第147話 トレジャーハンターの意地

 リンの放った閃光は、グーリスの横っ腹を裂いた。

「ぐっ」

 グーリスは片膝をつき、自分の腹に手を添えた。とめどなく血が流れ、手を赤く染める。しかし彼はそれ以上悲鳴を上げることなく、自分の力である火を発生させると、それで傷口を焼いた。

「ふん。これで、オレはまだ戦える」

「……もうやめろ。死ぬぞ」

「くくっ。姪を助けるためだ。死んでも立ち上がってやる」

 克臣の言葉を一笑し、グーリスはその両手に炎をまとわせた。幾つもの火の弾を創り出し、リンたちに向かって発する。それらを紙一重で躱し、リンはグーリスの前に身を躍らせた。

「はあっ」

「ふんっ」

 剣を振り下ろしたが、それはグーリスの剣に阻まれる。跳ぶようにして退き、炎に巻かれかけて克臣の斬撃に救われた。

「ありがとうございます」

「ああ。……っ、次来るぞ」

「はいっ」

 連射される弾を躱すが、幾つかは避け切れずに被弾する。グーリスの死を恐れぬ勢いは、生を希求するリンたちを凌駕する。

 そして、更なる伏兵が現れる。

「ボス!」

 傷だらけの背中をものともせず、ガイがグーリスの前に立った。まだ十分に体を使うことは出来ないようだが、先に進むのが更に困難になった。

 またアゴラも、ジェイスの網から逃げることは出来ないが手を伸ばして火球を撃って来る。

 更にいつの間に呼び寄せたのか、彼ら以外のグーリスの部下が何人も湧いて出ていた。彼らはそれぞれが得物を持ち、にやにやとリンたちを見つめている。

「くそっ」

「リン、一気に畳みかけよう。じゃないと、上には行けない」

「はい」

 ジェイスの言葉に頷き、リンは剣を構え直した。その隣で、ジェイスが矢を展開する。ぼそり、と呟いた。

「雑魚は、わたし一人で十分だ」

 そう言うと、数えきれないほどの矢をグーリスの部下たちの上から降らせ、二十人ほどを一気に戦闘不能にする。ある者は矢で服を貫かれて床に縫い付けられ、ある者は壁に縫い付けられた。

「……さっすが。一瞬だな」

 克臣の独り言が妙に響く。戦場に立つ者は、再び六人となった。

 グーリスは己の剣を握り締めた。その部分は炎の勢いで黒く変色し、火は力を増す。彼は切っ先をリンの顔に向けた。

「お前の得物は剣だろう? オレもそれに合わせてやるよ。その上でお前を倒し、二度とオレたちの前に出て来れないようにしてやる」

「その言葉、そのまま返してやる」

「ハッ」

 グーリスがこの場を譲れない理由は、姪のストラの命がかかっているから。しかしリンも、ジェイスの命がかかり、更にケルタの敵討ちもかかっているのだ。

 負けられないのは、同じこと。

 舞う火の粉がリンの肌を焼く。手助けしようとしたジェイスと克臣は、ガイとアゴラに阻まれた。

 火の粉はグーリスが剣を振るうごとに舞い、演舞のように美しく空間を飾る。刃と刃が交わり、別の火花が散った。

「やあっ」

 リンの接近戦は、少しずつグーリスを追い詰めていた。グーリスの太い二の腕に赤い筋が引かれ、剣を握る力が弱まる。その隙を突き、リンは剣を叩き落した。

 カランカランと床を滑り、グーリスは歯を喰いしばった。

「殺せ」

「は?」

「何をしている。もうストラを助けることは出来ん。ならば、あの世であの子に詫びる。だから、殺せ」

「……」

 苦しげに自分を殺せと言うグーリス。けれどリンは、簡単に刃をその命に向けることは出来ない。

 人の命を消すことは、罪だ。そこにどんな理由があろうと、正当化は出来ない。

 戦争のそれ自体が罪であるのと同じことだ。

 だからリンは、人を殺すことを心底嫌悪している。出来るのならば、気絶で済ませたい。自分の大切な家族が狩人に殺されたと知ってもなお、狩人を皆殺しにしようとは思えなかった。

 殺人者と同じ土俵には、立ちたくない。弱いと言われても、構わない。殺人者になって、彼女が笑顔でいてくれるとは思えない。

 しかし、そうも言っていられない時もある。相手が目の前にいて、自分を殺そうと迫ってくる場合がそれだ。

 もう、グーリスは動けない。アゴラとガイも克臣とジェイスが押さえ込んだ。けれど、背を向けた瞬間に決死の攻撃が来ることは目に見えている。

 リンは動けず、剣を握り締めた。


 アゴラとガイを克臣と共に制しつつ、ジェイスはリンを先へ進ませる方法を考えていた。一瞬でもいい。戦闘に隙が出来れば、リンを走らせられるのだ。

 空気の壁を十発ほどのアゴラの火弾で破壊される。強大とはいえ決して無尽蔵ではない魔力を最後まで最高レベルでもたせるためには、そのくらいの防御力しか持たせられない。

 ジェイスは素早く視線を巡らせ、ラクターのいるであろうより魔力の気配の強い方向を探した。この玄関ホールの更に先。階段を何十段も上り、最上階の扉の最奥に、今まで出会ったことのない魔力の波動を持つ人物がいる。きっとそれが、元凶だ。

「克臣」

「わかってる。お前の考えてることくらいな」

「助かるよ」

 克臣はジェイスが気配を探っている間、率先してガイたちとの戦闘を繰り広げていた。ガイの蹴り技をカウンターで返し、アゴラの火弾を一閃する。

「……ん?」

 その戦闘の最中、ジェイスは戦場に不釣り合いな気配を捕らえた。それは柔らかくて温かく、誰かを心底案じていた。

(わたしが行きたいのが本音だが、リンはきみの仇を討ちたいはずだ)

 ジェイスは心の中で「彼」に話しかける。

(どうか、リンをきみのもとへ行かせてくれないか? ……きみの心が未だにここに残っているのなら、どうか)

 ジェイスの言葉に答えるように、戦場に異変が起こった。

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