第169話 イズラの調査
リンたちと水鏡を通して話し合った翌日。ジェイスたちは一路、コラフトへと向かった。途中、リューフラに寄り道をする。そこで現在オオバ村にいるエルハと春直と合流する予定だ。
「唯文、ここから歩いたらどれくらいかかる?」
「歩いてですか? うーん……半日くらいですかね」
「克臣さん、汽車を使った方が早いと思うよ」
唯文とユーギが口々に言い合い、克臣は「どうする?」という顔でジェイスを見た。少し考えた素振りをし、ジェイスはふと思いついて両の手のひらを前に開いた。
「じゃあこれは?」
ジェイスは目を閉じ、何かを呟いた。
「え……」
ユキが驚きの顔でジェイスの前を凝視する。目の前に、透明な船が現れた。しかし船体のみで帆はない。光の加減で七色に輝いても見える。
驚きで目を見張る仲間たちの前でパンパンッと手を
「空気を固めて、船を造ってみた。動力は風や波ではなく。魔力だけどね」
「ジェイスお前……。相変わらず予想を超えてくるよな」
「口ぶりが褒めてるように聞こえないよ、克臣。……まあ、いいけど」
ジェイスは船の
「汽車に乗るのもシンを呼ぶのも時間を要する。これで行こう」
「ジェイスさんって、多才なんですね」
思わず口から滑り落ちた唯文の言葉を「そうかな?」と首を傾けて受け、ジェイスは仲間たちを呼んだ。
「さあ、行こうか」
音もなくハイスピードで草原を進む船。時折すれ違う商人の列や旅人が、驚いて振り向く頃にはそこには何もない。ロイラ砂漠が近付き、三時間足らずでリューフラの入り口に到着した。
唯文の父の友人、イズラが住む町だ。
町中は特に異常もなく、親子が仲良く手をつないで歩いていたり、商人が店先で客と話し込んでいたりする。少し乾燥気味の気候のリューフラは、噴水が幾つも設置されている。その町の中を、唯文を先頭にして歩いて行く。
「おじさん、こんにちは。唯文です」
「ああ、唯文か。今開ける」
戸を叩いて十数秒後、イズラはガチャリと鍵を開けた。目の前に唯文のみならず克臣やジェイスたちが立っているのを見て目を丸くしたが、すぐに察したらしい。
「みんな、入りなさい。すぐにお茶を入れよう」
そう言って、居間に通した。
「……お前らがここに来たのは、『扉の消失』の件を調べるためか?」
カチャカチャと客用のカップを取り出していたイズラが、誰とはなしにそう尋ねた。
「そうだけど……この辺では有名な話?」
「ああ。まあ有名ってほどでもないけど、一部の界隈では知られてるよ。別の世界とこちらの世界をつなぐ扉が次々と消え、
紅茶とジュースを入れたカップをそれぞれの前に置き、イズラは自らもソファーに腰を下ろした。一口紅茶を飲んでのどを潤す。
「これが噂といって片付けられるものではないということも、お前たちは知ってるんじゃないか?」
腕を組んで客人たちを見つめる。克臣は仲間たちを代表し、イズラに頷いてみせる。
「俺たちは、朝までホライという村にいました」
「ホライ? ……ああ、ここより北にある村だな。ん? ここまでどうやって来た」
今、午前十時だぞ。そう言うイズラに苦笑いを返し、克臣は言葉を続けた。ちらりとジェイスを見て「お前が説明しろよ」と目で言っておく。
「その話はまた。そこでは人々が次々に眠りにつく病が広がっていました。扉の有無は未確認ですがね」
「克臣くんと言ったか。その近くに扉を持つ地はなかったのか?」
「あります。いや、ありました。オオバという廃村の地です。以前、古来種の襲撃を受けて廃された地の一つで、調査に行った者が扉の消失と思われる残滓を確認しています」
克臣が「だろ」と同意を求めると、ジェイスが大きく頷く。
「わたしたちの後を追い、コラフトを目指して来てくれるはずです」
「……ははっ。コラフトのことも、やはり知った上でここへ来たか」
力なく笑い、イズラは天井を見上げた。それから膝に組んだ手を置いて、姿勢を改める。
「何が知りたい? 私もこの数日の調査分しか話すネタは持ち合わせていないがな」
「それでも構いません。そうですね、ではまず」
紅茶を一口飲み、ジェイスは尋ねた。
「ホライで眠りの症状が現れたのは数日前です。コラフトでの病が見つかったのは、いつ頃になるでしょうか」
「私が町で話を聞いたのは、丁度一週間前だ」
その日の午前中、自宅にいたイズラのもとに来客があった。
客は町の情報屋の男で、妙に慌てた様子なのが気になって「どうした?」と尋ねた。
「大変だよ、イズラさん。ここから南にあるコラフトって場所で、奇病と異常気象が確認されてるって話だ」
男によれば、数日前からコラフトでは日の光を拝めず、突如として眠りにつき起きてこない人が増えているという。そう言われて窓からその地がある方向を見たが、特に変わった様子はない。コラフト同様に晴れているように見える。
それを指摘すると、男は首を横に振った。
「外から見ればな? けど話を聞いたから俺も町に入ってみたんだ。そうしたら」
「そうしたら?」
「……町に入った途端、空は暗くなり夜のようになった。町に人の気配はなく、集会所らしき場所を見に行ったが、たくさんの人が倒れていたんだ」
「何……?」
「俺が慌てて息を確かめたら、幸い全員息をしていた。眠っているだけだったよ」
男はとりあえず近くの病院に連絡を取った。向こうも動揺していたが、ひとまず見に来てくれるという。
「……確かあの町には『扉』があるよな。それを秘し守るのもあの町の役割で」
「それも見に行った。……けど、なかったよ」
男の信じられないと眉を顰める顔を、イズラは呆然と見つめることしか出来なかった。
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