第133話 新手の刺客

 砂煙が落ち着き始めてそろそろ突入しようか、と全員が考え始めた時。リンたちの後ろで魔力の気配がした。

 ガッシャーン

 まるで豪雨の中で響き渡る雷のような轟音。一行が同時にその場を離れると、光の軌跡がリンのいた場所に到達し、黒い焦げ跡を作った。

「誰だッ?」

「お初にお目にかかりますね」

 パリパリと手から雷を発生させている影がある。そこにいたのは、雷属性であろう魔種と、猫人の青年二人組。どちらも服は真っ黒で、動きやすさを重視したものと思われる。

 雷を放った青年は赤茶色の髪に灰色の瞳を持ち、こちらを微笑みつつ見つめている。

 もう一人の明るい茶色の髪と耳を持つ三白眼の猫人青年が持つ得物は、棒の両端に刃が付いたものだ。それを頭上でぐるぐると回す。

 リンはジェイスのもとへと向かえない苛立ちを乗せ、彼らに目を向けた。

「……もう一度問う。貴様らは誰だ? 部外者なら出て行ってくれ」

「部外者じゃねえんだよな、これが」

「ええ。十分に関係者でしてね」

 猫人の青年の言葉に、魔種の青年が頷く。どういうことかといぶかるリンたちに、魔種の青年は「ぼくはヒスキ。彼はサドワです」と簡単な自己紹介をする。

「ぼくたちは、グーリスの依頼人の部下でして。彼が確かに仕事を遂行するための邪魔ものの掃除を仰せつかったのですよ」

 そう言うと同時に、雷を発射した。

「くそっ」

 真っ直ぐに進んで来る雷撃を叩き斬り、リンはざっと仲間たちの様子を確認した。リンの傍には刀の柄を握る唯文がおり、最初の雷を避けて離れた場所には克臣たちがいた。

「ほお、ぼくの雷撃を斬るとは。流石ですね」

 口笛でも吹きそうな軽さで、ヒスキは感嘆の声を上げる。そして間髪を入れず、次の雷撃を放った。

 雷撃をもう一度斬ろうとしたが、それは直角に進路を変更してしまう。雷が向かった先を見て、リンは叫んだ。

「―――晶穂ッ」

「!」

「任せて!」

 晶穂の前にユキは氷の壁を築き、それに雷は直撃して消えた。同時に氷は砕けてしまう。

「くっ、ダメか」

「そんなことない。ありがとう、ユキ」

 晶穂が礼を言うと、ユキはしかめた顔を少し緩めた。

 ほっとしたのもつかの間、「よそ見してんじゃねえぞ」というサドワの声が響き渡った。

「おらおらおらぁ!」

 サドワは武器を振り回し、刀一本で構える唯文に向かって行く。ぶんぶんと風を切る音がする。大抵の敵はサドワのこの姿を見ただけで怖気付いて逃げ出す。この犬人もそうだろうと踏み、サドワは威圧感たっぷりに片方の刃を振り下ろした。

