第151話 オドアの参戦
リンの瞳に恐れを感じたのか、ラクターが一歩後ろへ下がる。一歩進めば、ラクターが手の届く範囲にいることになる。そう思ったのもつかの間、目の前に気配もなく現れた男によって、リンは吹き飛ばされた。
「ガッ……」
「ラクター氏、不用意に近付いてはなりません。あなたの魔力は敵を傷つける力を持たない。ここは私に任せ、お逃げになった方が宜しいかと」
全身真っ黒な男は、感情のない暗い目でラクターを見下ろした。十センチの身長差は確実にある。
「そ、そうだな。オドア、お前の言う通りだ。わしは……」
「逃がさない」
刃物を喉笛に突き付けられたことで己に迫る危機を感じ取ったのか、及び腰で部屋を出て行こうとしたラクターに、ジェイスの声が飛ぶ。ラクターが振り返る隙さえ与えず、ジェイスは空気を集めて創り出した箱を彼の上から落とすようにして被せた。箱のふたを閉じられ閉じ込められたことを悟ったラクターが、石化によって箱を崩そうとする。その彼に、ジェイスは穏やかに語り掛けた。
「おや、いいのですか? その立方体を石化させれば、あなたは呼吸出来なくなり、死ぬことになりますよ」
「何っ。く……わ、わしを殺すというのか!?」
「とんでもない。人殺しは、しない。――しかし、自殺であればどうしようもありませんからね」
「わ、わしを殺してみよ! 永久に石像を解放することなど出来なくなるぞ」
「だからこそ、です。あなたは生き延びるため、石化の魔力は使わない。使えば、死ぬのは明白」
「……」
舌戦での敗北は濃厚だ。ラクターは悔しげに口を噤んだ。
その一部始終を見ていた克臣は、苦笑いをしながらサドワとヒスキの相手をしている。ジェイスに向かって、おどけた調子で話しかける。
「ジェイス、お前怖えな」
「何を言ってるんだ、克臣。さ、リン……」
「はい」
色々とツッコミたいことはあるが、今はそれどころではない。
これ以上、ケルタのような犠牲者を出すわけにはいかない。そして、ジェイスのようにその身を狙われる人を出すわけにもいかない。
背中の痛みを堪え、リンは立ち上がってラクターに向かって刃を向けた。しかし、その攻撃が放たれることはなかった。
「茶番は終わりか?」
あくびをしつつ、オドアと呼ばれた男が問いかける。サドワたちに『主』と呼ばれていたことからして、彼らの上司にあたるのだろう。相変わらず隙のない彼は痩せ型で、とてもではないが激しい戦闘に身を投じるようには見えない。
けれどその想像は、あまりにも甘いものだった。
「ぐあっ」
「「リンッ」」
壁際から立ち上がった直後、リンの鳩尾に一陣の風がぶつかった。ジェイスと克臣の声が飛ぶ。
腹を押さえてうずくまるリンの前に、影が差す。痛みを堪えて見上げれば、オドアが無表情で見下ろしていた。
「くっ」
「流石に、連戦はきついだろう。あの使えない盗賊たちも、少しは役に立った」
ちらり、と部屋の奥を見やるオドアの視線の先には、悔しさに顔を歪ませるストラの姿があった。唇を噛み締めるストラが囚われの身であることと、グーリスたちがあそこまで必死に襲い掛かって来たこと。その二つが重なり、リンの中にある可能性が浮上した。
(もしかしたら、グーリスたちはストラを人質に取られたのかもしれない)
だがリンは、それをストラにもオドアにも問うことはしなかった。その余裕がない。
オドアの攻勢は衰えることを知らず、徐々に強くなる。リンはそれを紙一重で躱しつつ、剣で応戦した。オドアの攻撃は、鎌鼬のような風の刃だ。
「くっ。同じ風でも、ケルタのものとは大違いだな」
リンは剣で風を切り裂きながら、タイミングを見てオドアに斬りかかる。しかしその隙は、作りださなければ生まれない。
自然の鎌鼬ならばこんなにも血が出ることはないだろう。オドアの風刃は容赦なく肌を切り裂いた。
「克臣、加勢に……」
「それが出来りゃ、苦労はしねえわ」
ジェイスと克臣の前には、サドワとヒスキが立ち塞がる。まずは彼らから勝ちを得なければ。二人は頷き合って左右に跳んだ。
「ケルタ? ああ、あの石像のガキか」
オドアは少年の像を振り返り、フンッと鼻を鳴らした。
「お前らをここへ導いたのは、こいつだろう? 私も同じ属性だからか、それには気付いていたさ」
「何だと……」
目を見張るリンに、オドアは手の中で小さな竜巻を創り出しながら続ける。
「気付いてはいたが、放置した。自分の体も満足に動かせないような奴の魔力など、恐るるに足らんからな。だが、下働きどもを一掃するほどの力を保持していたとは、想定外だった。流石に計算外だった」
そう言いつつも無表情なオドアの心情は読めない。しかし、明らかに面白いとは思っていなかった。
リンは叩きつけられる竜巻から間一髪で逃げ、光の魔力を刃に集中させる。
オドアの話から、ケルタに意識らしきものが残っている可能性が浮かび上がった。これは大きな希望だ。と同時に、体は朽ち果てているということもまた、現実として突き付けられる。
「……ッ」
リンは奥歯を噛み締め、感情をやり過ごす。今にも目の前の男に対して激高しそうだが、そうすれば相手の思う壺だ。今だけは、オドアを――ラクターを倒すことだけを考えなくては。
―――ケルタ、俺に力を貸してくれ。
リンは風刃に斬られ血が流れる頬を手の甲で拭う。背中や足が痛みを訴えるが、魔種の回復力にかけるしかない。
風は火の勢いを助け、木を薙ぎ倒す。土を巻き上げ、水を荒れさせる。
形を持たない者同士の戦い。それについて、昔ケルタが言っていた。
「風は、読むものなんだ」
「読むもの?」
「そう。流れを読んで、筋道を追って。力を利用するんだ」
ケルタはリンよりも魔力が強く、勝負をしてもリンは負けてばかりだった。そんな中で悔しさに肩を震わせたリンに、ケルタはそう言った。
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