第124話 倉庫街
晶穂と春直は皆と別れた後、その足で近くの繁華街に足を踏み入れた。自分より小さな春直の手を引く晶穂の姿は、はたから見れば姉弟だろう。そんな見た目が恥ずかしいのか、春直はすぐに手を離してしまった。
「……すみません、晶穂さん。流石に手をつないでいくのは」
「ああ、ごめんね。なんか、弟が出来たみたいで嬉しくて」
「いいんですけど……。人混みですしね」
確かに人が多い。アラストでは祭りの日でもなければ、東京のスクランブル交差点のような混雑を拝むことは出来ないのだ。だが、リューフラの繁華街は日常からこうなのだろうか。寂れた辺境だと言ったのは誰だ。
「ああ、人が多い? この時間は商団がたくさん来るんだよ。作物が育ちにくい場所だからね、色んな所からぞくぞく。だからさ」
ふと入った商店で店主から聞いた話で理由は知れた。
晶穂は礼を言って出た後、春直とこれからどうするかと話し合った。
「人が多いってのはネックだけど、同時にラッキーだとも思うんだけど、どうかな?」
「そうですね。たくさんに人がいるんですから、誰かがぼくらのほしい情報を持ってる可能性が高いですもんね。話、聞いていってみましょう」
「うん。じゃあ、行こうか」
晶穂と春直は人の波に流され時に抗いながら、何人もの人たちに声をかけていった。しかしながら「人相の悪い大柄の男と彼に随う男たち」を見たかという問いに首を縦に振る人はいなかった。特徴的な一団であるため、すぐに目撃者に出会えると思っていたのだが、晶穂はそのもくろみが甘あったことを思い知った。
「うーん、なかなか見つからないね」
「そうですね。ここ数日のことなので見た人は多いかと思ったんですけど」
時刻は正午を過ぎた所だ。カフェに落ち着いた二人は、午後からの行動を考えていた。晶穂は紅茶を、春直は果物ジュースを頼んでいた。それからサンドイッチを頼んで昼食とする。
「あんたたち、探偵か何か?」
カフェの外に置かれたテーブルについていた二人に、少し派手な見た目の少女が話しかけてきた。例えるならギャル風だ。ショートの髪に白い花の髪飾りをつけている。ショートパンツに大きめのシャツを合わせている。彼女の大きな目は黒がかった藍色をしていた。
「え?」
「だって、さっきからその辺で人に聞いてばっかり。何となく聞いてたら人探ししてるみたいだったからさ。で、あたしが聞いた人相と似てたから声かけてみた」
「あなた、わたし達が探してる人たちのこと知ってるの?」
思わず身を乗り出した晶穂に向かって茶目っ気たっぷりに笑った少女は、晶穂の耳元で囁いた。
「あのね、南の外れに倉庫街があるの。そこで見たっていう話だよ」
「そうなんだ、ありがとう。些細なことでも確かめに行かなきゃいけないから、助かります!」
「いいえ~。頑張ってね」
少女は晶穂と春直に手を振り、スキップをするようにして人混みに消えていった。
「春直、今の聞いたよね?」
「はい。何の手がかりもないよりいいです。早速行きましょう」
「うん」
二人がばたばたと町の中へと姿を消した後、晶穂に怪しい人物の目撃情報を与えた少女は近くにあるとある商店の屋根に腰かけていた。
「――さあ、お遊びの始まりよ」
黒い影が、その可愛らしい顔に落ちていた。彼女の姿は、傍の街路樹から鳥が飛び去る間に消えてしまった。
リューフラの南側にはたくさんの倉庫があった。それはあの少女の言った通りであったが、同時に人の姿が全くなかった。
倉庫街という名称は言い得て妙だ。灰色の倉庫がビル群のように並び立っている。それぞれには「芋」や「綿」などの中身と思われるものの名がプレートに書かれて戸に下がっていた。ここは他の場所に売り出す商品の一時保管場所であるようだ。朝と夕方にしか人がいないらしい。
南へ向かう途中の道でも聞き込みを続けた結果、怪しげな連中が南にたむろしているということは正しい情報であるらしいことは判明した。その中の者が「とある伝承」について知りたがっており、知る限りのことを話したという女性にも会った。
「晶穂さん、団長たちに連絡せずにこんなとこに来てよかったかなぁ?」
不安げに耳を垂れさせる春直の頭を撫で、晶穂は微笑んで見せた。
「大丈夫。危なくなったら逃げるし、そもそもそんな状況には陥らないよう気を付けるから。春直も痕跡を探して? まだやつら、この辺りにいるかもしれない」
「はい」
