第131話 森での戦闘
――ボッ
森へ入った直後、何処かで火が付く音がした。それが自分のこめかみ傍だと気付いた時、リンは飛ぶようにして距離を取った。
火は炎となり、青白く輝いている。それは幾つも灯って、リンたち一行を囲んでしまった。
「よーやく来たか。待ちくたびれたぜぇ?」
ザクッという足音に顔を上げれば、薄気味悪い笑みをたたえた男たちが三人、こちらを見つめていた。その中の一人が火を操っているらしい。人差し指の先に小さな火を灯し、それを振るとリンたちの周りにある火が同調する。
「魔種。そして火の属性を持つ者か」
「ご名答。そして、オレたちはお前ら邪魔者を先に行かせないために、ここにいる」
「グーリスさんの命令だからなあ!」
「ひゃっひゃ。運が悪いねえ、ここでお前らの命運は尽きたよ。探し人にも探し物にも会えずに、朽ち果てろぃ!」
三人はあのグーリスの部下らしい。その下品な笑い方にうんざりしたリンだったが、三人目の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……探し人? お前ら、俺らが人を探していると、それもその人がこの先にいると何故知っている?」
「チッ。喋り過ぎたか」
火属性の男は舌打ちすると、仲間二人に合図を送った。すると二人は別れ、リンたちを三角形に囲む。リンたちの逃げ場をなくして一気に畳みかけるつもりだろう。
「ここで、燃やし尽くしてやる。そして、グーリスさんに褒めてもら――」
「唯文、ユーギ。俺に続けぇ!」
悦に入った敵の言葉を最後まで聞かず、克臣は叫ぶと同時に大剣を振りかぶった。その剣戟が起こした風が、幾つもの火を吹き消す。
「な―――ッ」
男は驚きで一瞬動きをなくしたが、すぐに自分を取り戻す。
「おい、お前らっ。何してるんだ、やつらを捕らえろ!」
「リン、構わず先へ行け! すぐに行くッ」
「はい!」
克臣の言葉に叱咤され、リンは晶穂とユキ、春直を連れて森の奥へと走って行く。その場に残ったのは、大剣を肩に担いだ克臣、鞘に入った刀の柄を握る唯文と何も持たないユーギだ。
たった三人が残り、男は嗤った。先程の剣戟には驚いたが、あとの二人はガキではないか、と。それが甘かったとは、知りもせず。
「唯文、ユーギ」
静かな克臣の声に、二人の少年は耳を傾ける。
「――決して、こいつらを進ませるな。俺たちが倒すぞ」
「「はい」」
「よし」
満足げに微笑んだ克臣は、「ぎゃっはは」という汚い笑い声に顔をしかめた。笑い声の主は、敵トリオのリーダー格にあるあの男だ。
「何がおかしい?」
「おかしいじゃねぇか。“こいつらを進ませるな”だ? そりゃ、こっちのセリフだぜ。確かに半分を取り逃がしたのは失点だが、お前ら三人をここで倒して追えばいいだけのことだ。笑わせんじゃねえ」
男は嗤いを収めると、それとも、と克臣を睨みつけた。
「勝機があるとでも勘違いしてんのかね、あんたらは?」
「さあな」
克臣は男の問いに明確な答えは示さず、相棒の大剣を両手で構えた。その左右では、唯文が刀を鞘から出し、ユーギは武術の構えを取った。
魔種対非魔種。魔力を持たない克臣たちは不利だと、敵側の誰もが決めつけていた。
キンッキンキンッ―――ザンッ
克臣の息つく暇もない剣戟が、男を襲う。剣術の心得を持っている彼は得意な魔力を行使する隙を与えられず、どうにかこうにか全てを避け、横に流していた。それでも限界は訪れるもので、五分とかからずに押し負けてしまう。ザクッと手の中にあったはずの剣が地面に突き刺さっているのを見た時、男の顔面は蒼白だった。ガクリと腰を落としてしまう。
「まだ、やるか?」
克臣も一方的な攻撃を仕掛けていたとはいえ、肩で息をする。二人の周りの木々は克臣によって大半が斬られ、顔を上げれば青空が丸くくり抜かれている。
