第143話 待ってる

 リドアスに到着だ。汽車がアラスト到着を告げると共に目を覚ましたジェイスと克臣、それから年少組と共に帰って来たわけだが、ここで大きな問題があった。

「そういえば、ジェイスさんについてはどう説明しましょうか……」

「あ。みんな、びっくりしちゃいますよね」

「まあ、ありのまま言うしかないんじゃないかなあ」

 苦笑気味のジェイスはそう言うと、臆することなく戸を開けた。勝手に出て行った負い目がないわけではなかったが、説明するのは自分の役目だと思っていた。

「ただいま帰りました」

 その声に、リドアス中から声が上がる。「お帰り」「待ってたよ」「よく無事で」そんなねぎらいの言葉が飛び交う。

「晶穂!」

 サラがエルハと共に飛び出してきて、晶穂に抱きついた。

「きゃっ!?」

「団長もみんなも、お帰りなさい。無事でよかっ……?」

 かくん、と首を傾げ、サラはジェイスをじろじろと見た。それから、思いきり指を差して叫ぶ。

「ジェイスさんの髪が白ーーーーーーーい!!!!!???」

「あ、うん。そうだね」

「流石、ジェイスさん。サラの驚愕を一蹴しましたね」

「これ、一蹴なんだ?」

 エルハとジェイスがのほほんと会話する中、サラは晶穂に詰め寄っていた。

「ね、何があったの? 突然ジェイスさんはいなくなっちゃうし、みんなズタボロだし……」

「あ、うん。説明は、する」

 確かに全員ボロボロだ。一応イズラの家で風呂を借り体を清めてはきたのだが、それだけでは服についた汚れはどうしようもない。

 早く早くとせっつくサラに背中を押され、晶穂は年少組と共に食堂へと移動した。

「俺も着替えてくるわ。リンとジェイスは?」

「わたしは、サラたちへの説明に参加するよ。着替えてから」

「俺も着替えます。それから、少しやることがあるので」

「ふうん、そっか。何かあったらいつでも頼れよ」

「はい……」

『何かあったらいつでも頼れよ』その言葉は、たやすくリンの決意を揺らがせる。頼ることが出来る誰かがいるというのは、幸せなことだとつくづく思う。

 けれど、今からやろうとしていることに、二人は何の関係もない。ケルタと遊んでいたのは、二人がいない時間であることが多かった。彼はアラストの住民で、銀の華の構成員ではなかった。

 だから、いかに危険であろうとも、巻き込めない。それが強がりだとしても。




 ジェイスの変化に最初は驚き目を丸くしていた面々も、いつの間にかそれを当たり前のように受け入れていた。

 息子唯文を迎えに出てきた文里も、瞳孔を開きはしたものの、それほど大きなリアクションは取らなかった。それよりも、にやりと歯を見せてジェイスを小突く。

「お前、明日から町の娘さんたちにいつにも増して声をかけられそうだな」

「……勘弁してくださいよ、文里さん。こっちは何もしていないのに、群がられるのは迷惑なんです。何であんな嫌がらせをするのか」

「ジェイスにかかれば、ああいうのも嫌がらせの域なんだな」

「?」

 呆れたような顔で自分を見る文里に、ジェイスは首を傾げる。その様子を見て、克臣は腹を抱えた。

「あっははは! マジかよ、ジェイス。そりゃ、宝の持ち腐れだぜ?」

「……克臣、なんで大笑いしてるんだ? 自分が好きになってもらいたい人以外大勢に好意を寄せられても、困るだけだろ? 彼女たちもわたしをアイドルか何かと勘違いしているだけだろうし」

「あ~、うん。それもよくわかるけど、お前今、色々と敵に回したぞ」

「そうなのか?」

「……やべぇ。こいつは天然かもしれん。くくっ」

 困惑気味のジェイスと目に涙をためて笑う克臣。彼らが戦場とは別の顔をしていることを確かめ、リンはその場をそっと離れた。


 食堂からは、話し声がした。食事時にはまだ早い。リンが覗くと、そこには二人の少年の姿があった。学校が休みの間に出された課題プリント数枚をテーブルに広げている、唯文と春直だ。鉛筆を握り、何か書いている。

