第145話 置いて行くとは
風が、その館へと消えていく。ここに来い、ということだろう。
自分の背丈の二倍はあろうかという巨大な扉。リンは扉に手をかけ、体重をかけて押した。
ギギ……ときしんだ音をたて、扉が開く。中は照明もなく、暗い。もうすぐ夜がやってくる。リンは用心して扉の内側へと足を踏み入れた。
「くっ」
瞬間、照明がつく。明順応に時間を取られ、リンは反応が遅れた。何かに斬られ、腕を血が伝う。しかし浅傷であったため、腕を使うのには問題ない。
目を閉じ、すぐに開く。鮮明になった視界の先にいたのは、グーリスたちトレジャーハンター一味だった。
「お前たちが、何故ここに!」
「まみえるのは久し振りか、銀の華の団長。何故って理由は簡単だ。オレたちの雇用主がここの主だからだよ!」
グーリスは言い終わると同時に両手を開き、竜のような炎の渦を創り出した。それは高い天井近くまで達し、そこを焼く。
渦に気を取られている時間はない。すぐにガイの飛び蹴りに襲われ、退いたところを渦に襲われる。同じ火の属性を持つアゴラもまた、グーリスのそれに自身の火弾を乗せて撃つ。
リンはそれを両断し、ガイの第二撃を躱す。それでもすぐさま体勢を立て直したガイの蹴りに吹っ飛ばされた。いつの間にか閉じていた扉に背中を打ち付け、リンは声を上げた。
「がはっ」
「……オレらは、負けるわけにはいかねえ。負ければ、あいつの命はないんだ」
「あいつ、だと……?」
ぶつぶつと呟くように、
「くっそ。……どこまで、防御出来るか」
剣を杖に持ち替え、シールドを張る。それでも持ちこたえる自信はなかった。
グーリスたちには負けられない理由があるようだが、それはリンにも当てはまる。だが、思いの外衝撃が大きく、素早く動くことは叶わない。
(俺は、帰ると約束した。必ず、討ち果して帰るって!)
「これで、終わりだあぁぁぁ!」
グーリスの手から炎が放たれた時、リンは最大級の盾ではなく、剣を構えて迎え撃とうとした。
カッという音をたて、炎が崩壊する。火の粉が四方八方へ飛び散り、高そうな装飾品が焦げ付く。
「……?」
リンは呆然と座り込んだ。そこにいるはずのない、二つの影が差す。見慣れた黒髪と、慣れてきた白髪の二人組。
「一人でかっこつけてんじゃねえぞ?」
「わたしたちに黙って行こうなんて、良い度胸だね、リン」
「克臣、さん。ジェイス、さん。……どうして」
どうしてここに。そう呟くリンに、克臣は敵を
「だってお前、みんなで飯食おうって時にいなかったじゃねえか」
「そもそも、独りで廊下を歩いて行ったって目撃証言があったしね。リン、食堂の前を通っただろう? 唯文と春直が心配してたよ」
ジェイスもまた、気の力で矢を幾つも創り出しながら微笑んだ。
まさか目撃されていたとは思わず、リンは「マジすか」と呟いた。
「でも、何処へ向かったかなんて……」
「そこはほら、ジェイスがリンの魔力を追ったんだ」
「アラストから距離があるようだったから、この近くまではシンに運んでもらったけどね」
「……まいりました」
降参、と言いたげに両手を軽く挙げたリンに、兄貴分二人はくすりと微笑む。克臣は大剣を握り、グーリスたちに向けた。
「傲慢っていうんだぜ、そういうの。もしくは甘い。俺らが気付かないとでも思ってんのか?」
幾つもの矢を配置し、ジェイスはリンを守るように立った。
「それに、今回の彼らの狙いはわたしだよ? わたしが渦中にいなくてどうするんだい」
空気のバリアと交互に置かれた矢の円は、三つ。それぞれがグーリスたち一人一人を確実に狙っている。
リンは諦めたように笑い、頼りになる兄貴二人の後ろに立った。そこから、数歩前に出る。
「どうやら俺は、独りでの敵討ちをさせてはもらえないようですね」
「当然だろ?」
「勿論だよ、リン」
三人は並び立ち、グーリスたちと向かい合った。
グーリスは思わぬ伏兵に驚いたようだったが、すぐに顔をゆがめてせせら笑った。ガイとアゴラがグーリスを守るように立つ。
「ふっ。最期の会話は終えたか?」
「最期?」
リンは笑い、両隣のジェイスと克臣と目を合わせる。戦意は十分だ。
「ここは通らせてもらう。絶対に」
「やれるもんなら、やってみやがれ!」
リンの挑発に見事に乗ったグーリスは、ガイとアゴラに命じて一気に畳みかけてきた。
ガイの相手を克臣が務め、ジェイスはアゴラと対峙する。リンはおのずとグーリスの前に立ち、その巨体と向き合った。
グーリスは佩いていた剣を抜き、それに炎をまとわせた。リンも剣を正面に構え、いつでも動けるよう片足を引く。
一瞬の沈黙。けれどそれは、巨体の前進と共に打ち消えた。体重を乗せて撃ち据えられ、流石のリンも防御に徹する。
しかしグーリスが離れた直後、形勢は逆転する。その場を飛び退き、一気に距離を詰める。重さでは一切勝機を掴めないが、スピードなら負けない。
同様に、魔力と魔力のぶつかりあいになったジェイスとアゴラ。しかし鳥人の力を目覚めさせたジェイスが圧倒し、見えない縄でアゴラは動きを封じられた。
反対側の克臣対ガイは拮抗していた。素早く動き回る狼人のガイの重い蹴りは、克臣を翻弄し、少し苛立たせた。しかしジェイスの圧勝を横目にして、苦戦するわけにはいかない。克臣は真っ直ぐに蹴りを放ってきたガイをボールに見立て、バットをフルスイングする要領で剣を振り抜いた。
「があっ」
立派なステンドグラスに叩きつけられ、ガイが呻き声を上げる。ガラスもひびが入り、破片が数個床に落ちた。カツンという音が、妙に響く。
「「リン」」
「……はい」
部下二人を倒され、グーリスは背中に嫌な汗が伝うのを自覚した。けれどトレジャーハンターの名に懸けて、ここで一人逃げ出すわけにはいかない。「くそっ」と歯を喰いしばり、再び火炎の渦を剣にまとわせた。
「これで、黒焦げにしてやろう」
「そんなこと、させない」
リンはゆっくりとした動作で体勢を整え、剣に魔力を集中させた。柄に飾られた珠が発光し、充填完了を告げる。
同時に、グーリスの渦がリンを襲った。衣服の焼けるにおいが、鼻につく。けれど、そんなものを気にしてはいられない。リンは咳き込まないように息を吸い、剣を振り抜いた。
閃光が放たれ、それは空間を貫いていく。
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