過去との出会い

第130話 ロイ砂漠

 翌日。夜間に雨が降ることもなく、路面は乾いていた。

 早々に起き出したリンたち一行は、朝市で砂漠を歩くのに必要な防砂・防塵用のゴーグルを人数分買い込み、ジェイスが向かったと思われるロイ砂漠へと向かった。

 さらさらとした砂が視界全てを覆いつくしているのではないかと錯覚するほど、ロイ砂漠は広大だ。

 幸い風は強くなく、リンたちはゴーグルを装着せずに砂漠を歩いていた。

「砂漠って聞いてましたから何もない砂だけの場所かとおもいましたけど、畑もあるんですね」

「あれは……綿花か? それからあっちは芋っぽいな」

 リンの発見を受け、克臣が言い当てた。高級な布の産地としてリューフラを有名にしたのは、ロイ砂漠で作られる綿花のようだ。この世界の綿花は砂漠で育つのか、と晶穂は密かに感心した。

 時折、トカゲのような生き物が砂漠を彷徨っている。赤い筋が頭の先からしっぽの先にまで伸びる黒いトカゲだ。更に何かを見つけたユーギがぱっと何かを捕まえる。

「こんなところにもカエルっているんだね」

 それは小ぶりで細いカエルだった。先程のトカゲとは違い、淡い茶色をしている。

 ちょっとしたアニマルウォッチングのようになってしまい、克臣は困った顔で笑った。

「おいおい。今から何処に向かうかわかってんのか? 魔力を持ったトレジャーハンターどもだぞ。そんなお気楽でいいのかよ」

「だからって、顔をしかめっぱなしでもいられないよ」

「まあ、そうだが」

「……克臣さん、論破されるの早くないですか?」

 唯文に呆れ顔をされ、克臣は「論破はされてない」と強がった。

「それはそうとして、いつ何があるかわからん。砂漠だからな、水分は早めにとっておけよ」

「確かに、暑いですね」

「流石砂漠、だね」

 ユキの言葉に微笑み、唯文は額を伝う汗を拭った。ぽたりと落ちる汗は、体の水分を奪っていく。

 そんな穏やかな探索は、砂漠に何処からかやってきた霧が立ち込め、一変する。

「何、これ……。霧?」

 晶穂が両手を胸の前まで挙げて広げる。そこには既にぼんやりとした霧があった。息つく間もなく、それは砂漠を覆い隠す。雨でも降るのかと身構えたが、そうではないらしい。

 ただただ、薄暗い霧に包まれる。白濁の景色はリンたちの身動きを制限した。リンは皆が固まって立っていることに安堵しつつも、改めて注意を促した。

「みんな、離れないでくれ。濃い霧の中じゃ、何処にたどり着くかわからない」

「うん」

 霧が晴れるまで、ある程度見通せるようになるまで、数十分を要した。それまでに互いの姿を視認出来なくなるくらいまで視界は悪くなったが、勝手に動こうとするメンバーは誰一人としていなかった。


 ようやく霧が晴れた時、真っ先に辺りを見回したユキが、目を見張る。彼のすぐ傍にいた春直が、大声に驚いてびくりと体を震わせた。

「な……何、あれ!?」

 ユキが指す方向を全員が見れば、そこには霧が立ち込めるまでは存在しなかったものがあった。

「……は?」

 リンが言葉を失い、晶穂は目を丸くした。克臣は「まじかよ」と一言だけ言い、ユーギと唯文はぽかんと口を開けて固まった。

 目の前にあったのは、巨大なジャングルとも言うべき森。うっそうとしたそれは、昔からそこにあったのだと主張するようにそこにある。深い木々の緑は森の奥に行くにしたがってより濃さを増しているようだ。最奥の状況は、外から全くわからない。

 何とか立ち直った晶穂が、リンに戸惑いの声をかける。

「……森なんて、あった?」

「いや。さっきまではなかった、はずだ」

「だよね」

 霧が出現する前には、何処までも続きそうな砂があるだけだったはずだ。しかしながら、リンたちの目の前には、幻のごとく現れた森が広がる。

 リンは目を閉じて、気配を探った。

 森の奥に、かすかに懐かしい気配を感じる。それと同時に、こちらに敵意を持つ者たちの気配も。リンは、この森が自分たちの目的地であることを知った。

 ふっと目を開け、リンは同じく気配を感じ取った克臣と頷き合う。無言のうちに、二人は互いの意思を確認し合った。

「全員、聞いてくれ」

 克臣の言葉に、緊張が走る。

「これから、森に入る。きっと直後に戦闘になる」

「あの森に、トレジャーハンターたちがいるってこと?」

「そうだ、ユーギ。そして何処かに、あのバカがいる」

 首だけを回して背後の森を見、克臣は小さく毒ついた。「ったく、世話かけやがって」という言葉は、誰にも届かない。

「――行きましょう」

 リンは一歩を踏み出し、森に近付いた。

 入り口と思われる空間には、小さな石造りの祠があった。とても小さくて、高さは成年女子の膝の高さくらいまでしかない。素朴な石はくり抜かれ、中には神様を模した石像が一体置かれていた。細い注連縄が張られ、中のものを守っている。祠の前に供物を置くための台があったが、そこには何も置かれていない。

 忘れられた祈りの場。そんな雰囲気を漂わせている。

 軽く祠に頭を下げ、リンたちは臨戦態勢を取る。

 剣や矛を構え、得物を持たない者は何処から敵が来ても対応出来るように体勢を整える。そうして、同時に駆け出した。

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