第132話 輝く洞窟

 雨があまり降らないであろうこの土地で、何が植物をこれほど成長させたのだろう。そんな疑問が浮かぶほど、ロイ砂漠の森は深かった。

 歩くたびに足に絡みついてくる草やつるを剣で切ったり払いのけたりしつつ、リンたち四人は奥へと進んでいた。

 まだ克臣たちが追い付いて来る気配はない。戦闘音はとうの昔に聞こえなくなり、生き物もいない森の中ではリンたちの呼吸音と足音だけが響く。

「グーリスの刺客は、あの三人で終わりだったのかな?」

「それか、この森が深すぎて俺たちが出会ってないか、だな」

 ユキの問いに答え、リンは少し周囲を探った。けれど敵意を持つ者の存在は確かめられず、また前を向く。

 この先から、懐かしい気配がわずかに感じられるのだ。それを目指し、彼らは進んでいた。

「あ、見て」

 春直が指差したのは、不自然に千切れたつた。その傍にある木の幹には、何かが斬りつけたような跡がある。リンはそれに触れて顔をしかめた。明らかに、人工的な刃物で傷つけられている。

 それを告げると、晶穂は考えるように右手の指をあごにあてた。

「でもわたしたちの前にここへ入ったのは、トレジャーハンターたちだよね。彼らがこんなところで仲間割れするなんて考えにくいし……もしかして」

「そう、そのもしかしてだ」

 リンは幹の傷に血痕を見つけて瞠目した。そして眉をひそめる。

「ジェイスさんは、戦いつつここを通った。間違いなく」

 そして自分が感じた気配は、確実にジェイスのものだ。それが本当だとこの目で確かめるためにも、彼に追いつかなくてはならない。

 また足を速め、一行は先を目指す。

 しばらく森を進むと、突然視界が開けた。暗い影を作る木々がなくなり、目の前には別のものが現れる。

 まだ日が高いことも関係しているのかもしれないが、それは輝いて見えた。大きく口を開けた洞窟がリンたちを迎えた。

「……伝承の、『美しく輝く穴』」

 リンの呟きが落ちる。イズラが唯文たちに教えたという『光の伝承』の舞台だろう。ごくり、と誰かののどが鳴った。

 伝承は短い。「東の地に、美しく輝く穴がある。そこを犯す悪しきものは、輝くものとなる」というものだ。

「行こう」

 洞窟の中に一歩踏み出すと、景色は一変した。


 そこは、白く輝く場所だった。壁面には外から入って来た日光に照らされてキラキラと輝く部分がたくさんあった。よく見ればそれは鉱石であるらしい。名称はわからないが。何十にも重なったなたなどの道具の跡が見られる。

 そうか、とリンは呟いた。

「ここは、鉱山だったんだ」

「昔、リューフラが鉱山業で栄えたって話は本当だったんだね」

「ああ。しかもこんなに輝く鉱石なら、高値で売れただろう」

 晶穂の言葉を受けて頷いたリンは、しかしはたと思う。見たところ、鉱石が取りつくされたわけではないようだ。では何故、閉山してしまったのだろうか。

「資金面とか、難しくなったのかも」

 春直の案も頷ける。けれどそれだけではない気がした。

「でもここで留まってるわけにもいかないよ、お兄ちゃん。ジェイスさんと残りのトレジャーハンターも探さないと」

「ああ。それに銀の華もな」

 鉱山の歴史を学びに来たわけではない。探しものを見つけなければ。

 リンたちは洞窟の入り口から更に先へと足を踏み入れた。


 鉱山であった仮称「光の洞窟」は、曲がりくねった狭い道を進むと天井の高い空間を現した。そこではリンも晶穂も十分に背を伸ばすことが出来た。天井は五メートルを優に超える。鉱山で何故こんな広い場所があるのかは、不明だ。

 ここまで、誰にも出会わなかった。ひたすらに鉱石と鉈の跡が続くのみ。

 本当に、こちらで合っているのか。分岐点はなかったのか。晶穂が不安になりかけた時だ。

 ―――ドンッ

「今のは」

「魔力?」

「爆破音みたいだ」

 その破裂音は、断続的に続いた。洞窟を揺らし、ぱらぱらと天井から石片が落ちてくる。

「こっちだ、来い!」

 リンの号令で我に返った晶穂たちは、彼に続いて洞窟の更に奥へと駆け出した。

 奥には更に広い空間があるようだ。その手前の通路に、小さな祠があった。

 森の入口にあったものによく似ている、と晶穂は思った。石造りのそれに細い注連縄がかかり、きっとその奥には神像があるのだろう。供え物もない。

 その傍を走り行こうとした晶穂だったが、隣のユキが立ち止まったのを見た。そういえば彼は、最初に見た祠にもきちんと挨拶していたなと思い出す。浅く頭を下げ、ユキは再び進行方向を向いた。


 もうもうと湧く砂煙に遮られ、リンたちは通路で足を止めた。先の空間からは激しい戦闘音が聞こえる。時折「やあっ」「はあっ」という気合の声も。

「……ジェイスさん」

「大丈夫。あいつは無事だ」

 真っ直ぐに先を見つめて呟くリンの肩を、誰かがつかむ。驚いて振り返れば、そこには克臣がいた。後ろには唯文とユーギもいる。晶穂はがほっと息をついた。

「よかった、三人とも無事だったんですね」

「当然だろ、晶穂。……さあ、いつ殴り込みに行くか」

 にやりと唇の端を吊り上げた克臣は、後輩たちをぐるりと見回した。

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