第157話 思い出話
その夜、自室のベッドの上に腰を下ろしていたジェイスの耳に、戸を叩く音が聞こえた。
「ジェイス、いるんだろ?」
「克臣か。入りなよ」
「邪魔するぞ」
そう言って入室してきた克臣は風呂に入った後なのか、首に白いタオルをかけていた。よく見ると、何処かの会社の社名がプリントされている。
克臣は上下黒いジャージ姿で、くつろいだ印象を受ける。対するジェイスも同じようなもので、白いシャツに紺のスラックスといういで立ちだ。
ジェイスは克臣のリラックスぶりに苦笑を漏らす。
「お前、ここを自室と勘違いしてないか?」
「自室と思っちゃいないけど、その次くらいの部屋かな」
悪びれずにそう返答した克臣は、ジェイスの膝の上にのるものを指差した。
「それ、だろ。お前がここを飛び出した理由っていうか、きっかけは」
「ああ……」
ガタンと椅子を持って来て座った克臣に頷き、ジェイスは小さな箱を開けた。そこに入っていたのは、純白の羽根と銀色の石。
「これが何なのかなんて、全く知らなかったよ。けど、両親の遺品として渡されたものだ。自分に何かしら関係のあるものだっていうことは、見当がついていたけどね」
「つまり、こっちの羽根が鳥人の証で、石があの光の洞窟を示すものだったってわけだ。……これをお前に残さざるを得なかったお前の両親は、どんな気持ちだったんだろうな」
「さあ、ね。きっと自分が何につながる者なのか、何処から来た者なのか、知っておいて欲しかったんだろうと思う。だけど」
ジェイスは石を取り出して照明にかざし、目を細めた。
「わたしにとっては、幼いわたしにとっては、触れること自体が恐ろしいものになってしまった」
自分につながる者が誰もいないことは、ドゥラから聞いて知っていた。ある場所で拾われ、銀の華に預けられたことも。
正直、ドゥラたちに出会う前の記憶はあいまいで、覚えていない。幼過ぎたのだろう。
自分の背には翼があるのだと知った時も、魔力を持っているのだと知った時も。ジェイスはいつも不安を拭えなかった。その気持ちの正体も不明であったのだが。
密かにすり減らされた精神は、わずかずつ擦り切れて、悲鳴を上げていたのだろう。
ジェイスは羽根と石を小箱に仕舞い、それを机の引き出しに入れる。
「でも、その原因が今回わかったのはよかったと思う」
「そうだな」
克臣は穏やかな幼馴染の笑みを見つつ、「覚えてるか」と口にした。
「昔、一度だけだけど、ジェイスが俺を空に連れてってくれたことがあっただろ?」
「あったね、覚えてるよ。わたしが飛べることを知った克臣が、『俺を空に連れてけ』って駄々をこねるから、手を引いて」
空気で台を作り、その上に克臣を乗せ、台と共に克臣を空に連れ出した。子ども一人でもう一人の体を運ぶことは出来ないからの苦肉の策だったが、克臣も手を引っ張られて肩を壊したり、背中から抱き締められて苦しい思いをしたりせずに済んだ。
そう指摘すると、克臣は苦笑いした。
「ははっ。あの後、ドゥラさんにこっぴどく叱られたよな」
「うん。あの人は、言ったよ。『きみの翼を公共の場で、不特定多数の人に見せてはいけないよ』ってね。……そう、か」
「ジェイス?」
嘆息と共に頭を抱えてしまった親友を心配して立ち上がりかけた克臣に、ジェイスは心配ないと片手を軽く振った。
「知っていたんだ」
「何を」
ジェイスは顔を上げ、克臣を見る。
「ドゥラさんは、わたしが鳥人の血を引いていることを知っていたんだ。……翼の色が白でなく黒だと思っていたのは、ホノカさんの魔力による目くらましをかけられていたからってところかな」
「あの人も、リンと同じ光属性の魔種だったからな、懐かしい」
いつもにこにこと微笑んでいたリンとユキの母、ホノカ。彼女はもうこの世にいない。その強い魔力は攻撃に向かず、回復や癒しを得意としていた。
長らくドゥラの言いつけを守り翼を使うことのなかったジェイスは、先日になってようやく目くらましの魔力が力を失い、本来の翼の色に戻っていることを知った。
「あの時は、気が動転してたんだ。みんなにも心配と迷惑を……」
「その後は、いらね。リンも必要ないって言ってただろう?」
「……そうだね」
長いまつげを伏せ、ジェイスは歯を見せて笑う克臣から視線を外した。後悔をまだ心に残している風なジェイスに対し、克臣はこう提案した。
「どうしても気になるんだったら、俺やリンたちに何かあった時、その力を使って助けてくれりゃいいだろ」
「ああ。礼を言うよ、克臣」
「改まるなよ、気色悪い」
「酷いな」
大げさに引いてみせる克臣に、ジェイスはくすくすと笑った。
もう大丈夫だと踏んで、克臣は気恥ずかしさを堪えて立ち上がった。
「ま、まあこれで明日からは通常の生活に戻るってわけだな。お前の血の力についても夕方に聞いたし。今まで通りだな、よし。じゃ、また明日!」
「……矢継ぎ早だな」
ジェイスの言葉を最後まで聞くことなく、克臣は自分の言いたいことだけ言い捨てるようにして引き上げてしまった。どたどたという足音が遠ざかって行く。
「……ありがとう」
一人残されたジェイスは、くすりと笑って箱を仕舞った引き出しに目をやった。
その瞳は、柔らかく。
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