第135話 それぞれの交戦
ガッ……ズバッ
「へえ……やるじゃん」
「褒められても、毛ほども嬉しくねえな」
ガイの感嘆に、克臣は冷静に答えた。目の前には、幾つもの岩が真っ二つにされて転がっている。少し息は上がったが、へばるほどではない。
克臣の隣には春直とユキが立つ。春直はまだ、戦闘というものに出会ったことがない。目に見えて怯えていたが、克臣が「隠れてろ」と言っても首を縦には振らなかった。
「……ぼくは、もう隠れてるだけじゃいたくないんです」
そう言うと、両手の爪を一気に伸ばした。猫人特有の自前武器だ。震えながらも、前線に立とうと足を踏ん張っている。克臣は微笑んで、ユキと頷き合った。ガイと向き合う。
「そういやお前、図書館で襲って来たやつだよな?」
「ああ、あの時の腰抜けか。なんだ、また倒されに来たのか?」
「そんなわけないだろうよ」
克臣は圧のある笑みを浮かべ、大剣を構えた。ユキも隣で氷柱を生成する。それらをガイへ向けて、いつでも飛ばせる準備を整えた。
火の粉の雨が降り注ぐ。ジェイスは晶穂のお蔭で回復した魔力を使い、空気の傘を作り出した。その傘下で晶穂とユーギと共に、アゴラを見上げる。
アゴラは彼らから少し離れた朽ちかけの柱のような形をした岩の上で、こちらを見つめている。
「……神子の力を持つ娘。噂には聞いていましたが、実在したわけですね。こちらも依頼主が聞いたら喜びそうです」
「依頼主? あなたたちは、誰かの依頼があってジェイスさんを追っていると?」
晶穂の問いに、アゴラは頷いた。
「どうせ、あなた方はここで死にますし。それくらいの情報を渡しても差し支えないでしょう。……ですよね、ストラさん?」
「……ええ」
何処から声がしたのかと晶穂が視線を彷徨わせた直後、突然首をつかまれ後方へと引きずられた。ジェイスとユーギも反応出来ずに振り返る。
「っ!?」
「晶穂!」
「晶穂さんっ」
いつの間にか、ジェイスとユーギとは離れた場所まで引きずられてしまったらしい。大きな岩に隠れて向こうの様子は見えないが、かすかに彼らの声が聞こえる。叫べば無事を知らせることは出来るだろう。
「……はっ」
しかし大丈夫だと答えることも、首を絞められていては無理な話だ。どうにか浅く呼吸することに成功し、晶穂は自分を連れ去った人物と初めて顔を合わせた。
その顔を見て、唖然とする。
「あなたは……」
「久し振り、というほどのことはないか。あそこから、よく無事に傷つけられずに戻れたね?」
倉庫街で晶穂と春直が襲われる原因を作った少女だった。
彼女はストラと名乗り、晶穂を離した。
ごほっごほっ。急に酸素が大量に肺に入って、晶穂は咳を繰り返す。それが落ち着いてから、ストラに尋ねた。
「どうして、わたしが犯人だなんて嘘をついたの?」
「ええっ?」
こちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ストラは楽しげに言う。
「あんたたちが、潰れればいいなぁって思ったから。やってみただけ」
「お蔭で、大変な目に合ったよ」
「へえ、それはご愁傷様。でもね」
目の光を消し、ストラは心底不思議だという表情を浮かべた。心なしか、声色も平坦だ。
「あんたは、あんたたちはまだ、潰れてない」
懐から
「潰してやる。今、ここで」
「くっ――」
晶穂は『聖血の矛』とは違うもう一つの矛を取り出した。それでストラの投げる苦無を叩き落し、落とせないものは避ける。しかし避け切れず、一本が頬をかすった。
それでも、晶穂はひるまない。一瞬、自身の中に恐怖が生まれなかったといえば嘘になる。けれど、リンやジェイス、克臣たちの姿がそれを打ち消した。
「わたしだって、倒れるわけにはいかない」
「そう。……なら、勝負といこうじゃない!」
(リンと唯文くんが来るまで、絶対もたせる)
晶穂は深呼吸を一つして、ストラの放つ苦無の軌跡を追った。
全てを避け、落とし、彼女との距離を詰める。明確な攻撃術を持たない晶穂は、矛に神子の魔力を伝えていく。名もなきそれは、温かな光をまとった。
「はあっ」
決定打を打てないストラは苛立ち、苦無に魔力をまとわせた。魔種である彼女の属性は水。水流で包まれた武器は加速し、晶穂の腕を傷つける。
鮮血が流れ、地面を濡らす。それでも癒しの力を使うことなく、晶穂は幾度となく襲い来る苦無を退け続ける。
凄いスピードで晶穂を連れ去られたジェイスとユーギだったが、彼女を追うことは出来なかった。現在、ガイと交戦中である。
ガイは同じく狼人であるユーギに興味を抱いたのか、それともジェイスと戦うことに飽きたのか、執拗に攻撃していく。ユーギも持ち前の反射神経でガイの踵落としや回し蹴りを避けていく。
「うまく避けるな」
「どうもっ」
「でも、これは……どうだっ」
「ぐっ」
しかし、一度腹にまともな一撃を食らった。岩の壁面に叩きつけられ、呼吸が止まる。ジェイスが素早く空気のそりでユーギを移動させなければ、ガイの追撃を食らっていた。
「けほっ。ありがと、ジェイスさん」
「気にしないでくれ。さて、と」
もうもうと砂煙を上げる壁側を見る。そこから立ち上がったのは、ユーギへの追撃に失敗したガイだった。
「もう少しでケーオー出来たのによぉ」
「負けないよ」
呼吸の乱れを整え、ユーギはガイを睨みつける。その顔や手足、衣服には擦り切れや汚れが目立つ。それでも、瞳の光は失われない。
「――よし」
ジェイスはガイを倒すため、ユーギとのコンビネーションを思いついた。その骨子をユーギに耳打ちし、頷き合う。
「なぁに、話してんだ?」
「お前を倒す算段だよ、ガイ」
「やってみろや」
目にも止まらぬ速さで回し蹴りを繰り出すガイの攻撃を避け、ジェイスとユーギは二手に分かれる。ガイはより弱いユーギに狙いを定め、再び距離を詰めてくる。
「ユーギ!」
「はい!」
ジェイスが飛ばした気弾に背中を押され、スピードを増したユーギが力いっぱいの蹴りをガイの腹に直撃させた。
「かはっ」
ガイは意外な攻撃をまともに受けて咳き込み、にやりと笑った。
「面白いじゃねえか」
何度も何度も、ガイとユーギがぶつかり合う。スピードは拮抗し、パワーは大人な分ガイが上回る。けれど、ジェイスの魔力がユーギを支え、そちらでさえもガイを抑え込もうとしていた。
その時、新たな爆風が洞窟を襲った。
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