尻を地面につけた男の首元に、剣の先を向ける。克臣は冷え冷えとした声色で言った。彼の戦闘服は、全く焦げていない。
「これで終わりか? 大口をたたいていた割には、口ほどにもないな」
「――クッ」
歯を噛み締める男は、ちらりと仲間の様子を見た。二人は依然として、少年たちと交戦中だ。
克臣に名を呼ばれた時、唯文の中で戦慄が走った。傍にいたユーギは既に覚悟を決めているのか、両手の拳を握り締めて腰を落とした。その瞳を、姿勢を綺麗だと思ったのは、内緒だ。
「唯文兄、ナイフの方は頼んだよ!」
「ああっ!」
二人は息を合わせて左右に跳ぶと、別々の敵を相手取った。
唯文とユーギの前に立ったのは、魔種の男二人組だ。一人はナイフを扱いつつ、土を操りこちらの足元にトラップを仕掛けてくる。もう一人はリーダー格の男と同じ火属性の魔力を持っている。
唯文は無尽蔵に投げつけられるナイフの嵐をかいくぐり、相手の懐に入ろうとした。しかしあともう少しというところで、ナイフの一本が頬をかする。
「くっ」
ピリッとした痛みを感じて動きが鈍る。それを相手に気付かれ、土が地面からせり上がった。それは唯文の前進を阻む。
「
「大丈夫だ。ユーギはそっちに集中しろ」
ユーギは頷くと、炎で作った渦を自在に操る敵と対峙した。
彼の周りには幾つもの炎が灯り、鉄砲玉のようにユーギに向かって飛びかかって来る。それらを軽い身のこなしで避け続ける少年に、敵は業を煮やしているようだった。
「何故、当たらないっ!?」
「当たりたくないからに決まってる!」
そう叫ぶが早いか、ユーギは相手の真正面目掛けて走った。まさか正面から来ると思っていなかった敵は、一瞬の間硬直する。そしてすぐに気を取り直したが遅かった。
「がっ――」
ユーギ得意の蹴りが炸裂し、吹っ飛ばされた敵が背中から木の幹にぶつかる。ストッと狼人らしく音もなく着地したユーギは、敵が気絶していることを確かめるとほっと息をついた。
狼人は魔力を持たない代わりに、強い脚力を持っている。大人の狼人は蹴りの一発で大木を倒すことが出来るというが、子どものユーギにはまだそこまでの力はない。けれど人一人を吹っ飛ばすくらいの力は、彼にも備わっているのだ。
そのすぐ後、背後で木が倒れるドンッという地鳴りを聞く。振り返ると、唯文が敵を木の下敷きにしたところだった。敵の男の最後の抵抗だったであろう巨大な土の塊は、主と共に幹の下で潰され、黒煙を上げながら消滅する。
チャキン。
刀を鞘に仕舞った唯文は、こちらを見ているユーギに気付いて不器用な笑みを浮かべた。
「さあ、後はなくなったぜ?」
「……」
年少組の戦闘を見届け、克臣は笑った。いっそ爽やかに見えるその笑みには、言い知れぬ圧迫感がある。男はのどを鳴らした。
克臣は切っ先で男のあごを上げると、後ろにやって来た唯文とユーギに頼みごとをした。あごで木の根元に放り投げていた小さなリュックを指す。
「すまねえが、こいつら三人をこの木に縛り付けてくれねえか? 俺の荷の中に頑丈なロープが入ってるはずだ」
「わかりました。……あ、これですね」
唯文がロープを見つけ、ユーギと協力して彼が気絶させた男と合わせて二人を同じ木の下に集めた。唯文が伸した男は木の下敷きで引っ張り出せなかったためにそのままにする。自力で抜け出すのは骨が折れるだろう。
全てを整え、克臣は息をついた。こちらを憎悪の眼差しでねめつけてくる男をちらりと見て、それ以上の興味を失った。
誰にも言ってはいないが、克臣が持っていたロープは耐炎性だ。どちらが魔力を使おうとも、簡単には抜け出せまい。
克臣は唯文とユーギが大きな怪我をしていないことを確かめると、リンたちが走り去った方を向いた。
「―――急ごう」
この先で、魔力が爆発した気がする。
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