第156話 血の謎を解く
ジェイスが一冊の大学ノートを持ってリンのもとを訪れたのは、夏のうだるような暑さが穏やかさを取り戻しつつある時期だった。
「リン、ちょっといいかな?」
「ジェイスさん? ええ、どうぞ」
「お邪魔するよ。……おや、出直そうか?」
「大丈夫ですから!」
「……」
叫んだのは、リンと共に部屋にいた晶穂だ。リンの一学年後輩である彼女は、リンが昨年取った講義の不明点をリンに教わっていたと言う。
晶穂の焦りぶりとリンの無言の赤面がおかしくて、ジェイスはくすくすと笑い声を上げた。リンはそんな彼に恨めしげな視線を送る。
「……ジェイスさん」
「ごめんよ、リン。あまりに二人が可愛かったものだから、つい」
「…………それはそれとして。何かご用があったんじゃないんですか?」
ゆっくりと呼吸を整えること十秒。リンは幾分冷静さを取り戻し、ジェイスにそう尋ねた。
「うん。リンに見てもらいたいものがあってね」
「わたし、外しましょうか?」
「いや、晶穂もいてくれると助かる。克臣にも帰って来たら見せるから」
腰を浮かしかけた晶穂を再び座らせ、ジェイスは二人の前にノートを開いた。それを覗き込んだリンが、驚嘆の声を上げる。
「『鳥人について』……って。ジェイスさん、調べてたんですか?」
「うん。わたし自身、全然知らなかったからね。後半には四界種についての記述も集めてある」
リンはノートの文章を目で追い出した。流れるような文字はジェイスが書いたものだ。読みやすく丁寧な文字だが、ノート一冊分の字を書き続けるのはなかなか骨の折れる作業だ。
隣で食い入るように見つめる晶穂にもわかりやすいよう、音読する。
「……『鳥人とは、魔種と同等かそれ以上の強大な魔力を保持し、背中にある純白の翼で空を時自由に飛ぶことの出来た一族のことだ』」
ジェイスのノートには、始めに調べのまとめが記されている。その後に、根拠となった『古神事』などの文献とその記述が細かく書かれている。
「『その強さのため畏怖と差別の対象となり、銀山で奴隷同然の扱いを受けて働かされた。』この辺りは、光の洞窟でのことですね」
「そう。そして、『子孫をつくることは許されず、20~30年前には滅亡したと考えられていた』んだ」
「……ジェイスさんのご両親はそこから逃亡して、ジェイスさんを外の世界に託したんですよね。許されなかった息子を、手離して」
「そうだね、晶穂。もう亡くなって記憶にもない人たちだけど、彼らがいなければわたしはここにはいないし、リンや晶穂たちに出会うこともなかったね」
優しく微笑むジェイスの目は、何処か遠くを見ていた。壁の向こう、窓の向こうに、面影すら覚えていない父母を見ているのかもしれない。
しんみりとしてしまった空気を打破するように、リンがノートを指す。
「後半は『四界種』についてだと言われていましたけど、そんなにたくさんの資料があったんですか?」
「それ程多くはなかったよ。けど『古神事』に少しと、伝説の類いの中に少し見つけた」
そう言ったジェイスはノートのページを繰り、記述を示した。
「えっと……。『四界種とは、魔種・獣人・古来種・人間、全ての種族の血を引く者のことをいう』……。全ての種族!?」
呆気に取られるリンと晶穂を置いて、ジェイスはその後の文章を読み進めた。
──太古、創造主たる神と妻である女神との間に、魔種・獣人・人間が生まれた。
神子は、人間の中から女神に愛でられた人々が血を継いだ。
その神子の中、一人の男がいた。
彼は魔種の女と恋をし、子をもうけた。
その娘は成長し、獣人の青年と結ばれた。
そして彼女らの間に生まれて成長した息子は、女神の天敵であるもう一人の女神の子孫たる古来種の女を妻とした。
創造の女神は激怒し、息子から神子の資格を奪い取った。
それでも彼の子は、魔種の強大な魔力と獣人の身体能力、古来種の武力と人間の知恵を受け継いでいた。
「これが、最古の四界種の記録だよ」
「なんか、一種の言葉遊びみたいですね。それか、遺伝の勉強」
「確かにな。ここに当てはめるなら、ジェイスさんの場合は獣人のところが鳥人ってことですね」
リンの言葉に、ジェイスは頷いた。
「そうなるね。わたしの場合、両親がどのハーフだったのかとか、どの血を引いていたのかとか、残念ながらわからないことが多い。少なくとも、わたしは鳥人の血が一番濃いようだけど」
パタンとノートを閉じ、リンはそれをジェイスに返した。表紙を撫で、ジェイスは何かを思い出すかのように天井から吊り下がる照明器具を見た。
「わたしは、この最古の四界種の子孫というわけではないようだ。この後もわたしのような血を受け継いだ人々はいたようで、伝承として幾つかの話が残ってるよ」
曰く、魔力と腕っぷしの強さで村の英雄となった青年の話や、全ての能力に秀でて巫女の役割を果たした少女の物語などが伝わっているという。
「よくここまで史料集めましたね、ジェイスさん」
「そこまで大変でもなかったよ。ここ最近は大きな事柄は起こっていないし、わたしの場合、時間だけはたくさんあるからね」
そう答えると、不意にジェイスは部屋の戸の前へと移動した。首をかしげて晶穂が問う。
「どうしたんですか?」
「……さて。立ち聞きなんてせず、入ればいいじゃないか」
ガチャ
「「うわぁぁあっ!?」」
「……ユーギ、ユキ。それに春直と唯文もか。お前ら、何してんだ?」
リンの呆れたという物言いに、戸と共に部屋へ倒れるように雪崩れ込んできたユーギとユキが苦笑いをする。春直と唯文は、巻き込まれない壁側から部屋の中を覗いていた。
「へへ。ジェイスさんがここに入るのが見えたから、何の話をしてるんだろうって」
「ぼくはユキが耳を戸に押し付けてるのを見て、面白そうだなぁって」
「おれは一応、止めましたよ? な、春直」
「う、うん。でも興味があったのも事実で……」
四人四様の応答をしつつ、パタパタと忙しく動く耳としっぽ。毒気を抜かれたリンは、四人を部屋へ招き入れた。
悪かったかな、と互いに顔を見合わせる年少組に、リンはにやりと笑って言った。
「また珍もの好きが狙ってくるとも知れない。お前らも大切な戦力だからな。頼りにしてるぞ!」
「「「「はい!」」」」
四人の返事が揃い、部屋の中は笑い声に包まれる。何が可笑しいということではないが、兎に角笑えて仕方なかった。
その波が落ち着いてから、ジェイスが再びノートを広げ、それを四人の年少組が覗き込む。リンと晶穂は、ジェイスと共にその記述について彼らにかいつまんだ説明をした。
わぁわぁと賑やかさを増したリンの部屋に、もう一人の賑やかな男が加わるのに、多くの時間はかからなかった。
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