第172話 コラフトでの遭遇
「全く、陸を走行できる船を使うなんて、聞いてませんよ。しかも高速船なんて!」
「悪かったよ、エルハ。春直と二人、汽車と徒歩で来てくれたんだもんな」
エルハと春直がジェイスたちと合流したのは、その日の正午頃だった。コラフトの入り口で仲間たちに迎えられ、エルハは苦笑いを漏らした。
「まあ、気にしてないんで大丈夫ですよ。それで、僕らが来るまでにわかったことはありましたか?」
「……エルハさん、やっぱりちょっと面白くないんですね?」
春直の控えめなツッコミを無言の笑顔でスルーし、エルハは首を傾げる。それに応じたのは、苦笑気味のジェイスだ。
「ああ、先にコラフトを見て回らせてもらったよ。確かにイズラさんの言った通り、暗闇に閉ざされた人っ子一人いない、廃れた町同然の様子だったよ」
「で、
ジェイスの後を引き継いだ克臣が、エルハと春直を手招きする。二人は克臣のあとに続き、村の中へと一歩を踏み出した。
世界は暗転する。
猫人の春直はある程度平気なのだが、ただの人間であるエルハにその明暗の変化は厳しい。くらりと
「大丈夫ですか? エルハさん」
「人間には辛いんだよな。暗順応には少し時間がいる。正直、俺も少し待ってほしい」
「本当ですよ、克臣さん。慣れてしまえば、獣人には劣るけれど見えるんですけど」
頭を軽く振り、目が暗さに慣れた頃、エルハはぐるりと町の中を見回した。
「確かに、動くものの気配がありません。そして……」
空を見上げて、目を凝らす。
「……空が割れている、か」
「割れてます、よね」
ユーギがエルハに同意し、隣で空を見上げた。その目に映るのは、故郷の空であったかもしれない。
眠り病の発症地と言われるだけあって、空の破片はいたるところに落ちている。ボールか何かで窓ガラスを割ったような有様だ。空にはところどころに呑まれるような暗闇が広がり、雲はない。
がさり。何処かで何かが動く音がした。
「ジェ、ジェイスさん!」
「!?」
ユキの警告を受けて、ジェイスは前方へと飛び退いた。彼が先程まで立っていた場所には、巨大な爪が突き刺さっている。土煙の中、現れたのは黒い何かだった。
「何だ、これは」
「――――ッ」
二手二足。何度も追いかけて来る爪を躱し続けるジェイスの前に現れたのは、真っ黒な猿に見える。体調は十メートル近くありそうだ。その血色の双眸が、しっかりとジェイスを見据えた。
この得体のしれない何かは、自分を標的に選んだ。そう確信したジェイスは、一歩前に出る。
「ジェイス!」
「克臣、みんなを頼む。……わたしはこいつを、倒す」
ジェイスは空気弾を創り出し、黒い巨大猿に向かって連続で放った。
「ギャッ」
攻撃に怯んだ様子を見せる相手に、気の力で創り出したナイフを飛ばす。しかし急所は外れ、尻もちをついた猿はゆっくりと身を起こした。
「くっ。まだ駄目か」
ならばと細身の剣に持ち替え、殴りかかるように迫って来た猿の右腕を斬り落とす。「―――アッ」
黒板を爪でひっかく音よりも深いな金属音のような深いな悲鳴を上げ、猿は飛び退いた。ぼたぼたと落ちる先には、血だまりがある。
ジェイスと猿の戦闘を呆然と見つめていたエルハは、小さく言った。
「似てる。……オオバの魔物も」
「そう、ですね。あれは狼みたいな形をしてましたけど」
「エルハさんと春直、あれに会ったの?」
ユキの言葉に春直が肯定するより早く、巨大な体が地面に叩きつけれられた。
「はあ、はあ……」
ジェイスは銀の光を放つ鳥人の翼を開き、魔力の放出を強めた上で魔弾を猿の胸に集中させた。それが数十発着弾し、猿は動かなくなった。
「結構な強敵だよ」
「ジェイスが肩で息をするなんて珍しいな。それに、ここまで体力削られるなんて予想外」
「全くだよ。一匹だけだからまだいいけど、こんなのが何体も」
ヒュッ……ドサッ
ヒュッ……ドカッ
「マジか」
「呼び寄せてしまった、かな」
唯文の呟きに、ジェイスは困り顔で言った。そうしている間にも、暗闇の向こうから別の魔物二体が降りてきた。一頭は猿によく似たもので、もう一体はゴリラに似ている。
それら二体の魔物は倒された仲間に群がり、雄叫びを上げる。まるでその死を悼むかのように。もしくは興奮しているかのように。
ひとしきり獣のような叫び声を上げた後、二体はそれぞれジェイスたちを見下ろした。七、八メートルから十メートルはありそうな体はmそれだけで気圧される。
ごくりとのどを鳴らし、ユーギは克臣の傍で構えた。
「……克臣さん」
「ああ、二手に分かれてやるしかなさそうだな」
二人の近くには、エルハとユキ、唯文と春直がいる。ジェイスも勿論いるが、先に戦い消費した魔力を回復させる方が先だ。鳥人でもある彼には、それほどの時間は必要ないが。とりあえず、全体を見る役割を任せた。
エルハが克臣の意図を理解し、大声で言う。
「克臣さん、こちらは僕とユキ、唯文で請け負います」
「わかった。じゃあユーギと春直、二人はこっちだ!」
六人は三人ずつにわかれ、臨戦態勢に入る。と同時に、二体の魔物も動いた。
それぞれがどちらと戦うのか決めたのか、巨大な猿はエルハたち、そしてゴリラは克臣たちへと向かって来る。
「ユキッ」
「はい!」
エルハの掛け声に応え、ユキが氷の息吹を放つ。足下を凍らせて魔物の動きを止める作戦だ。それに反応したのは唯文。氷に驚きたたらを踏む猿の隙を突き、魔刀でその目を潰しにかかった。
一方克臣も襲い掛かって来たゴリラ風の魔物の剛腕を防ぎつつ、指示を飛ばす。
「ユーギ、春直。こいつの両足を狙え!」
「「はいっ」」
ユーギは持ち前の身軽さで魔物の面前へ跳び上がると、敵の目に蹴りを叩き込むと見せかけ、春直に合図を送る。それに応え、春直は爪で太いその足に斬りかかった。
「グァアァアアアァッ」
魔物が悲鳴を上げ力が弱まったのを見計らい、克臣はその腕から逃れた。それから大剣を構え直し、春直に続いてその刃を振り下ろした。
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