第127話 助太刀

「見つけたぞ、二人とも」

「見つけた? 何をですか?」

 少女たちの元から戻った克臣は、静かな興奮を内に秘めた顔でユーギと唯文に向き合った。唯文が首を傾げるのに頷き、克臣は少女たちから仕入れた目撃情報を手短に伝える。

「じゃあ、早く砂漠の方に行きましょうよ!」

「そうですよ。一時間前なら、ジェイスさんに追いつけるかもしれません」

 目をパッと輝かせる二人の少年たちを先導し、

「ああ。……行こう」

 克臣はこちらを見ている少女たちに不審がられない位のスピードを守り、東へ向かって歩き出した。


 住宅街を抜け、人通りはまばらになる。あの少女たちの目を逃れたと確信を持てた後は、三人の足は徒歩から競歩、そして疾走へと変わっていた。

 時折反対側からやって来る人々とお見合いしそうになるが、そこは反射神経を駆使して避ける。幾つかの塀と角を曲がり、町中を出る。すると何処からか喧騒が聞こえてきた。獣人であるユーギと唯文が耳を澄ませて意識を集中させる。

 しばし音を聞いていた二人の眉間にしわが刻まれる。人である克臣には聞こえない音が聞こえているようだ。

「……これ」

「ああ……ユーギも聞こえたか?」

「うん、唯文兄。これ……リンさん?」

「何だと、リン?」

「はい、あっちから……って、克臣さんっ!」

 ユーギの返事を最後まで聞かず、克臣は声がしたという方へ向かって走り出した。近付くほどに、喧騒は怒声となって克臣の耳朶じだを叩く。リンとユキの声、そして知らない誰かの笑い声。克臣は体という見えない鞘から愛用の大剣を取り出し、黒煙と魔力の爆発が絶え間なく続く戦場へと飛び出した。

「リンッ、ユキッ!」

「か、克臣さん!?」

 ガイの剣戟けんげきを弾き返したリンが、信じられないものを見る目で突然飛び出してきた克臣を見た。その反対側では、アゴラの炎に囲まれたユキが荒く短い息を吐きながら悪戦苦闘している。それでも氷と炎の戦いの勝敗は決しかけていた。

「おいおいおい! 助勢が来るなんて聞いてねえぞ」

「私もですよ……。しかも戦力は三人分」

 喚くガイに同意しつつ、アゴラは冷静に状況を分析する。アゴラとガイの中間に立った青年は、リンを超える戦闘力を持つと考えられる。その他彼より小さな気配が全力でこちらに向かっている感じがする。戦闘力はまずまずだが、数で圧倒されればこちらが不利になる。

 ふ、と浅い息を吐き、アゴラはガイに向かって頷いた。

「撤退しましょう、ガイ」

「はあっ? あと少しで一人戦闘不能じゃねえか。そのガキ伸してからでも……」

「ガイ」

「……チッ。わーたよ」

 アゴラの目に気圧され、ガイは剣を収めた。リンは相手の戦う意思が消えたことを感じ、急いでユキの元へと走った。克臣はそんな二人をアゴラたちから守るように剣を構えて牽制する。

 アゴラとガイの二人は、頷き合って姿を消した。誰かの魔力で空間に穴を開け、テレポートを行ったようだ。リンは気付かなかったが、ガイは暗く燃える瞳を彼に一瞬向けた。

 炎に巻かれていたユキがガクリと体勢を崩す。それを背中側から支え、座り込むようにしてリンは弟を抱きしめた。ユキの体は火傷を始めとした傷だらけで、魔力は消耗が激しく息は荒い。これ以上炎に攻められていたら危なかっただろう。

「……兄ちゃ、ん」

「ごめんな、無茶させた」

 項垂れる兄に頭を横に振って応え、ユキは意識を手放した。呼吸はしっかりしていたため、リンはほっと息をつく。眠ったようだ。

「リン、ユキは……大丈夫そうだな」

「克臣さん。……まさか来てくれるとは思ってもみませんでしたよ」

 片膝をついてユキの顔を覗き込む克臣に、リンは苦笑いを浮かべて言った。二対二で戦況は不利だった。もし克臣が乗り込んでこなければ、という場合を考えると身震いする思いだ。

 克臣は「ああ、それは」と何かを言いかけたが、向こうの方から自分たちの名を叫ぶ声を聞き、振り返る。

「リンさん、克臣さん!」

「あっ、ユキ! 大丈夫!?」

 流石に獣人である唯文とユーギに息の乱れはほとんどなかったが、リンたちの状況に驚きを隠せない様子だった。唯文がユキの胸に手をあてて呼吸を確認した後、

「何が、あったんですか?」

 と静かに問うた。

 リンはトレジャーハンターの目撃情報を追いかけてここへ来たら、アゴラとガイに襲われたのだと手短に説明し、「そっちは?」と反対に問いかけた。

「おれたちは、ジェイスさんの行方を捜して情報を得られそうだからと克臣さんの提案で住宅地に行ってたんです。そこでジェイスさんがこっち方面に行くのが目撃されていて、追ってきました。……途中でリンさんたちの声を聞いて、駆け付けたんです」

