亡風編
第142話 失った友
光の洞窟での出来事を終え、リンたち一行はリドアス行きの汽車に乗った。
自分の体に他人の思念を、しかも数え切れない数を入れてしまったジェイスは、座席に体を預けて眠っている。「自分で歩ける」と言い張った彼だが、克臣たちに説き伏せられ、しぶしぶ乗車したのは数分前だ。
「全く。強がりやがって」
克臣が隣で眠りこけるジェイスを見て笑う。ジェイスの変色した白い髪は目立つため、リューフラでフードのついた黒の上着を購入した。今はそれを被っている。
通路を挟んだ向こう側には、疲れて眠る年少組の姿があった。ずっと緊張を強いられていたのだから、当然だ。
「俺も、着くまで寝るわ。後で起こしてくれるか?」
「はい。おやすみなさい」
晶穂の答えに礼を言い、克臣は目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてくる。
彼らの様子に安堵しつつも、晶穂は隣で窓の外を睨みつけているリンを横目で見た。別に外に何か苛立つものがあるわけではない。木々や建物が横切るだけだ。
誰も自分を見ている人はいない。晶穂は小さく息を吸い、窓側へと手を伸ばす。
指の先が、リンの指に触れる。びくりと指をひっこめたリンは、わずかに頬を染め、困惑の表情で晶穂を振り返った。
「何して……」
「……」
晶穂は驚くリンに構わず、羞恥心を抑え込んで、そっと指を絡めた。そして、きゅっと握った。
「あき……」
「リン、何かしようとしてる。一人で」
「え……」
「わたしに出来る事なんて、高が知れてる。けど、話してほしい。……独りに、ならないで」
つないだ手に、額をつける。自分の願いが、それに似た祈りが届きますように。彼が隠す暗い影が、少しでも薄まりますように。そう念じて。
晶穂の行動に息を呑んでいたリンは、ふう、と一つ息を吐いた。苦笑気味に、「負けたよ」と呟く。
「少し、重い話になるぞ?」
「うん」
こくんと頷く晶穂に対し、リンは少し視線を外した。晶穂はどうしたのかと問うと、視線を下に落とす。
「……手を、離してくれないか? 何処にも行かないから」
「あ……うん」
そろそろと指を離し、晶穂は居住まいを正す。リンは窓から目を離し、天井を見やる。覚えてるか、と彼女に尋ねた。
「晶穂を保護すると言って近付こうとしたソイルたちを追い払った後に、俺が言ったこと」
「覚えてる。狩人が怖くて、リンがいてくれて嬉しかった」
「……うん、まあそれはいいや」
照れを押し留めて脱線しかけた話を軌道修正するため、リンは一つ咳払いをする。
「その頃に、言ったことがあると思う。『俺は、仲間を失った』と」
「そう。その仲間については、話してもらってなかったね」
ソイルに丸め込まれそうになった晶穂を引き戻した後、リンは言った。「……別に。あの手口で一度、仲間を一人失っただけだ」と。
「あの仲間っていうのは、俺がまだ幼い時の友人のことだ」
柔らかく目を細め、リンは思い出を引き出すように話し始めた。
彼の名は、ケルタ。先祖を辿っても、何処までも純血の魔種だった。
純血、という存在は、その珍しさから狙われることも多い。美しい羽を持つ鳥が猟師によって殺され、絶滅するように。
何処までも朗らかで、いつも笑っていた。そんな彼だから、普段感情を示すのが苦手だったリンも、心を開いた。
ケルタは、ある日、突然消えた。その直前まで一緒にいたリンは、自分を責めた。どうして帰るまで一緒にいなかったのか、と。
後に、ケルタを連れ去った犯人が浮上した。ソディールの裏世界を牛耳る力を持った、一人のコレクター。富豪のラクター・レスタ・ジール。
彼は世の中の珍しいものをコレクションすることを生きがいとし、その対象は生き物も含まれる。トレジャーハンターを雇い、珍品を世界中から集めて保管しているという。
ラクターによってケルタが攫われたのだと、後で聞いた。どうして耳に入って来たのかは、もう覚えていない。それが本当かただの噂かも、定かではない。
悔しかった。悲しかった。でも、幼すぎる自分には助ける術がない。父に頼んだが、果たされる前に死んでしまった。
今ならば、わかる。父の力でも、きっと無事に取り戻すことなど出来なかっただろう。何故なら、ラクターにつながる糸がない。たどり着けるヒントがない。
だから、心の中に仕舞った。当時は諦めるしかなくて、無理矢理ふたをした。
「でも、もしかしたら今ならたどり着けるかもしれない」
「……ジェイスさんを狙った依頼主が、そのラクターだと?」
「そう、考えているんだ」
ぎゅっと拳を握り締め、リンは呟いた。その声は固く、こわばる。
「俺は、やつらを許さない。幸い、相手は俺の訪問を歓迎してくれそうだ。扉の力を借りれば、近くまで行くことは出来るだろう」
ラクターは、ジェイスを狙っている。今も彼をコレクションに加えようと考えていることだろう。鳥人の最後の生き残りだ。
だからリンは、ケルタの敵討ちのためにも、単独でラクターのもとへと行くと決めた。
「学校も始まるし、会社の休みも明日までだと聞いてる」
「だからって、独りで?」
「これは、俺の敵討ちで、自分勝手だから。……大丈夫、必ず帰るから」
不安と心配で揺れる晶穂の瞳を見やり、リンは苦笑した。彼女の髪を
「向こうには、サドワやヒスキもいるよ」
「知ってる。けど、同じ轍は踏まない」
「信じてる。だけど、心配はさせて。……わたしは、待つことしか出来ないんだから」
「うん。ありがとう」
小さな勇気を出して、晶穂はリンの手を握った。魔種の回復力でほとんどの傷が治っていたが、それでもその手に傷だらけの幻想が見える。
こつん、と小さな音がした。リンが晶穂の額に自分のそれをくっつけたのだ。互いに目を閉じて、存在を感じる。力が湧いて来る気がした。
例え圧倒的実力差があったとしても、二度とこちらの仲間を傷つけさせはしない。それは望みであり、願いだ。
(俺は、銀の華の団長だ。仲間を、守る義務がある。なにより、守りたいんだ)
その二人の様子を、向かいの席から克臣とジェイスが何とはなしに見ている。
「……」
「……」
水を差すことなく、黙って。
互いに視線を交わし、音もなく頷き合った。
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