第162話 二手に
リンたちと別れてソディールへ戻ったジェイスたち六人。目の前には見慣れたリドアスと、学祭に先行していたはずのエルハがいた。ソディールへ帰る直前、ジェイスが電話をして呼び戻していたのだ。
「また僕は除け者扱いかと思いましたけど、呼んで貰えましたね」
「エルハはわたしたち以上に広い情報網を持ってるだろう? アレスの商品を集めるために、様々な道筋があると思ったんだ」
ジェイスがそう褒めると、エルハはくすっと笑った。
「確かに、ソディール全域に広げてはいます。サディアには敵わないでしょうけど、僕も一緒に行かせて貰いますよ」
「助かる。頼りにしてるよ、エルハ」
「ええ」
エルハはニヤリと笑うと、隣に立つ春直の肩を叩いた。驚いて自分を見上げる春直に頷いてやり、エルハはジェイスや克臣たちの顔を見た。
「少し、気になる場所があります。春直を借りますね」
「え……ぼくをですか?」
「きみの故郷へ行きたいんだ」
「ぼくの……」
気が進まないという表情を全面に出しているにもかかわらず、春直はエルハに引きずられるようにして行ってしまった。彼らを見送り、克臣は「さて」と腰に手を当てた。
「ジェイス、行くんだろ? ホライに」
「ああ。行って、被害の実情を確かめよう」
五人はリドアスの扉を使い、ホライ村へと飛んだ。
ホライ村は、アラストから汽車で行く方が便利な大陸の北側に位置する小さな村だ。
狼人が多いが、住民には様々な人がおり、暮らしている。森の恵み溢れる穏やかな村だ。
しかし今、ホライは以前の朗らかさを失っていた。
「……何、これ」
ユーギが言葉を失うのも無理はない。日によって表情を変えていた空は黒と灰色に塗り潰され、日の光は落命したかのようだ。そして、人々の住居に明かりは見えなかった。
この状況は、ホライに入った直後に起こった。
自分の家はこういう外見をしている、と話していたユーギは、その瞬間に硬直した。けれどすぐ、静かな声で言う。
「……まずは、長老のもとへ行こう」
「ユーギ……」
自分の震える手をつかんでくれたユキに、ユーギは強張った笑みを向けた。
「大丈夫だよ」
何よりも自分の家族が心配であるはずだが、自宅に背を向けて村の奥へとユーギは歩み出す。ユキがちらりとユーギの実家の方を見たが、暖かな明かりは見えなかった。
光や炎の魔力を持つ者は一行の中にはいないが、獣人は夜目が効く。克臣はジェイスの肩に手を置いて進んだ。
「あっ」
ユーギが指差した方向に、家の明かりが見えた。たった一つある
「……誰だ?」
「村長、ユーギです。テッカの息子の」
「おお、ユーギか。……入りなさい」
中から年配の男性の声がする。許可を得、五人は「お邪魔します」と中に入った。出迎えたのは、村長の世話役を務める女性だ。犬人らしく、ラブラドールレトリバーのようなたれ耳がある。
「ようこそ、銀の華のみなさん。村長のいる、大広間へ案内します」
そう言う女性の後について、廊下を進む。途中、唯文は前を行く彼女の足取りが不安定なことに気が付いた。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
「え……ええ。少し気分が……」
悪いだけだから。そう言い終えることもなく、女性はその場に崩れ落ちた。唯文と克臣が咄嗟に体を支え、頭から床に倒れ込むことは免れた。彼女をどうすべきか悩んでいたところ、奥から足音が近付いてきた。
「どうし……。そうか」
物音を聞きつけてやって来たのは、ホライ村の村長だ。杖を突き、それでもしっかりとした足取りでこちらへと歩いて来る。彼はそっと世話役の傍らに膝をついた。
肩を揺すっても目を覚まさないことを確かめ、村長は嘆息した。
「……来なさい、みんなで。申し訳ないが、そやつを運んではくれないか?」
「勿論」
女性を運ぶのは克臣だ。お姫様抱っこで抱え上げている。
村長を先頭に克臣以下、ユーギたちは大広間へとやって来た。そこには、厳しい表情をした村民たちの姿があった。リドアスに異変を教えてくれた青年の姿もある。
彼らの中に母親の姿を見つけて、ユーギは胸をなでおろした。
「ぁ……」
声をかけようとしたが、母親の顔に幾筋も涙が流れた跡を見つけてしまい、やめた。ハルの具合を知りたかったが、あまり良い知らせは期待出来ない。
村長宅には、この大広間の他にも村長の自室を除いて幾つかの部屋がある。ユーギの耳はかろうじて、生きている人の息遣いを捉えた。それは弱々しい寝息に近い。
「きみ、彼女をこちらに寝かせてくれ」
村長は克臣を奥の部屋へと案内する。戸の向こうは明かりもつけずに真っ暗であり、何枚もの布団が敷かれているのが見えた。克臣は慎重に女性を布団の一つに寝かせ、少し青い顔をして戻ってきた。
「さて、何処から話したものか」
世話役の女性を休ませ、村長はユーギたちをソファーに座らせた。そして手伝いをしようと申し出たユーギを制して自らお茶を入れ、新たに加わった五人の前に置く。
ユーギは母の隣ではなく、ジェイスの隣に座った。ソファーは四角い机を囲むように配され、うち二つには既に村民が座っていたため、ユーギたちは残りの一つを占領した。流石に五人座ることは出来ず、唯文と克臣は後ろに回ってソファーの背を前にして立った。座ったのは、ジェイスとユーギ、ユキ、春直だ。
自分の前に置いた茶を一口飲み、村長は「自己紹介がまだだったな」と言って微笑んだ。
「わしの名は、ジーランド。この村の長だ。先程倒れたのは、フーリという。……まずは、礼を言わねばなるまい」
「礼、ですか?」
「ユーギ、お前が教えてくれただろう。お前の妹を始め、人々が誘拐された後助けてくれたのは、銀の華のお前たちだと」
そう言い、ジーランドは白髪の頭を下げた。若い頃は茶色であっただろう狼の耳も、すっかり白色だ。
「一度も感謝を伝えずに、申し訳なかった。あの時、助けてくれて本当にありがとう」
「頭をお上げください。わたしたちは自分がすべきだと、したいと思ったことを実行しているに過ぎません。……狩人との戦いは、わたしたちの運命みたいなものですから」
そう慌てて言うジェイスに乗っかるようにして、克臣も笑顔で口を開く。
「そうですよ、ジーランドさん。俺たちは感謝されたくてやってるわけじゃない。我儘を通しているだけだ。……勿論、感謝されるのはとても嬉しいですけど」
「……克臣、正直な気持ちが出てるぞ」
ジェイスが呆れ顔で指摘すると、克臣は「やばい」と舌を出した。
「でも、本当のことだろ?」
そう言って笑った。
そんな幼馴染の態度を放置し、ジェイスはジーランドの答えの続きを促した。
「話が逸れてしまいましたね。ジーランドさん、続きをお願いできますか?」
「ああ、そうしよう」
頷いたジーランドは、ゆっくりと言葉を選んでいるようだ。恐らく頭の中で話す内容をまとめていた。彼は十秒ほど後に、再び口を開いた。
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