第139話 形なきものを撃つ
ドオォォォ……
克臣が放った技「
「戻れ、ジェイス」
静かに、克臣は言った。
「俺は、お前が何者だろうと知ったこっちゃねえ。ジェイスはジェイスで、他の誰でもないんだからな」
「ァあ……あァ……」
いつの間にか、ジェイスから放たれる攻撃は止んでいた。その代わり、彼の全身が小刻みに震えている。時折黒い
「関係ねえんだよ、ジェイス。お前が何者であろうとな。――俺たちには、関係ねえ!」
「……かつ、おみ」
「!」
空ろだったジェイスの瞳に光が戻る。
「戻ったな、バカが」
「ああ、すまな……ぐっ」
「ジェイス?」
「ぐあっ」
突然苦しみだしたジェイス。胸元を押さえ、荒く息を吐く。息が吐き出される度に、黒い靄が体外に出る。克臣はそっと馬乗りをとき、集まって来たリンたちを振り返った。
「俺はこいつを押さえてる。後は頼んだ!」
「承知しました」
返事をすると、リンは靄に向かって斬撃を放つ。それは靄を二つに分断することは出来たが、すぐに元に戻ってしまう。近くでは春直が切り裂くような攻撃を加えるが、同じような結果にしかならない。
春直は「くそぅ」と爪の長さを元に戻して拳を握った。
「実体がないから、物理攻撃は効かないんだ」
「じゃあ、おれの刀でも……」
「唯文兄、ぼくの蹴りも通用しない、よ」
襲い来る靄に蹴りを放ったユーギが悔しげに言う。一旦穴をあけることは出来るが、致命傷は与えられない。それでも、出来ることをするしかない。ユキの盾が靄を押し止めた。流石にそれを破壊することは出来ないらしい。
形を変えながら、黒い靄は意思を持つようにリンたちを襲おうとする。それが近くに来る度に、冷え冷えとしておぞましい重なり合った声が
どれも、呪いを唱える声だ。「死んでくれ」「殺してやる」「怖い」「助けて」「死にたくない」……生きることが出来なかったむせび泣きが、反響する。
晶穂は何度も耳を塞ぎたくなった。何が、彼らをそうさせたのかわからなかった。それでも、対処しなければならない。彼らを解放して、少しでも楽になってほしい。後世の人間のエゴかもしれないが、ここでわだかまっていても、きっと、何も変わらない。
(せめて、暖かな光で照らすことが出来たなら……)
そこまで考えて、はっとする。こちらへ向かって来た靄に、神子の力を乗せた矛を振るった。「ギイィ」と小さな悲鳴を上げてそれは少し消えた。これで、証明は出来た。
「リン!」
「何だ!?」
靄に巻かれかけて文字通り切り抜けたリンが叫ぶ。晶穂は足元がガタガタで悪い中、リンのもとへと走る。もう少しでたどり着くというところで、石に
「わっ」
「お……っと」
ふわりとリンに支えられ、晶穂の頬は一気に赤く染まる。けれど、今はそれどころではない。急いで呼吸を整え、晶穂は間近のリンの顔を見上げた。
「―――光」
「ひ、ひかり?」
「そう、光をあれに向かって撃つ。巨大な、この空間を覆うほどの光なら、あれを消し去れる!」
「そうか―――。わかった。晶穂、力を貸してくれ」
「うんっ」
リンは晶穂の細く自分より小さな手を握り、呼吸を整えた。剣を杖に変え、晶穂の力を借りて増幅した魔力を杖に伝える。
「
―――フォン
滅多にやらない、術式を展開させる。何かを感じたのか、黒い靄がこちらへ一気に雪崩れ込んでくる。ユキたちがこちらに向かって叫んでいるが、気にしていられない。
幾つもの陣が空間内に出現する。合計、十。リンの瞳と同じ紅玉色の線で描かれたそれは、巨大な向日葵をデザイン化したものに見えた。
リンの額に玉の汗が浮かぶ。本来の自分の魔力を超える魔力を扱うのは、きつい。だが、辛くはない。つながれた手を通じて、晶穂の心が傍にあると感じるから。
黒い靄が、リンと晶穂を包み込む。ジェイスと同じように中から操ろうというのだろう。口から耳から、入ろうとするそれらを拒絶する。二人の周りを、黒とは違う旋風が吹き荒れる。
「行け、リン!」
克臣が鼓舞する。迷いはない。リンと晶穂は、同時に叫んだ。
―――
全ての向日葵が発光する。それは眩しくも、暖かく包み込むような優しい光。
「あぁァ………あああああァアぁぁああアアァ!!!」
「あ」に濁点をつけたような叫びがこだまする。黒い霧が、形を変えていく。それは数え切れない真っ白な羽根となって、舞う。ジェイスの背に現れたのと同じ、純白の羽根。
その美しさに、全員が呆気にとられた。羽根はふわふわと浮かび、やがて光の粒となって何処かへ消えていく。
最後に残った二枚の羽根が、痛みから解放されて仰向けのまま気を失っているジェイスの額に触れ、消えた。まるで、最期の挨拶をするように。
お前は、生きなさい。必ず、わたしたちがいない何処かで、幸せになるのです。
わたしたちはきっと、この世には留まれない。翼を折られ、飛び立つことはもはや不可能。
だから、あなたを託す。この世界に。
絶望の中で生まれた、希望になり得ない希望を。
最後の生き残りとなるであろう、孤独な息子を。
平坦ではないその生に、願わくは……
記憶にもない、夢を見た気がした。
触れたことのないはずの、温かな二つの手が、額を撫でた気がした。
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