 しかし、彼の期待は裏切られる。

 ガッ

「うっ」

 唯文は刀を抜き、その刃でサドワの攻撃を受け止めた。「へえ」と感心したように笑う。

「ガキ、よく耐えたな」

「くっ。褒められても、嬉しくは――ないっ」

「おっと」

 自分の攻撃をはじき返され、サドワは軽く目を見張った。

 その間に、リンはこれからの流れを頭の中で構築した。そして、克臣に向かって叫ぶ。

「先に……ジェイスさんのところに、先に行ってください。俺と唯文でここは引き受けます!」

「なっ。……わかった」

 コンマ何秒かの逡巡の後、克臣はリンの意志を受け入れた。

「克臣さん」

「晶穂、今はその時じゃない」

「……わかりました」

 不満をぶつけようとした晶穂は、克臣の表情を見て思い留まった。彼の中に、心配の迷いの色が見えた気がしたから。

「晶穂、ユキ、春直、ユーギ。……行くぞ、ジェイスのもとへ!」

「はいっ」

 克臣の号令に四人が応えた。


 四人の離脱を横目に見ながら、サドワはつまらなそうに武器をくるりと回した。

「おい、ヒスキ。逃がしていいのか?」

「構いません。向こうにはグーリスたちがいるのでしょう? ぼくらの目的はあちらですから、彼らが適度に疲れさせてくれた方が後が楽です」

「ふん。……じゃあこいつらを殺してからとするか」

「ええ」

 にやり、とサドワは口端を引き上げた。

 リンは唯文と背合わせになって二人と対峙した。唯文の方にはサドワが、リンの前にはヒスキがいる。見れば、唯文の刀を持つ手が震えていた。

 ぼそり、とリンは敵に聞こえない音量で唯文に問いかけた。

「怖い、か?」

「……いいえ」

 唯文は刀を強く握り締めて、明瞭に答える。

「武者震いってやつですよ」

 好戦的な瞳で、そう言ってのけた。

 リンはふっと息だけで笑い、「そうか」と前を向いた。

 互いの背中が触れ合う。相手の体温が、自分を激励する。だから、背中を預けられる。

 数少ない共闘経験と共有経験の中で、互いの癖を見極める。互いを邪魔せず、助けて戦う。そうすることで、結果は出るのだ。

「最期の会話は終わったかぁ?」

「最期? その言葉、そのまま返してやる」

 サドワの挑発を、リンは涼しい顔で返す。チッと舌打ちしたサドワは、その場で跳躍した。楽しげに罵声を発する。

「死ねや!」

「ヤだね!」

 サドワの着地点となったのは、リンと唯文の丁度真ん中。二人はその場を脱し、別々の場所に立った。サドワの行動が二人を分断させるためだというのは、明白だ。

「さあ、始めましょうか」

 リンの前に立ったヒスキは、右腕に雷をまとわせる。リンは剣を構え、いつでも動き出せるよう片足を引いた。

 何処からか、風が吹いた。その出所を探す要はない。何故なら、爆風であったから。――ジェイスがいるであろう洞窟の奥から、魔力の残滓を含んだ暴風が吹き荒れる。

 その風に乗り、雷撃がリンを襲った。

「ぐっ」

 地面をえぐる雷がふくらはぎを火傷させる。シールドを張っても、それをすり抜けてリンの体に到達した。じりっとした熱さと痛みがリンの意識を分断しようとする。

 けれど、ここで痛みに気を取られるわけにはいかない。ユキがいれば冷却することも可能だが、ないものねだりは出来ない。

 リンは歯を喰いしばり、火傷した足に力を入れた。

「悪いけど、行かせないからな」

「強がりを」

 ヒスキは微笑み、雷を剣の形に変化させる。しかしその刃は変幻自在だ。何処までも伸び、何処へでも曲がる。生み出された雷の刃がリンを襲い、リンは剣で弾き返した。

 おっと、とヒスキは岩の上に着地する。さしてダメージを負ったようには見えない。

「本来、お前たちに用はないんです。あるのは、ジェイスという男にのみ」

「どういう意味だ?」

 リンの困惑は、ヒスキの言葉によって明瞭な答えを得る。

「我らが主は、彼を求めているんです。彼は世にも珍しい性質を持っている。――主はコレクションのひとつとして、相応しいと」

「―――まさか、図書館でジェイスさんを襲ったのは!」

「あれは、サドワの役割でした。邪魔者が入ったと後で愚痴っていましたよ……っと」

 ヒスキはリンの剣戟を紙一重で避けると、お返しとばかりに雷撃を放つ。一瞬で杖に変換し、リンはシールドでそれを弾き返した。返された雷の一部がヒスキの頬をかする。

「少し、喋り過ぎたようだ」

「そのようだな」

 ヒスキの口調ががらりと変わる。少しはこちらを認識してくれたらしい。

 リンは剣の柄を握り、ヒスキの攻撃を受け止める。バチバチとぜる雷が刃を伝う。押し負けぬよう足に力を入れ、気合と共に光の魔力を放つ。

「はあっっ!」

 それより数分前、唯文はサドワと刃を交えていた。キン、キンという高い金属音が響く。

「おらおらっ」

「くっ」

 交えていたと言えば聞こえはいいが、押し負けつつあったというのが本当のところだ。少しずつ少しずつ、壁際へと追い詰められていく。

 遂に背中に壁が触れた時、サドワは狙いを定めた。振りかぶり、片方の刃を唯文の眉間へと突き刺そうとした。

「!」

 唯文はとっさに体を縮め、体当たりでサドワの体勢を崩した。それから狼人に比べれば劣るものの、十分威力のある蹴りを放つ。

「ぐ……」

 鳩尾みぞおちにそれ受けてサドワが怯んだ隙に、唯文はちらりとリンの様子を顧みた。丁度魔力を込めた剣の一閃を放つところのようだ。

 しかし、唯文の視線はすぐにサドワに戻されることになる。体制を整えたサドワが猫人特有の攻撃に切り換えてきたからだ。

 ちりっと右上腕に赤い筋が走る。猫人は自らの手の爪を伸ばして、刃のように使うことが出来るのだ。それは自らの体の先端を武器にするということ。人工の刃物並みの固さを持つと共に、しなやかさをも会得した武器。

「余所見なんて、いいご身分だなあ?」

「……負けない。お前なんかに」

 刀を握り直し、唯文は真っ直ぐ襲って来たサドワの爪に応戦した。

 右を避けても左が急襲する。自在に動く爪をいなすのは骨が折れる。それでも唯文はリンの隣で戦うために、決して負けるわけにはいかないのだ。

(一撃でいい。サドワに届かせろ!)

 それが、この場で勝ち残る条件だ。


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