第138話 聞こえるか
「ああぁぁぁあアァあ―――」
何処からか、人とも魔物とも言えない音が響く。それがジェイスから聞こえてくるのだと知った時、克臣は再び斬撃を放った。
「克臣さん、それは」
「知ってる。が、許せねえ」
やはり、斬撃は跳ね返される。しかもジェイスに届いてすらいない。克臣は舌打ちして、大剣を地面に突き刺した。
現在、ジェイスを除く全員が集まっている。敵はいなくなり、自分たちだけでジェイスと彼に取り憑いている何かをどうにかしなければならない。
幸い、ジェイスはまだこちらを攻撃しては来ない。ただ、ぼおっと突っ立っている。リンは今のうちにと、晶穂に尋ねた。
「晶穂。『泣いてる』と言ってたが、何が泣いてるんだ?」
「……ジェイスさんの中に入った黒いもの、あれは、ここで強制的に働かされていた人々の嘆きの残骸なんだと思う」
晶穂の言葉に、絶句する。
「強制的に働かされていた……」
「嘆きの、残骸……」
「もしくは、現世への心残り。恨みつらみがわだかまったもの」
静かに言い、晶穂は痛みを堪えるような顔でジェイスを見た。
「わたしの中に雪崩れ込んできたのは、あれを残して亡くなった人たちの思い。悲しくて、怒りに震えていて、絶望して、全てを殺そうとしている」
「え……」
「何でかはわからないけど、ジェイスさんは利用された」
「理由……」
リンは、熟考した。ジェイスのあの容姿について。魔種とは全く別の、翼を持つ種族とは何だ。何処かで聞いたことがある気がする。けれど、それが出てこない。
タイムリミットは、突然訪れた。ジェイスの中に同化し終わったタイミングだったのかもしれない。
ジェイスの中に潜ったそれは、少しずつ体の操作をし、リンたちの方を向く。右手を地面と水平になるように挙げ、手のひらをこちらへ向ける。そして、魔力が手のひらに集まる。
一呼吸の間に、巨大な魔弾が生成された。
「―――躱せ!」
リンの号令を受け、全員が四方八方へと跳ぶ。ジェイスの魔弾は壁をぶち抜き、その向こうへと消えた。数秒後、何かにぶつかったそれが爆音を轟かせる。
「やっべぇ……」
克臣の呟きは、異句ながらも全員の心情を表していた。
けれど、ただ躱して避けているだけでは何にもならない。
リンは剣を構え、ジェイスに切っ先を向けた。正しくは、ジェイスの体を自由に動かしている思念の塊へ向かって、宣戦布告する。
「必ず、ジェイスさんを取り戻す。みんな、やるぞ」
「――うん、やろう」
目を見開いた後、晶穂はにこりと微笑んだ。彼女に続き、仲間たちも立ち上がる。
「ぼくらしかいないしね」
「必ずやり遂げましょう」
「頑張る」
「お兄ちゃん、やろう」
ユーギ、唯文、春直、ユキ。一人一人が武器を手に立ち上がる。
最後まで座り込んでいた克臣は、ゆっくりと大剣に手をかけた。そうして、にやりと笑う。
「あのバカは、俺が引き受けよう」
「克臣さん?」
「リンたちは、あいつの中に巣食うやつを叩け。俺が、あいつを正気に戻してみせる」
それは、自信に裏付けられない過信。けれど、虚構の中にある確かな覚悟。
幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染で親友だからこそ、過去に囚われ身動きを取れずにいるジェイスが許せない。それ以上に、独りで抱え込ませ、助けられなかった自分に腹が立つ。
「わかりました」
「よし」
再び、魔弾が飛ぶ。それは晶穂の頬をかすり、ひっかかれたような傷がつく。幾筋かの血が流れるが、晶穂はグッと手の甲でそれを拭った。
バラッ。ジェイスの空気の矢が空中に並ぶ。それらは数本ずつ別々の方向を向いていた。確実に、リンたちを一人ずつ狙っている。
リンは努めて冷静に、指示を飛ばした。
「全員、ばらけるんだ。そして、攻撃を防ぎ続けろ。もしも霧状のものが姿を見せたら―――一気に叩くぞ」
「はいっ!!!!」
四方八方へ跳び、個別に矢を躱す。飛んで来た魔弾も叩き落す。魔力の強さが段違いなジェイスの力に勝つことは難しいが、そのスピードと威力を利用する。
ユキの肩に矢が当たり、そのままの勢いで壁に縫い付けられる。しかし服に穴が開いただけで済み、ユキは矢を引き抜いた。
そんな後輩たちの乱戦の中、克臣は一人、真っ直ぐにジェイスに斬りかかった。何度弾き返されようと、構わない。相手が倒れるまで、何時間でもやるつもりでいる。
「なあ、聞こえてるか?」
攻撃は届かない。けれど、ジェイスを囲うシールドが揺らぐ。
「聞こえるかって、聞いてんだよ」
克臣の斬撃が、ジェイスの髪を揺らす。
「お前は、そのまま過去の怨念に呑み込まれちまうつもりか?」
リンの
(全く、俺がやるって言ったのによ)
「聞こえねえのか、ジェイス。呑み込まれて……戻って来れなくなるつもりか?」
わずかにジェイスの瞳が揺れた気がした。それが幻覚だとしても、まだジェイスの心が残っていると信じたい。
空気の矢が飛ぶ。頬を傷つける。利き手である右の手の甲に刺さる。それを抜き取り、捨てた。空気で創られた矢は、その瞬間に溶けて消える。
「克臣さんッ」
悲壮なユーギの叫びが聞こえる。大丈夫だ、と振り返っている暇はない。克臣は右手で大剣を握り、斬撃を放つことで回答とした。
血が流れる。地面を濡らす。けれど、そんなことは気にならない。痛みは、意識を保つ助けだ。
晶穂は攻撃を避けながら、ジェイスを見つめていた。彼が中に巣食う何かと戦っている証拠はないか、と。それが見つかれば、突破口になる、そう信じて。
無尽蔵かとも思える矢の嵐。全員が何らかの傷を受け、それでも諦めない。
「……あっ」
「晶穂?」
丁度傍にいたリンが、目を見開く晶穂に問いかけた。晶穂はリンを見ることなく、真っ直ぐにジェイスを指差す。
「……涙」
「え?」
リンは晶穂の視線の先を見て、息を呑む。確かに透明な光が、幾重にも攻撃を繰り出すジェイスの両目の端にたまっている。目に自意識を示す光はないが、内側の意識は保たれている。
「ジェイスさん、戦ってるんだ。内側に入り込んだものと。だから―――」
諦めるのは、間違いなく早い。
「克臣さんッ!」
晶穂の叫びは、届く。
「ジェイスさんは、戦ってます。諦めないで。自分を見失わないよう、戦ってます!」
ふっ。克臣は横目で晶穂とリンを視界に入れると、口端を上げた。
「知ってるよ!!!」
刀身が輝き、克臣の心に呼応する。克臣は大剣を掲げ、振り下ろした。
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