第136話 合流戦

 ドンッ

「!?」

 その場で立っていた全員が、何が起こったのかと爆風が吹いて来る方向を見やる。風は、隣の空間とこちらとを結ぶ通路から送り出される。

 体重の軽い春直やユキ、ユーギが吹き飛ばされかけ、ジェイスと克臣がそれを支えた。風が止んだ時、何かが跳んで着地した。ジェイスと克臣の前にそれぞれ人影が立つ。

「すみません、ジェイスさん」

「すみません、克臣さん」

 別々の声で、同じようなことを呟く。煙の中、こちらを向いたのは、ここにいないはずのリンと唯文だった。

「お前ら、無事だったか」

「はい。おれとリンさんは、とりあえず。でも」

 唯文は顔をゆがめ、克臣から目を逸らした。

「敵を、こちらへ入れてしまいました」

 彼の言葉通り、爆風が落ち着いて来ると二人分の影が見えた。

 アゴラとガイが、何かに怯んだように顔をこわばらせた。そうして、軽く一歩分下がる。空いた空間に、それぞれ明るい茶髪の男と赤茶の髪を持つ男が立った。

「あなた方に全てをお任せするわけにはいかなくなりましたね」

 ヒスキが雷撃の源を片手にまとわせて微笑む。サドワもガイの前に降り立つと、彼独自の武器の一方を地面に突き立てた。

合流戦ごうりゅうせんってか?」

 そう言うが早いか、サドワは跳躍した。ジェイス目掛けて刃を振るう。それを阻もうとユーギが敵の体勢を崩そうと飛びかかるが、軽く避けられてしまう。リンはようやく切り傷が治った足に反動をつけ、真っ直ぐに向かって来るサドワを受け止めた。

 ピュウと口笛を吹き、サドワは笑った。「やるじゃん」と。

「でも、オレ一人じゃねえんだよな」

「――!」

 二人の横をすり抜け、ガイが強烈な蹴りを繰り出した。しかしジェイスはそれを先読みし、ガイの飛んで来た足首をつかんで投げ飛ばす。

 壁に激突する寸前に体の向きを変え、背中ではなく足で壁を蹴ったガイはヒスキの傍に着地した。丁度、アゴラと唯文が正面からぶつかった場面。アゴラの火球を受け止めた唯文が、それを力でねつける。

 ヒスキはその隙を突いて唯文を斬りつけたが、克臣の大剣に阻まれた。

 二手に分かれていたはずが、いつの間にか混戦となっていた。




 克臣たちを見送った後、リンと唯文はサドワとヒスキのコンビネーションに苦しめられながらもなんとか均衡を保っていた。

 リンの剣とヒスキの雷撃がぶつかり合い、唯文の刀とサドワの爪が交差する。

 何分もの攻防は敵側に苛立ちを募らせる。サドワは唯文の剣戟を躱した直後、ヒスキにある提案をした。

「おい、ヒスキ」

「どうしました?」

「飽きた」

「……」

 思わず「はあ?」と言いたげな顔をしたヒスキだったが、リンの光弾を打ち落とすと後方を振り返った。

「頃合い、ということでしょうか」

「そういうことだ。……行くぞ」

「よりカオスに満ちた戦場へ、ということですね」

 サドワとヒスキの二人はリンと唯文の攻撃をものともせず、タンとその場で軽く跳躍し、克臣たちを追うように移動を始めた。

「行かせるかッ――」

「団長、行きましょう!」

 向こうには、ジェイスがいる。サドワたちの目的が彼である以上、近付かせるわけにはいかない。

 けれどリンたちの善戦むなしく、決定打を与えられないまま、戦場は移った。




 鍾乳洞のように天井から吊り下がっていた石の柱が瓦解する。何度も地上で戦う者たちのあおりを受けて来た報いだろう。その破片は降り注ぎ、巨大な縦長の柱一本が空間の奥に突き刺さった。

 岩の振動で壁の一部は崩落し、隣の空間との通路はもろい天井部分が割れる。二つははつながり、更に戦場を広くした。

 リンたちがいるのは、高さ十数メートルにも及ぶ巨大空間。その中を様々な斬撃と魔力が飛び交う。

 リンはアゴラの火球を斬り、まだ見当たらない彼女の名を呼んだ。

「晶穂、何処だ!」

「晶穂さんは、ストラっていう人が連れて行ったよ」

 ガイの踵落としを氷のガードで受けたユキが言う。そのまま氷の形状を変化させ、複数の氷柱としてガイに向けて放った。幾つかは避けられ叩き落されたが、一本が彼の二の腕を襲った。