「ユキとユーギは?」

「二人とも、まだ部屋で伸びてたよ。起こすのもかわいそうだから、放って来た」

「まあ、疲れただろうからな……。もう学校は始まるけど」

「そこは一切の恩情とかないもんね、唯文兄」

「違いない」

 唯文は大きな絆創膏を頬や腕に貼っている。それは春直も同じだ。

 かりかりと絆創膏のテープ部分をかいて、唯文はうーんと伸びをした。

「あと理科のが一枚、かな。春直は?」

「ぼくもあと一枚。ユーギはまだ何枚かあるって言ってた気がするけど、大丈夫かな」

「……どうせ、今夜あたりに慌ててやるだろ」

「あはは……」

 二人とも、表情が柔らかい。

 春直はリドアスに来た当初は全てに遠慮して行動しているように見えたが、今では同年代の友人とは軽口をたたけるまでになっている。何処かに陰を感じることも少なくなってきた。

 唯文も壁を感じる態度と物言いが目立ったが、一緒に行動する中で打ち解けてきた。彼の素直な面も表に出るようになってきている。なにより、ユキたちの兄貴分として彼らを引っ張ろうとしてくれていた。

(あいつらは、もう大丈夫だな)

 リンは息だけで笑い、食堂前も通り過ぎた。


 リドアスの邸の端。リンは『扉』の前で立ち止まった。

「置き手紙でもしてくるべきだったか? いや、書いてる間に見つかって終わるな」

 きっと、私室を出る事すら難しくなろう。立ち塞がるであろう兄貴分二人を思い出し、リンは苦笑した。

 深呼吸を一つする。手の中に、使い慣れた剣の存在を感じる。リンは右手を伸ばし、扉のノブに手をかけた。

「―――ッ」

 不意に、左腕を後ろに引かれた。戦慄して何者かと振り返れば、さらりと揺れる灰色の髪が見えた。

「ごめん、リン」

「……晶穂?」

 走って来たのだろう。肩で激しく息をしながらも、晶穂はリンの腕を離さない。

 彼女の頬が赤く染まっているのに気付いて心臓が跳ねたが、リンは別の意味で頭を抱えたくなった。

(いつもの緊張感はどうした、俺。背後の足音に気付かないとか、素人かよ)

 自分が不甲斐なくなって落ち込むリンの顔を下から覗き込み、晶穂は首を傾げる。

「リン?」

「何でもない、よ。……で、やっぱり俺を止めに来たのか?」

「違うよ。これを、渡しに来ただけ」

 そう言って晶穂がリンに差し出したのは、小さな水晶玉だ。無色透明だが、光の加減で青く光っても見える。玉に金属製の飾りがつき、それについた穴から紐が通してある。飾りは小さな羽を模しており、銀色に輝く。紐は若草色に染め上がっていた。

 受け取ったリンは照明にそれを透かし、「これは?」と尋ねる。

「わたしの神子の力を一部結晶化させたもの、かな。一香さんとシンに手伝ってもらったんだ」

「……」

 言葉を失うリンに、晶穂は言い募る。傷がまだ目立つ頬に、赤みがさす。

「わたしが行っても、今回は絶対足手まといだもん。でも、何か助けになるはずだから、一緒にこれを連れて行って」

「ああ。……一緒に戻る」

「うん」

 微笑む晶穂の前で、リンは紐を首にかけようとして、ふと動きを止めた。

 晶穂がどうしたのと尋ねるより早く、リンは手の中のそれを晶穂に手渡す。

「え……」

「お前が、つけてくれないか?」

 てっきり拒絶されたのかと青ざめた晶穂は、リンの言葉にきょとんとした。照れて赤くなっているリンの横顔に、彼の想いが透けて見える。

「うん」

 晶穂は自分の耳が赤くなっていることを自覚しつつ、一歩リンに近付いた。両手を伸ばし、屈んだリンの首に水晶をかける。

 それから水晶を両手で包み込み、額にくっつけた。

「……待ってる」

「ああ」

 リンは優しく表情を崩すと、晶穂の髪を梳いた。そしてくるりと背中を向けると、ドアノブを回して向こう側へと飛び込んだ。

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