂に、ジェイスはふと思い出したことを口にした。二体目と三体目の魔物が現れた際、何かが落ちてきた大きな音を聞いたことを。

「音がした後、同時に二体現れたな。そういえば」

「……もしかして」

 晶穂は闇の空を見上げた。幾つもの割れ目ができ、今にも崩れ落ちそうだ。

「あの空から?」

「……空の向こうに、あんな化け物がいるってことか」

「そう考えた方がいいかもしれないね」

 リンが嘆息気味に言うと、ジェイスは深く頷いた。

 そこへ、「兄ちゃん」とこちらへ走ってくるユキの姿があった。

「どうした、ユキ?」

「克臣さんから伝えてこいって言われたことを言うよ。まず、眠ってる人たちは魔物に襲われていない。そして、倒した魔物の姿が消えてるんだ」

「よかった。皆さん無事なんだね」

「けど、消えた? さっきまでそこに……」

 切り株から立ち上がり、リンは魔物が倒れていた場所まで歩いていった。

「確かに、ない」

 あれだけ大きな獣の体が、三体とも消えている。跡形もない。リンの後ろから来ていたジェイスと晶穂も目を丸くしている。

 丁度その時、克臣がこちらに手を振りながらやってきた。

「克臣、何処かに隠したのか?」

「隠すかよ! 二階建て住宅の屋根くらいの高さが余裕であったバケモンだ。自分で動いていけば、誰かが気付く」

 魔物の気配がないことを見てきたエルハが、リンたちの会話に参加した。顎に指をあて、考えながら口を開く。

「……うん。死んだ個体は消滅するのかもしれないね」

「エルハの言う通りだろうね」

 ジェイスは散らばっていた唯文たちを呼び集め、再び気の力で船を創り出した。その様子を初めて見たリンと晶穂は、空気が自在に形を変えていく様を見て、目を輝かせる。

 見る間に、立派で透明だが外から中身が透けない高性能の船が完成した。わずかに地面から浮いている。

「また魔物が落ちて来ないとも限らない。眠っている人たちを襲わないということは、起きて動いている者の掃除が目的だろう。……なら、一度リドアスに戻って策を練り直そう」

「……そうですね。戻りましょう」

 リンが同意し、一同は船に乗り込んだ。

 初めて乗船したリンと晶穂、エルハと春直がおっかなびっくりしながらも身を乗り出したのは、言うまでもない。


 船が走り出して十数分後。春直らが船の頭の方でわいわいと騒いでいる中、リンと晶穂は後方で風を浴びていた。ちなみに克臣は、船を操縦するジェイスと喋っている。

「団長、ちょっといいかい?」

「エルハさん」

 年少組を少し離れたところから見ていたエルハが、リンたちの前にやって来た。

「どうぞ、座ってください」

「じゃあ、お邪魔するよ」

 晶穂とリンは少しずつ横にずれ、リンの隣にエルハが腰を下ろす。頭の上を涼しい風が通り過ぎて行く。

「どうしたんですか? オオバで、何か?」

「察しがよくて助かるよ。その通りだ」

 苦笑して、エルハは二人に春直がオオバでクロザに出会った際のことを話した。

「――僕は、なかなか帰ってこないエルハを探しに外に出たんだけど、魔物の気配を感じて急行したんだ。すると、その場には倒れた魔物と、対峙するクロザと春直がいた」

 春直の激情。クロザの静寂。そして、肩を震わせ声を殺す春直。

 晶穂は息を呑み、リンは眉間のしわを深くした。

「……あんなに感情をぶちまける春直は、初めて見たよ。途中で止めることも出来なかった」

「そんなことが……」

「団長。もし時間があれば、一度春直と話してみてほしいな」

「そうしますよ。教えてくださって、ありがとうございます」

 リンが礼を言うと、エルハは「肩の荷が下りたよ」と笑った。

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