第128話 共有

 銀の華と失踪したジェイスの行方を追い、リンたちは大陸の東側に位置するリューフラにやって来ていた。その郊外にある砂漠の何処かに銀の華があり、それを狙うトレジャーハンターの一団があることを突き止める。しかし、ジェイスの行方は知れないままだった。


 夜のリューフラは近くに歓楽街でもあるのか、飲み歩く人々の声が町中に聞こえる。きっと、何処の観光地も同じなのだろう。

 リンは眠ってしまったユキとその横で舟を漕ぐユーギをそのままに、残りのメンバーと車座になっていた。今日一日で仕入れた情報と起こった出来事を報告し合うためだ。布団が敷かれ、いつでも雑魚寝出来る状況にしてある。

 リンから時計回りに、晶穂と春直、唯文、克臣が座る。

「みんな、お疲れ様でした。俺もだけどみんな色々あったみたいだし、順番に話してく感じで良いか?」

 リンが胡坐をかいてそう切り出した。晶穂たちに異論はなく、一様に頷く。

 リンは眠るユキを見、眉を下げた。よく眠れるということは、怪我が痛まないということだ。応急処置だと言いつつも魔力で治してくれたのは、彼の隣に座る晶穂である。その細い指は額から血を流すリンにも伸び、その血を止め、次いできゅっと手を握り締められた。動揺し赤面したリンは、かろうじて聞こえた「……怖かった」という晶穂の呟きの理由を尋ねられないでいた。

 晶穂の表情は、こういう状況であることもあって少し緊張を帯びている。それ以外はいたって普通だ。気にする必要もないのかもしれない。

 リンは気を取り直し、聞き込みの後に砂漠に近い郊外に行ったことを報告した。そこでアゴラとガイというトレジャーハンターのメンバーに出会い、一戦交えたのだ。そして彼らの属性についても言う。

「アゴラは、火の魔力を持っていたんだ。そいつとやり合ったのはユキだから、かなり苦戦した」

「……ユキ、属性は氷だったな」

「そうです、克臣さん。すぐにでも助けたかったんですけど、俺もガイに阻まれて」

 見るからに辛そうな弟を助けられなかった。克臣たちが来なければ、と思うと身震いがする。

「その代わり、やつらが砂漠を目指して動いていることは分かりました。それが怪我の代償で得た収穫ですかね」

 そう締めくくり、リンは克臣にバトンを渡す。右隣の克臣に視線を向ける瞬間、晶穂の指が握り締められるのを見た気がした。

「俺とユーギ、唯文は人がいそうな住宅街に行った。まあ、ほとんど通行人はいなかったわけだけどな」

 苦笑する克臣の隣で、唯文が後を引き取る。

「でも克臣さんが、噂話をする女性たちを見つけて、道を聞くふりをしてジェイスさんのことを尋ねたんです」

「え、名前そのままを出したんですか?」

「違うよ、晶穂。彼女らの話の内容が、あいつのことの気がしたんだ。容姿の良い男がずぶ濡れでいたなんて、何処のマンガのキャラクターだよ」

「克臣さん、話題がずれてます」

 唯史に冷静な軌道修正を促され、克臣は後頭部を掻いた。

「悪いな。……で、その話から砂漠方面に向かったことを知った。もしかしたら追いつけるかも、と思って追ったら、あいつじゃなくてリンとユキに出会ったってわけだな」

 それからのことは、リンが話している。これでジェイスとトレジャーハンターたちが同じ方向に向かったことが分かった。

「最後は、わたしと春直ですね」

 晶穂はそう言うと、ちらりと春直を見た。この中で最後まで単独行動をしたのはこの二人だ。彼女らが話さなければ、二人が経験したことは共有されない。春直は軽く眉をひそめ、こくんと頷いた。

「……何かあったのか、二人とも?」

「大丈夫、リン。ちゃんと話すよ」

 怪訝な顔をするリンに微笑み、晶穂はゆっくりと話し出した。

「わたしたちも繁華街で聞き込みをしました。そこで、ある女の子が教えてくれたんです。倉庫街に怪しい人たちがいる、と」

「ぼくらはその通りに行きました。……そうしたら、晶穂さんが襲われたんです。町の商店主の人たちに」

「襲われた? 何で」

 驚く唯文に、春直は首を横に振った。

「その人たちが言うには、盗みの犯人がこっちに逃げ込んだと女の子に聞いた、と言ってました。……ぼくが気付いた時には、晶穂さんがたくさんの男の人に囲まれて髪を掴まれて座り込んでいました」

「っ……」

 リンは口を引き結んで晶穂を見た。驚いていた。あの時の呟きは、これを意味していたのだ。彼女が怖い思いをしていた時、自分は傍にいられなかった。それが、悔しくて、怖かった。晶穂は、痛みを堪えるように真っ直ぐ前を見つめていた。彼女が見る壁の向こうに、何が見えているのか。

 晶穂は頷き、「怖かったですよ」と笑う。

「罵倒されましたし。でもその後、ジェイスさんの知り合いだという人が、春直と一緒に助けてくれたんです」

「あいつと知り合い? 誰だ」

「エルクという狼人の男性です」

「ああ、あいつとキャンプの時話したっていうやつか!」

 克臣は合点して手を打った。銀の華の伝説を語り聞かせたという青年。彼は観光目的でこの地を訪れたということで、偶然助けてくれたらしい。

「あの人、凄いんです。ぼくの話を聞いて、すぐに被害に遭った店の防犯カメラを見せてもらって証拠を得て、それを晶穂さんを助けるのに使ってくれたんですよ」

「……有能だな、おい」

 興奮気味にエルクの活躍を語る春直に、唯文は苦笑して応えた。「ただ」と一言断り、春直は軽く眉をひそめた。

「その証拠写真の中には、確かに晶穂さんが商品を持って店を出る様子が写っていました」

「けど、それはっ」

「はい、リン団長。偽物です。エルクさんが写真の魔力を解いて、全く別の人が写っていたことを見せてくれました。それが……」

「……わたしたちに倉庫街のことを教えてくれた、女の子だったんです」

「‼」

 晶穂の言葉に、衝撃が走った。

 逸早く立ち直った克臣が、晶穂に問う。

「それじゃあ、あれか? その娘は晶穂たちを商店主たちに襲わせるために、お前らを向かわせたってことか?」

「そう、考えるのが妥当かと」

 神妙に頷いた晶穂は、沈黙して重くなってしまった場の空気を変えようと、明るく微笑んだ。

「でも、これで分かったんですよ。トレジャーハンターたちがここにいて、わたしたちと敵対してること。それが確かだと」

「あ、ああ。これで俺たちの目的がはっきりしたわけだからな。明日は、砂漠に向かいましょう。ジェイスさんと銀の華を探すんです。―――やつらより、先に」

 リンの言葉に、全員が頷いた。

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