「ぼくらは間に合わなかったですけどね」

「そう、か……」

 リンは頬を手の甲で拭い、目の前に広がる砂漠を見た。頬のからはまだ少し血が出ているが、じきに落ち着くだろう。それよりも、気になることがあった。

「トレジャーハンターたちが目撃された場所とジェイスさんが向かった方向が同じなのは、偶然でしょうか?」

「リン、それは俺も気になってた。あのバカがどうしてこちらに向かっているのかは不明だけど、全くの無関係だとは思えないな」

 一度、集合場所に戻ろう。克臣にそう提案されて気が付けば、夕日が沈みかけている。夕方には宿に戻ると約束したのに、それを言った本人が遅刻しては笑い話にもならない。

 リンはユキを負ぶって立とうとしたが、左の足首に違和感を覚えてしゃがみ込む。

「……リン、あの狼人との戦闘で痛めたのか?」

「いえ、大丈夫です……」

「無理するな、ユキをこっちに」

 克臣は眠るユキをリンの背中から自分の背に乗せ換えた。自分はただ走ってこちらに来ただけだ。リンたちのように戦ったわけではない。体力なら余っているのだから、そういう役割くらいはさせてほしかった。

 足を痛めたと知り、ユーギと唯文がリンに肩を貸そうとする。しかしユーギはまだ身長が足りなかった。唯文も十センチほどリンより低いが、支えることは出来る。飛べば足を使わなくて良いのだが、俺たちを置いて先に行く気かと笑って言われ、素直にリンは唯文に寄りかかった。

「悪いな」

「いえ。……やっぱりすごいな、団長は」

「何がだ?」

 右側から肩を支えられて歩きながら、リンは首を傾げる。唯文は目を伏せて笑った。

「だって、怪我しながら誰かのために走って戦って。おれにとっては目標です」

「……そんなにかっこいいもんでもないよ」

 リンは前を歩く克臣とユーギを見やり、微笑した。克臣がユーギの身長が足りなかったことをからかい、ユーギにくるぶしを蹴られている。

「……俺は、自分勝手なだけだ」

 自分がしたいことに人を巻き込んで、怪我をさせることも多い。目的が大きくなって戦闘に発展することもよくある。もっと平穏に過ごせれば良いのだが、そうも言っていられない運命を進んでいるようだ。リンの笑みは、自嘲を含んでいた。

「おい、リン」

 ひとしきり漫才を繰り広げ、克臣はリンを振り返った。

「何ですか?」

「今思い出したけど、うちには癒し専門のやつがいたよな」

「……晶穂のこと、ですか?」

「そう。……お前、晶穂に癒してもらえよ、その怪我」

「え……」

「リンさん?」

 突然固まってしまったリンを見上げ、唯文は首を傾げる。リンの様子を見て、克臣は笑いをかみ殺している。ユーギは唯文とそれほど変わらない反応だ。

「………」

 リンの耳が赤く染まる。息を吸い込み、平静を装う。しばし沈黙を守った後、一言だけぽつんと答えた。

「……負担にならない程度に」

「くくっ、そうだな。この時間になっちゃ、春直と二人で待ちぼうけてる頃だろ。走れはしないけど、早く帰ろうぜ」

「はい」

 四人が町中を通って宿に辿り着く頃、既に月が空に昇っていた。宿の外で今か今かと待ち構えていた晶穂に、夜目が効く春直が声を上げて知らせる。

「あっ、リンさんたちです!」

「ほんと!?」

 夜になると昼間程の明るさはない。街灯がちらほらと灯るくらいだ。晶穂は目を細め、リンたち五人の姿を目にすると、彼らに向かって駆け出した。昼間の傷はほとんど痛まない。その代わりリンとユキの姿を目にとめた瞬間、晶穂は悲鳴に近い声を上げた。

「だ、大丈夫!?」

「晶穂、声でかい。夜だぞ、今は」

「ご、ごめんなさい……」

「何があったんですか?」

「春直、詳しくは部屋で話すよ。俺もリンたちも色々あったんだ。……お前たちもそうみたいだしな」

 克臣は苦笑気味にそう言うと、晶穂と春直も伴って全員で宿の入口をくぐった。

 それぞれに傷だらけの一行を見て、宿の主人は驚いた顔を見せた。しかしそこは商売人だ。その素振りは一瞬で掻き消える。

 鍵を受け取り、ユーギが部屋の戸を開けた。ユキを布団に寝かせて車座になる。


 長い夜になりそうだった。

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