第123話 二対二

「お兄ちゃん、ほんとに晶穂さんに弱いね」

「うっさい。……いいから歩け」

 にやにやと笑みを貼りつけたユキを従え、リンがやって来たのは砂漠地帯にほど近い町外れだ。ここまでくると住宅もまばらで商店は数件あるかないか。空気に砂っぽさが混じっている。

「お兄ちゃん、この辺?」

「ああ。町で聞いた、怪しげな奴らがここ数日見かけられてるエリアだ」

 ここに来る直前、リューフラの商店街で聞いた噂話だ。その噂の真偽を確かめに来たという次第である。

 しかし今のところ、怪しさはない。空き地が広がり、住民も観光客もいない。その代わりに見晴らしは抜群に良く、砂漠の向こう側も見渡せる気がした。

 リンは辺りをちょこちょこと歩き回るユキを横目に、砂漠を見つめた。何処までも砂地が続きそうで、その向こうには何もないのではないかとも思えてくる。

 しかし唯文からの情報によれば、この先に「美しく輝く穴」があるはずなのだ。

「……ん?」

 リンは目を細めて焦点を合わせようとした。砂煙の向こうに大きな山が見えた気がしたのだ。だが、それを確かめる時間は与えられなかった。

「……お兄ちゃん」

「ああ」

 急に静かな声音になった弟に頷き、リンは体勢を整えた。隣でユキも腰を低くした。

 今年に入ってから、ユキの身体の成長が著しい。歳はいなくなった時の年齢に今年一年分を足せば五歳である。しかし実年齢はと言えば十五歳を超えている。精神年齢は十代前半であり、あとは体の年齢がついて来るのを待つばかりであったのだが、魔法が解けたかのように日一日と成長しているようなのだ。

 現在、ユキの身長は小学五年生の平均程と言えばいいだろう。超スピードの体の変化は、本人の体に多大なるストレスをかけているようだが、ユキ自身は嬉しそうだ。最近は、声変りが始まりつつある。彼と大の仲良しであるユーギは、自分を越えられないようにと必死だ。

 リンは杖を召喚し、殺気を感じた建物の死角を睨みつける。

「そこにいるんだろ、出て来い」

 そうすごんでやると、曲がり角からくすくすという含み笑いが二人分聞こえて来た。

「やれやれ、お前が足音をたてるから気付かれただろ?」

「何を言うんです? あなたの殺気がわかりやすいせいでしょう」

 そう言い合いながらひょっこりと現れたのは二人組の男。一人は知らぬ顔だったが、もう一人には見覚えがあった。たしか、リドアスに侵入したアゴラという男だ。アゴラは初対面時は商人かと見紛う服装をしていたが、今目の前にいる男は盗賊だと言っても過言ではないような服装をしていた。濃緑色のつなぎに山登りも出来そうなごつい靴。目に宿っているのは獲物を品定めする光。

「……アゴラ」

「おや、覚えておてくれましたか。嬉しいですね」

「貴様ら、何しにここへ来た?」

「何しに? 勿論、幻の銀の華を探し求めに来たに決まっているではないですか」

「アゴラ。こいつらがボスとお前が言っていた……?」

「ええ。あ、初対面でしたか」

 アゴラの隣で蛇のような切れ長の目をリンたちに向ける狼男は、腰に佩いていた剣を抜いて切っ先をリンに向けた。耳は細く、所々に実戦での傷があった。

「悪いが、敵であるお前らに名のる名なんぞねえな。……とっとと失せな」

「……俺たちだって、簡単には引き下がれないんだよ」

 相手の挑発に半ば乗るようにして、リンは杖の先を相手に向けた。隣ではユキが魔力で氷を生成しているのが気配で分かった。

 ここで二人を仕留められれば、自ずと彼らのボスの居所も知れるだろう。そうすればグーリスの手から花を守り、ジェイスの捜索に集中することが出来る。

 一触即発の空気の中、アゴラはそれまで浮かべていた人の良い嘘の笑顔を冷酷に豹変させた。

「……ガイ、ここは私たちで仕留めてしまいましょうか」

「ああ。ボスへの手土産だな」

 にやりとガイと呼ばれた男が笑ったのが皮切りだ。

 最初に飛び出したのはリンとガイだ。灰色の狼人である彼の剣の一閃がリンの首筋を捕らえたかに見えた。しかし数センチの間を置いて避け、リンは杖の力を借りて小さなバリアを幾つか張った。それらは気休めにしかならず、すぐさま剣戟で切り刻まれた。

 避けてばかりでなかなか攻撃に移らないリンに業を煮やし、ガイは剣の柄を手元でくるりと一回転させ、リンに突きつけた。

「てめえの本気はその程度か?」

「……まさかっ」

 リンはその剣を払い、杖を変化させた。手に馴染む柄を取り、切っ先を真っ直ぐにガイへ向ける。

「……必ず、諦めさせる」

「はっ……。やってみな」

 その瞬間、リンの剣から魔力が爆発した。

 近くの十字路ではユキとアゴラの戦闘も始まっていた。

 アゴラについて基礎知識を持たないユキだったが、魔力を持つということは魔種であるとあたりをつけた。実際、アゴラの頭には動物の耳がない。

 ユキは氷の塊を無数に創り出し、それらを鉄砲玉のように放った。しかしそれは悉くアゴラに撃ち落とされてしまう。アゴラは十代に見える少年に向かって微笑んだ。

「きみは、あの団長の弟かい?」

「―――だとしたら?」

「悪いけど、ここで散ってもらうよ」

 アゴラは手のひらを前に出し、「はっ」と気を押し出すように息を吐いた。するとアゴラの手から幾つもの赤い火の弾が発射され、ユキに襲いかかっていく。

「うわっ」

 応戦しようとするも、ユキの魔力の属性は氷だ。全て溶かされてしまう。

「ユキッ」

 苦戦に気付いたリンが加勢しようとするが、ガイがそれを巧みに阻止する。行く手を阻まれ身動きを取れない兄に向かい、ユキは虚勢を張った。

「大丈夫、簡単にやられたりしないから」

「……その強がり、いつまでもつかな?」

 炎の渦を生成しながら、アゴラは低く嗤った。

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