第125話 助け船

「エルクさんっていうんです。ジェイスさんと知り合いだとか」

「へ、えぇ」

 思いもよらない展開について行けない晶穂を尻目に、一瞬で若者たちを地面に這わせたエルクは笑みを浮かべてこちらに近付いて来た。

「晶穂さん、だよね。大丈夫かい?」

「あ、はい。助けて頂いて、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げると、エルクは「どういたしまして」と晶穂の手を取って立たせた。

「ちゃんと自己紹介しなきゃだけど、まずはあちらさんの誤解を解かないとね」

 エルクがくるりと後ろを振り返ると、丁度散らばっていたはずの商店主たちが伸された若者たちを助け起こしている所だった。

「お、お前さん、何者だ? まさか、盗人の仲間……」

「違いますよ」

 片手をひらひらと顔の前で振り、エルクは「通りすがりのトレジャーハンターです」と名のった。

「こちらの少年に姉が無実なのに捕まったから助けて欲しいと懇願されましてね」

「え、無実……?」

「でも証言が」

「証言と言っても、怪しい女の子一人のものですよね? ……春直くん」

「あ、はい!」

 晶穂に抱きついていた春直はエルクに呼ばれ、さっと立ち上がった。すこし頬が赤いのは、晶穂にくっついていた自分が恥ずかしくなったからだ。エルクの隣に立ち、一枚の紙を掲げる。そこには手に盗んだ品を抱えた晶穂そっくりの少女が映っていた。

「お前さん、これを何処で……」

「これ、最近この辺りで導入された監視システムで撮った写真なんです。勿論魔力を使ってね。透視とか遠視とかの力を持つ人たちに協力してもらったんだそうですよ」

 後半のシステムも説明は、晶穂に向けて為されたものだ。この世界には監視カメラはないという話だったが、商店の防犯用に開発されたのだそうだ。

 春直の説明をエルクが引き継ぐ。

「で、そこに映っていたのがこの女の子です」

「こ、これはそいつじゃねえか!」

「そう、思いますよね?」

 エルクはにやりと微笑むと、パチンと指を鳴らした。

 すると、写真の少女がぐにゃりと歪んだ。目を見張る一行の前で、晶穂そっくりの少女の姿が全く似ても似つかない藍色の髪を持つ少女に変わった。魔力で映像を歪めていたらしい。それをエルクが解いたのだ。

「この子っ……」

「ね、君とは似ても似つかない」

 エルクは晶穂に微笑みかけると、驚きを隠せない商店主たちに向き直って話し始めている。しかし、晶穂の耳にはその内容が入って来なかった。少女に見覚えがあったのだ。

(……この子、見た。この町で。―――何で、わたしに化けて?)

 何処で見たのかといえば、倉庫街に怪しい連中がいると教えてくれた少女と酷似しているのだ。ショートヘアがよく似合う黒と藍が混ざった瞳の女の子。

 ぼおっとそんな疑問を考えていた所、急にだみ声やアルトの声が耳に入り込んで来た。

「ねえちゃん、すまんかった!」

「オレらは騙されてたらしいな。悪かったな、疑って」

「おい、お前らも謝れ!」

 怒涛の勢いで謝罪され、晶穂はびっくりしつつもあいまいに微笑んだ。

 壮年の男性たちに首根っこを掴まれて連れて来られたのは、晶穂に乱暴をしようとしていた青年たちだった。彼らも決まりの悪そうな顔をそれぞれしつつも、ぺこりと浅く頭を下げた。


 商店主たちが帰って行った後、エルクが晶穂と春直を倉庫街にある空き地に連れて行った。そこはここを仕事場にする人々の休憩所となっているようで、ベンチが幾つかと大きな木があった。広葉樹である木は、既に葉を赤く染め始めている。

