第161話 カフェテリア

 場所は大学構内のカフェテリア。春直とユキの第一声を聞き話が長引くと踏んだリンが、全員を連れて移動した。まだ午前中だが、コーヒーを飲む男性や話にな花を咲かせる女子大生などがたむろしている。

 リンはふと、年少組の半分がここにいないことを改めて尋ねた。

「そういや、ユーギと唯文は?」

「二人は晶穂さんに状況を説明しに行ってるよ。今連絡したから、こっちに来るんじゃないかな……あっ」

 きょろきょろと見回していたユキが、カフェテリアの入り口に向かって大きく手を振った。リンたちがそちらを見ると、丁度ユーギがユキに応じたところだった。

 ユーギの後ろから、唯文と晶穂が順に入って来る。更にその後ろから思ってもみなかった人物が現れ、克臣が焦って声を上げた。

「ま、真希。何でお前が一緒に……?」

「何でって。晶穂ちゃんのところに行くって伝えたでしょ?」

 呆れ顔で夫に応じた真希は、眠っている明人を抱き直した。

「一通りのことは、唯文くんとユーギくんから聞いたよ。……あくまで、外野の意見だけど。リンくんと晶穂ちゃんは、こっちでの与えられた仕事がある。克臣くんとジェイスくんが見てくるべきだと思う。……どう?」

 真希の言葉に、少し考えたジェイスが頷く。

「真希ちゃんの意見が最善だろうね」

「ジェイスさん、俺も行きます!」

 リンが口を挟むと、ジェイスは首を横に振った。

「リン。きみはうちの団長であると同時に、星丘大学の学生だ。ここで何も言わずに役割を放り出して消えたら、みんなどう思う? ……これからの学生生活のことも考えた上で、行動すべきだよ?」

「…………わかり、ました」

 兄貴分に諭され、リンは拳を握り締めながらも頷いた。ぐるりと仲間たちの顔を見て、頭を下げる。

「ジェイスさん、克臣さん。ユキ、ユーギ、春直、唯文。……頼みます」

「心得た」

 克臣が胸に拳をあてて頷く。それを合図に、彼を始めとした六人が席を立つ。

 一度全員でホライ村ともう一つの村を訪ね、その上で他所に同様の現象が起きていないか調査しに行くという手筈となった。リンと晶穂がリドアスに戻る夕方までには、報告書の形にしてくれると言う。

 六人の姿がカフェテリアから消えても、リンは講義室に戻ろうとはしなかった。心配した晶穂が顔を覗き込むと、俯き加減で何かを考え込んでいるようだ。

 きっと、空が落ちてきたという前代未聞の珍事が起きた理由や、その解決策などを考えているのだろう。決して一筋縄ではいかないことだが、ユキたちの無事とホライを始めとした住民たちの回復も同時に願っているに違いない。

 晶穂はそっと、リンの膝に乗せられた拳に触れた。驚いて顔を上げたリンに、微笑んで見せる。

「大丈夫。ジェイスさんたちを信じよう? 今までも色々あったけど、協力して乗り越えてきたんだもん。絶対、わたしたちなら大丈夫。……ね」

「晶穂……」

 ふと、周りの音が全て消えた気がした。その沈黙は、くすくすという真希の忍び笑いの声で破られる。

「ふふっ。二人共、バレる前に距離を戻した方が良いんじゃない?」

「「!!」」

 真希の小声が、妙に響く。リンと晶穂は互いの手を慌てて遠ざけた。

「ご、ごめん。ここが大学ってこと、一瞬忘れてた」

「俺も。失念してた。バラすわけにはいかないからな」

 顔を真っ赤に染める若者二人だが、真希はそれを微笑ましく眺めていた。

 幸い、周囲の人々はそれぞれの事柄に夢中で、こちらになど目も向けていない。それでも一応彼女が注意を促したのは、リンと晶穂がそれぞれにやるべきことを放り出している状態だからだ。

 二人もそれにようやく気付いたらしく、慌てた様子で席を立った。リンがぺこりと真希に頭を下げた。

「真希さん、ありがとうございました。俺らは一度、戻ります。克臣さんたちから連絡が来るかもしれませんから、来た時は」

「ええ、すぐに伝えるわ。私は明人と一緒にもう少し学祭をまわっているから」

「はい。……あ、真希さん」

 リンと共に席を立ちかけた晶穂が、ウエストポーチから紙を一枚取り出した。それを真希に手渡す。真希は首を捻って「これは?」と尋ねた。

「このカフェテリアのクーポンです。展示や発表を見に来て下さった方に、条件をクリアすれば渡すものなんです。五円引きとか五十円引きだとか色々あるんですけど、これは飲み物一杯無料券です」

 確かに手に収まるサイズの紙には「カフェテリアクーポン券 1ドリンク無料!}と書いてある。

「貰っていいの? ユーギくんと唯文くんに急かされたから全然ゆっくり出来なかったけど」

「いいんです。真希さんのお蔭で、みんなが動く方向性が決められたんですから。それになにより、来て下さって嬉しかったので」

「……そう。じゃあ、ありがたくいただくわね」

「はい!」

「じゃあ、真希さん。俺は先に行きます。もうすぐ発表開始の時間なので」

 そう言って半ば走るようにして行ったリンの後を追おうとした晶穂を呼び止め、真希は学祭のパンフレットを指差しながら耳打ちした。ぱあっと表情を明るくした晶穂は、ぺこりと一度頭を下げカフェテリアを出て行った。

 わいわいと賑やかなカフェテリアにあっても、真希に抱かれた明人は眠っている。神経が太いなと感じつつ、真希はちらりとカフェテリアの注文口を見た。今の時間、並んでいる人は数人しかいない。

「さて、紅茶でも飲むかな」

 ついでにお茶菓子も欲しいになと思いつつ、真希は席取り用にハンカチをテーブルの上へと置いた。

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