 近くで猫人サドワと爪同士の交戦をしていた春直が、一旦引いた直後にリンへ叫ぶ。その傍にはジェイスがいて援護していた。

「ぼくらが倉庫街へ行くよう誘導した、あの人です!」

「わかった」

 リンは光の斬撃をサドワへ向かって放ち、怯んだ隙を見て翼を広げた。跳躍し、空間の全体を見渡せる場所まで飛び上がる。敵の目標となってしまうことを恐れはしたが、その恐れを上回る想いがリンを突き動かした。

「リンの邪魔を、させるなよ!」

 克臣のげきが飛ぶ。同時に大剣が振られ、リンへ向かって伸びた雷撃を切り刻んだ。追撃しかけた雷撃は、標的を変えて地上へと走る。どうやら、克臣を目掛けているらしい。その傍にはユーギが頼もしい表情で立ち塞がっている。

 リンは見渡した。見える範囲には、激戦が繰り広げられている。しかしふと、戦いの舞台となっていない空間を見つける。岩に取り囲まれた小さな場所。そこで今、光が弾けた。

 あの光は、神子の力が溢れた瞬間。晶穂の中に、目覚めた力。

「ッ――晶穂!」

「え、リン!?」

 音もなく上空から降り立ったリンに、晶穂は驚愕の声を上げた。その傷だらけ血だらけの様子に息を呑み、自分も似たようなものだと思い出して苦笑する。

「……何、微妙に笑ってんだよ」

「ごめんなさい。……来てくれてありがとう」

 ふわっとした空気が流れかける。けれどその流れは、舌打ちで砕かれた。

「―――チッ。援軍か」

 二人の間を、鉄砲玉の勢いで何かが駆け抜ける。すんでのところで晶穂を突き飛ばして躱し、リンはストラと初めて邂逅かいこうした。

 藍色のショートヘアが揺れる。その手に幾つも用意された苦無が、今しがた飛んできたものの正体だろう。きつめの容貌に、水の気配がたつ。

「お前が、ストラか」

「あんたがリン。伯父さんの邪魔をしてくれてる人だね」

 ストラの両手から、水しぶきが散る。それは苦無を包み込み、ふわりと浮いた。

「女同士の一騎打ちなんだ。邪魔しないでくれる?」

「一騎打ち? ……別の気配があるのは気のせいか?」

「どうだかね……」

 ストラの後方から、躍り出る。それを斬り、リンは晶穂を振り返った。

「終わらせるぞ、二人で」

「はいっ」

 晶穂の手には、リンが渡した矛がある。彼女自身傷だらけで、水と苦無の攻撃だけではあり得ない火傷が幾つも認められた。その原因は、姿を現さない誰かだろう。

 リンは奥歯を噛み締め、晶穂の力を借りて斬撃を放った。

 晶穂の手は、触れてはいない。けれど、陽だまりのような魔力がリンに届く。

 斬撃を受け、ストラは悲鳴を上げた。


 アゴラの援護を受けたガイの回し蹴りが炸裂する。それをこめかみにまともに受けた唯文は脳震盪のうしんとうを起こしてふらついたが、ジェイスに支えられてその場に留まった。

「唯文、休んでもいいぞ」

「いえ。休んでも、それに乗じて襲われるのは目に見えてます、から」

「でも、無理はするなよ」

 そんなことを言える状態にないのは、お互い様だ。唯文は自分の代わりにガイの攻撃を撥ねつけるジェイスの背中を見つめ、苦笑した。

「唯文兄、ジェイスさんッ」

 ユーギの声が聞こえ、唯文の前に飛んで来た火球をユーギがサッカーの要領で蹴り飛ばした。靴が少し焦げ付いたが、それを気にしている暇はない。

「助かった」

「ぼくも、さっき助けられたから。お返しだよ!」

 蹴り飛ばされた火球はアゴラの顔面に向かって飛んだが、軽々と躱される。

 次いでガイが標的を変えた。春直が独りでいるのを見つけたのだ。彼が向かう先に気付き、克臣が大声を上げる。

「春直おぉ!」

「!」

 その場所は、巨大空間の入り口。向こうの空間との境界部分。

 ガイは勢いよく降り立ち、スピードに乗って春直を蹴り飛ばそうとした。

 ガラッ

「……ん?」

 ガイが降り立ったのは、小さな岩の上。それは、ガイの勢いに負けて崩れた。バランスを崩し、ガイはそこから離れた場所に飛び移る。

 春直を援護するために跳んだ克臣は、春直が大きな目を更に大きくして何かを見つめていることに気付く。

「これ……」

 春直が指差したのは、祠。激しい戦闘にさらされてもびくともしなかった祠の注連縄が切れ、垂れ下がっている。そして本体であるアーチ形の岩は崩れ、中が丸見えになっていた。

「……なんだ、この気配は」

「克臣さん……」

 しがみついてくる春直の肩を抱き、克臣はごくりと息を呑んだ。

 祠の中には、神像がある。小さな石の像だ。そこから、黒い何かが噴き上がっていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る