春直が猫の嗅覚と聴覚を駆使している間、晶穂は人が忍び込みそうな場所や隠れ家になりそうな穴はないかと倉庫街を見て回った。しかしアジトを見つけるどころか鼠が行き来する穴を見つけることも出来ない。
この情報は遅かったか、と諦め半分で春直と合流しようとした矢先、晶穂は後ろから強い力で髪を引っ張られた。
「―――っ痛い」
「ふざけんなよ、このアマ。うちの商品大量に盗んどいてこんな所で何してる!」
「え?」
晶穂が痛みを堪えて振り向くと、そこには憤怒の形相をする男が立っていた。先程の言葉は自分に対して言われたのだと分かる。しかし身に覚えのない内容に頭が混乱した。
「ま、待ってください。わたし、盗みなんてやってません!」
必死に己の無実を訴えるが、男は聞く耳を持ってくれない。晶穂の訴えにせせら笑った。
「何を言っている? お前がうちや他の店から出て来る所を見たって情報があってな、追いかけて来たら案の定だ。―――おお、捕まえたぞ。こっちだ!」
「やっとか、このすばしっこいやつめ」
「こんな女の子が盗みをするなんて世も末だな」
様々な声が近付いて来る。どれもが晶穂に向けられた憎悪の声だ。どうしたらこの場を脱せるのか必死に考えるが、晶穂の頭は焦りで正常に働かない。
ふと男たちの足音がやって来る方に目をやると、春直が目を見張っているのが見えた。晶穂に一つ頷き、踵を返す。きっと、助けを呼びに行ったのだろう。誰か、晶穂の無実を明かしてくれる人がいるだろうか。それも、この商店主たちを納得させて。―――無理か。
半ば諦めつつ、晶穂は集まってきた男たちを見上げる。その顔はどれもこちらを犯人だと決めつけてかかっていて、恐怖が背を駆け登った。
「わ、わたしは……」
「おい、証言をくれた女の子は?」
「さあ、俺が気付いた時にはいなかったぜ」
「ああ、向こうに連れがいるからってんでいなくなったけど?」
「じゃあ、ほんとにこいつが盗みの犯人なのか確かめられねえじゃんか」
どうやら彼らはある証言一つで晶穂を捕獲しに来たらしい。それも証言者は女の子一人。それを鵜呑みにするのもどうなのかと思うが、その証言通りに自分がここにいるのだから始末が悪い。
「……っ」
晶穂はどうにか声を出そうと試みるが、喉が凍ってしまって何も出て来ない。髪は掴まれたままで座り込んでいる彼女の周りは、人に固められて脱げだす隙間もない。その間にも商店主たちの話し合いは続いていく。
「……まあ、こいつが自白すれば済むことだろ」
「う~ん、ほんとにすんのか? こんな若い子が? しかも結構可愛いじゃねえか」
「今のところ、自白する様子なし。無実だというが怪しいもんだ」
「……ちょっと痛めつければ自白すんじゃね?」
年かさな男が多い中、二、三人は若者だった。その中の一人がニヤリと笑いながら晶穂の長い髪を掴む男に近寄っていく。
「こいつ、オレらに任せてくんね? 自白させて警邏に引き渡すからよ」
「それはいいが……。お前らが捕まるようなことはするなよ」
「しないっすよ。ただ、自分のした罪は自分で償ってもらわなきゃ」
「そうですよ。おじさん達はこいつの仲間とか盗んだもんの隠し場所とか探して来て下さいよ。そうすれば、罪状はより明らかになる」
「それもそうだな。じゃあ、頼んだぞ」
そう言い残し、商店主達は数人ずつに分かれてばらばらに倉庫街をうろつき始めた。それを確認し、晶穂の髪を持った若者は、鋭くとがった耳をひくつかせた。彼は犬人であるようだ。ぐいっと髪を引っ張られ、晶穂は思わず悲鳴を上げた。
「きゃっ」
「お前、残念だったな? 盗みなんてするからこんな目に合うんだぜ?」
くすくすという笑い声が頭上から振ってくる。ぞっとした晶穂が顔を上げると、犬人の若者は一瞬目を見張り、すぐに獲物を見つけた獣のように舌なめずりをした。仲間たちと目配せし合い、晶穂の耳に顔を寄せる。
「……お前、もしオレたちの言うことを聞くなら、おっさんたちにはお前が犯人じゃないって言ってやってもいいぜ」
「……? どういう、こと」
「それは……ぶっ」
皆まで言う前に、若者は横にふっ飛ばされた。唖然とする晶穂の腕に春直が飛び込んでくる。
「え、春直……っ」
「晶穂さん、遅れてごめん。でも大丈夫、途中であの人に会ったから」
「あの人?」
春直の指差す方を見ると、見覚えのない青年が軽い動作で若者たちを叩きのめしていた。耳としっぽの感じからして狼人だろう。
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