第150話 石化の力

 リンはヒスキを避け、サドワの先にいるラクターへと刃を伸ばそうとした。しかしサドワに阻まれ、再び床を蹴る。それでも十分なダメージを与えられずにひらりと元の場所に着地した。

 突破口を探す。それでも強固な人の壁は、リンでは崩すのに骨が折れそうだ。

 その時だ。

「―――囲うよ」

 パキンッ

 建物全体に小さな振動が走る。その場にいた全員が不安定になった足場に踏ん張り、次いで部屋の入り口に視線を注いだ。

「……ジェイス、さん」

「やあ、やってるかい? リン」

「おい、ジェイス。何だ、今の」

 呆然と目を見張るリンに代わり、後からやって来た克臣がジェイスに尋ねる。少し顔に汗をかいている様子から見て、克臣はあのらせん階段を自力で上ったのだろうか。

 ジェイスは涼しい顔で「ああ」と応じて種明かしをする。

「建物全体を結界で囲ったんだ。少々暴れても壊れないように、ね。……鳥人の力が使えるようになると、こんなことまで出来てしまうらしいよ」

 まるで他人事のようにジェイスは言う。黒から白というよりも白銀に変わった髪は、鳥人の力を色濃く受け継いだことを示すのだろう。

 そんな三人の様子を見ていたラクターは、獲物を狙う獣の目でジェイスを見やった。

「来たか。鳥人の血を継ぐ四界種よ」

 その爛々らんらんと怪しく輝く瞳を真正面から受け止め、ジェイスは不敵に微笑んだ。

「あなたが、裏世界で有名なコレクターのラクターか?」

「その通り。わしのコレクションに加えてやろう、四界種」

「……そもそも、何故わたしを『四界種』などと呼ぶのか教えてもらいたいですけどね」

「ふん。もしもわしを倒すことが出来れば、その時に教えてやらぬこともない。……勝てれば、だがな」

 ふんぞり返るラクターの右手が、ジェイスたちの方へ開かれる。魔力の発動を感じたジェイスは、一瞬で防御壁を築く。

 ――パキ

「何だ、これ……」

 防御壁がパラパラと崩れる。信じられないという顔で呟くジェイスの面前で、石の屑と化した壁が、床に散乱した。

 少し離れた壁に未だ拘束されているストラが、身を乗り出して叫んだ。

「気を付けな! 奴の魔力は石化を可能にする。属性分類は知らないが、あらゆるものを石に変換出来る。……あたしの手鎖もこの通りだ」

 そう言ってあごで示した手鎖は、石のような灰色をしていた。足の自由を奪う鉄鎖は黒光りしているから、もとはそれと同じものだったのだろう。

 しかしただの石ならば、鉄よりも脆いのではないか。そう尋ねたリンに、ストラは首を横に振って答えた。

「いや。石だからといって、簡単には壊れたりしない。むしろ、鉄よりも強度は増してる」

 硬度ですら自由自在らしい。その能力でケルタを石像化したのだと推測された。少し視界を広げれば、ケルタ以外にも幾つもの石像が並んでいる。狂暴そうな熊や猪、蝶や兎に至るまで、様々な生き物であったものたちが並べられている。

「へぇ」

 ジェイスは手に残っていた石片を払い落とし、ちらりと克臣を顧みた。

「克臣、ここを任せてもいいか?」

「ああ。……だが、リンも連れてけ。こいつにとって必要なことだろう」

「了解してるよ」

 ジェイスの答えに満足し、克臣はくるりと背を向けると、一気にサドワとの距離を詰めた。

「くっ」

 サドワの緑の瞳が細められ、足に力が入る。彼の蹴りが放たれる前に、克臣は叫びざまに大剣をうならせた。

「お前らの相手は、この俺だ! あいつらの邪魔はさせねぇ」

 ただの人間と思って、甘く見んなよ! サドワの体勢を崩し、彼の援護のためにヒスキによって飛ばされた火弾を両断した。


「リン、来い」

「は、はい」

 ジェイスに促され、リンは阻止しようとしたサドワの蹴りを躱し、ラクターの前に躍り出た。リンの背後から襲おうとしたヒスキの雷撃を、克臣の大剣が弾く。

 それを気配だけで察し、リンはラクターへの臨戦態勢を整えた。克臣が、リンに敵の攻撃を届かせるはずがない。

 殺意に近い戦意をリンの前進から感じ取り、ラクターhs不敵に微笑んだ。

「……そういえば、きみも純血の吸血鬼。否、魔種だったな。四界種と共にわしのコレクションになるといい」

「御免被る。四界種って、ジェイスさんのことですか?」

「そうらしいね。……全く、わたしは鳥人であると同時に何かでもあるらしい。自分のことを知らなさ過ぎるようだ」

 ジェイスは空中から幾つものナイフを創り出しながら、肩をすくめた。

「全てを終わらせたら、わたしについて知っていることをこの男から聞いてみよう」

「わかりました」

 ジェイスと克臣が加勢に来てくれたおかげで、リンの激しい感情は冷静さを取り戻していた。自分の小ささを反省しつつ、しっかりと仇と目を合わせる。

 そんな弟分の様子を満足そうに見つめていたジェイスは、ナイフを円形に配置した。

「リン。わたしは克臣と共にきみを援護する。彼に任せっぱなしでは悪いからね。――決して、石化に負けてはいけないよ」

「ええ」

 リンの返答に無言で頷き、ジェイスは数本のナイフをラクターに向けて放つと、そのまま後方へ飛び退いた。ラクターは石化の力でナイフをぼろぼろに屑と崩すと、次いでその手のひらをリンへと向ける。

「先程の答えを、まだ聞いていなかったな」

「……答え?」

「ああ。わしのコレクションになるかどうか、を」

 なると言うのなら、今回の件は不問としてあの二人は帰してやろう。そううそぶく男の喉笛に剣の切っ先を突き付け、リンは呻った。

「答えならば、決まっている。否、だ」

「くっ」

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