第173話 仕組まれたデート
「ま、待ってよ。リン!」
「……手、つないでるだろ」
大学への通り道である商店街を引っ張られながら歩く晶穂は、先を行くリンに文句を呈した。
「歩幅違うから、転びそうになるんですけど」
「あ、ごめん。……少し焦ってたわ」
「え?」
リンが何と言ったのか後半の言葉が聞こえずに小首を傾げた晶穂に、リンは「何でもない」と顔をそむけた。
星丘大学祭は二日目。午前十時から始まっている。
晶穂の展示番が終わった正午過ぎ。晶穂とリンは正門ではなく、学部別に教務課が集まる人通りの少ない東門で待ち合わせをした。
二人のデートを知ったサラと真希が、待ち合わせ直前の晶穂を捕まえて多目的トイレに押し込んだ。驚く晶穂に、二人はフェミニンな白と薄桃色のワンピースを手渡した。胸元の紺色のリボンが可愛らしい。
「え、これどうし……」
「えへへ。可愛いでしょ? 晶穂に似合うと思って持って来たんだ!」
「サラちゃんから晶穂ちゃんとリンくんがデートするって聞いたから、私の好きなブランドのを持って来てみたの。そうしたら、サラちゃんが今日渡しましょうって」
「ね、だからこれ着て行って!」
「う……うん」
勢いに圧され、晶穂は服を着替えた。ふわりと広がるスカートが晶穂のふんわりと柔らかいイメージによく合っている。そう褒めたのは真希だ。
長い髪もサラが整え、柔らかい三つ編みにまとめた。最後に胸元のリボンと同じ紺色のリボンで結べば完成だ。
「さ、いってらっしゃい」
「楽しんでね!」
「あ、ありがとうございます」
デートのために気合を入れたようで、晶穂はかなり恥ずかしかった。
遠目で見たリンは、黒の上下にスニーカーというシンプルないで立ちだった。
東門で先に待っていたリンが晶穂を見た瞬間、顔を真っ赤にして固まった。それを見た時、晶穂の中で照れと共に驚かせられたといういたずら心が顔を出した。
「……どうしたんだよ、それ」
「サ、サラと真希さんが着て行けって……変?」
「変じゃない。……むしろ、かわいぃ」
「……ありがとう」
「―――ッ。行くぞ」
リンは晶穂の手を取り、大学の敷地内を出た。そして時間は冒頭へと戻る。
商店街は普段の休日よりも人通りが少ないようだ。学祭に人が一時的にあつまっているのかもしれない。
知り合いと出会う可能性を考え、思わずリンは速足になってしまったがそれが裏目に出たようだ。少し速度を遅め、リンは晶穂と歩調を合わせる。
「ありがとう、リン」
「どういたしまして。……で、何処に行く?」
学祭を二人で楽しんで来いとジェイスには言われたが、二人が恋人同士だということは秘密にしている。デートを構内でしていれば流石にばれるだろう。後々の影響を鑑み、二人は大学の外に出かける選択をしたのだ。
秋というにはまだ暑さが残る。けれど時折頬を撫でる風は、秋を感じさせてくれた。
少し考えるそぶりを見せ、晶穂はぱっと目を輝かせた。リンを見上げ、微笑む。
「甘いもの、食べに行きたいな。少しお昼時は過ぎたし」
「昼飯まだだし、両方食べられるところとかないか?」
「うーん。あ、あるよ! 和風カフェで、男性もよく入ってるところ」
そう言って、晶穂はリンの手を引いた。その歩調がリンに速いと言った時のリンのものとあまり変わらなかったのは、リンだけが知っている。
二人がやってきたのは、小さなカフェだ。和の小物を使った店内は落ち着いていて、ゆっくりとした時間が流れている。店長は男性で、カウンターの奥で皿を拭いていた。
メニュー表を開くと、玄米ご飯と煮物や味噌汁、煮魚や焼き魚といった軽食メニューの他、甘味も充実していた。あんこたっぷりのどら焼きやうぐいす餅、抹茶を使ったスイーツもあった。
リンは和の軽食セットを選択し、甘味は晶穂に一任した。嬉々としてメニューを見つめる晶穂は、一つの写真を指差した。
「ここの和風パフェ、美味しいんだよ。砂糖控えめのあんこと苦めの抹茶も使われてるから、甘いものが苦手な男性にも人気があるんだって」
「そっか。じゃあ、俺はその小さいのにする。晶穂は?」
「ふふっ。おっきいのにしようかな」
穏やかなBGMの流れる店内で、たわいもない会話が弾む。数組いた他の客たちが自分たちのことを話題にしているなど、知る由もない。
スタッフに注文を頼んだ後、晶穂は問われるままにこの二日間にどんな人が展示を見に来たのかを話した。
「学生さん、中学生とか高校生も何人も来てくれたんだ。中にはこの大学を受けたいんだって言う子もいたよ。お菓子を置いてたから、小さな子ども連れのお母さんも。……サラは昨日も今日も来てくれたよ。様子見に来たって」
「サラは心配してるんだろ。お前の顔色、ここ数日悪いからな」
「そ、そんなことないよ? あ、ほら来た。美味しそう!」
確かに、白玉団子の上に粒の残った餡が乗り、黄な粉のわらび餅と抹茶アイス、ウエハースと生クリームがパフェを飾る。盛沢山な印象だ。
すぐにリンのセットも来て、二人は箸とスプーンを手に取った。リンのパフェは食後にお願いしてある。
それからも、何となくソディールのことは話題に上らずに会話をしていた。
今、向こうでは克臣やジェイスたちは得体のしれないものと戦っているかもしれない。それを忘れようとするかのように。
晶穂はパフェの底に沈んでいた白玉をスプーンですくい、ぱくんと口に入れた。
「美味しい。あんこと一緒に食べるとまた……リン?」
「ん? あ、ああ。どうした」
「やっぱり、集中なんて出来ないよね」
軽食を食べ終わってミニパフェに移っていたリンの手は、スプーンを持ったまま止まっていた。アイスクリームは溶け始め、わらび餅を濡らしている。
自分でも気付いていなかった状況を言葉にされ、リンは慌てた。スプーンを取り落としそうになり、晶穂にくすくすと笑われる。
「ごめんね。わたしもデートが出来るって浮かれてた。だけど、ちゃんと楽しめてないもん」
「ご、ごめん。今日は二人で出かけようって言ったのに」
リンの謝罪に、晶穂はふるふると首を横に振った。それから自らを鼓舞するように「さあ」と言う。
「食べ終わったら、行こう」
「……」
何処へと言いかけて、リンは額に手をあてた。晶穂の言わんとしていることが理解出来たのだ。
「行こう。……この埋め合わせはする」
「気にしないで。わたしも罪悪感がすごいから。……でも、行ったらジェイスさんたちに叱られそうだね」
「ははっ。だな」
二人は小さく笑い合い、和風パフェを最後まで美味しくいただいた。
もう、迷わない。
リンと晶穂は互いの手を握り締め、扉に飛び込んだ。
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