 晶穂と春直をベンチの一つに座らせ、エルクは自分もその辺に落ちていた木箱に腰を下ろした。背中に背負っていたバックパックは地面に直置きする。

「あ……。危ない所を助けて頂いて、ありがとうございました」

 ぺこり、と晶穂が頭を下げるとそれに同調して春直も「ありがとうございました」と礼をした。エルクは少し目を見張ったが、すぐに苦笑して二人に顔を上げさせた。

「いいって。顔上げて。俺はこの春直くんが見過ごせなかっただけなんだから。凄く必死で、何処かに走って行こうとしてるから引き留めたんだ、ね?」

「はい。腕掴まれて、どうしたのって。ぼく、本当はリンさんたちを探そうと思ってたんです。でもその前にエルクさんに呼ばれて、勢いで喋ったんです。晶穂さんが捕まったって」

「……名前で言われても誰か分かんないですよね?」

 春直の説明に思わずツッコミを入れた晶穂に、エルクが笑いながら頷いた。

「そうだね。でも、大事な家族だって言ったから、じゃあ一緒に行って助けに行こうって提案したんだ。……そして、今に至る、と」

「……見ず知らずなのに、ありがとうございました」

「ほら、もういいんだって」

 再び頭を下げた晶穂に、エルクは呆れ顔で笑いかけた。

「もうあの人たちは絡んでこないと思うよ。真犯人を見つけないとだから」

「はい」

 確かに、商店主たちはこれから真犯人を探して捕まえてしょっ引くのだと言い放って何処かへ行ってしまった。何か困ったことがあれば頼れ、という言葉を残して。

 ほっとしてようやく笑みを浮かべた晶穂に、エルクは疑問を投げかけた。

「それはそうと、きみらはどうしてこんな所に? 春直くんとゆっくり話す時間なんてなかったから、何も聞いてないんだ」

「ああ、そうですね……」

 助けてもらっておきながらこちらのことを全くの秘密にして別れるのも気が引ける。エルクはジェイスと知り合いだというし、晶穂は春直に目で「いいよね」と了承を求め、春直の頷きを確認してからエルクに向き直った。

「……わたしたち、人探しをしてるんです。この辺りで伝承や花を探している怪しい一団を。そして、もう一人」

 晶穂はエルクの目を見た。青い目が美しい狼人の青年がこちらを見つめている。

「……あなたが知り合いだというジェイスさん、も行方不明で探しています」

「え……。あの人、行方不明なんだ」

 心底驚愕した、という顔でエルクが呟く。どうやら少なくとも、彼はジェイスの行方について知らないようだ。春直が身を乗り出した。

「そうなんです。だからぼくらはジェイスさんの手がかりと怪しい人たちの情報を集めています。何か、知らないですか?」

「いや。残念ながら目ぼしい情報は持ってないな。俺も昨日ここに着いたばかりだしね。今回の俺の目的とは違うけど、その一団が探してるのは、もしかして銀の華かな?」

「ああ、そうです」

「そっか。ジェイスさんはエルクさんから銀の華の詳しい話を聞いたんですよね。ぼくらがキャンプで遊んでる時に」

「うん。とても熱心で、俺も気持ちが入った。……ごめんな、役に立てなくて」

「そんな、助けていただいただけでも十分です!」

 目を伏せるエルクに、晶穂はぶんぶんと首を横に振って応えた。

 宿に戻るというエルクに向かって、晶穂と春直は一つだけ頼みごとをした。

「もし、ジェイスさんや銀の華の新たな情報を得たら、わたしたちに教えてもらえませんか?」

「勿論。俺は今回ここには観光目的で来たようなもんだし。珍しいものを見つけに来たって感じだ。人混みにはよく行くから、小耳にはさんだらすぐに知らせるよ」

「お願いします」

 互いの連絡先を交換し、町まで送ろうというエルクの申し出を断った二人は、エルクが去った後、ゆっくりと歩いて仲間たちとの待ち合わせ場所に向かうことにした。


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