第121話 リューフラへ
翌朝。日の出と共に起き出した同行者たちは、各々の荷物から朝食を取り出して各自頬張った。それはおにぎりだったりサンドイッチだったりする。昨日の朝、晶穂がサラと共に急いで作ったものだった。
サケフレークのおにぎりを頬張っていたリンが、二つ目を喉の奥に押しやった。
「さ、て。これから行くリューフラって町についての確認な」
食事をしつつ、車座になった面々がリンの広げた地図を見つめる。
紫蘇とワカメのおにぎりを手にしていた晶穂は、全員を見渡したリンが自分を見なかったことに気付いていた。―――それは、晶穂とて同じだ。あんなことがあった後に、何もありませんでした、と普通の顔をして接することなど出来ない。
それでも、混乱する心奥を仲間たちに見せるわけにもいかず。二人はそれぞれにお互いを意識しないように努めていた。
玉子サンドを頬張りつつ、ユーギが現在地を指差す。
「今がここでしょ。で、リューフラは……」
指を惑わせるユーギの横から、少し長い少年の指が伸びてきた。唯文のものだ。唯文の手には海苔が巻かれたおにぎりがある。中には塩昆布が入っている。彼の父の友人が住んでいたのがリューフラである。場所は一発で指すことが出来た。
「ここだ。リューフラは今でこそ寂れた砂漠際の観光町と呼ばれているそうですが、昔は別のことで栄えていたそうですよ」
「別のこと? 他に産業があったってのか」
そう言って身を乗り出したのは、ツナマヨサンドとおにぎりを自分の前に置いている克臣だ。頷いた唯文は、一口おにぎりを食べ呑み込んだ。
「そうです。鉱山業で栄えたとおじさんには聞きました」
「日本でも昔は鉱山の採掘で繁栄した町がたくさんあったようですね。今では人が減ってしまったと聞いたことがあります」
「晶穂さん、よく知ってますね」
「前に学校で習ったことがあったから」
春直に褒められ、晶穂は頬をかいた。
克臣はサンドイッチを手に取り、
「ってことは、もう衰退してんだな、鉱山は」
「閉山したと聞いてますよ」
鉱山の閉山は五十年前に遡るという。もうその当時のことを知る人は僅かだろう。
黙って話を聞いていたユキが首を傾げた。その前にはオムすびが二つある。オムすびとは、オムライスのケチャップライスを握り卵焼きを巻いたおにぎりである。
「お兄ちゃん、鉱山について知ってる人、探す?」
「……いや。今大切なのはジェイスさんの行方と銀の華の捜索だ。鉱山については保留しておこう。町の歴史にまで首を突っ込まなくてもいいと思う」
リンの言葉に全員が一様に頷いた。
「じゃあ、町に入ったらあのバカについて知っている人、見た人を探すこと。そして幻の花や伝承について詳しく知る人を探す子と。この二つに重点を置こうか」
「……克臣さん、ジェイスさんですよ。あのバカではなく」
「良いんだよ。バカはバカだ。……俺たちに何も言わずに出た時点でな」
ユーギにたしなめられても、克臣は呼び方を変えなかった。その言葉の端々に悔しさがにじむ。
黙って話を聞いていた春直がサラダサンドをもぐもぐと食べ、呑み込んでから口を開いた。暗くなりかけた雰囲気を吹き飛ばそうとするような明るい声だ。
「いつ頃出ます?」
「食い終わってみんなの準備が出来たら出よう。ここは人目につき過ぎる。……トレジャーハンターたちに見つかりたくない」
「そうですね」
銀の華を探すのはリンたちだけではない。先に進んでいると考えられるのはガイやアゴラといった盗賊まがいのトレジャーハンターだ。彼らの挑発に乗る形でリン達の旅が決まったと言っても過言ではない。―――ジェイスの失踪もこの出来事に関係しないとも限らない。
コップに残っていたお茶を飲み干し、晶穂は立ち上がった。
「じゃあ、わたしがここ片付けます。皆さんはテントとか、荷物の準備お願いします」
「俺も手伝う」
「っ……。い、いいよ。リンは力仕事してきて。ごみをまとめてたき火の後始末するだけだから」
「……ああ」
ざっ、と土を踏み締める音が遠ざかる。晶穂は無意識にほっと息をついた。
リンとは、今朝起きた瞬間から目が合っていない。否、合わせられるような精神状態ではないのだ。リンが自分の傍にいるというだけで心臓が早鐘を打つ。
晶穂がそのような状態であるにもかかわらず、リンの様子は見た目ではいたって普通だ。今も普段通りに晶穂の手助けをしようという親切心からの言葉だったのだろう。それが悔しいような嬉しいような、晶穂にとって形容し難い気持ちが生まれた。
(こんなに困惑してるの、わたしだけなのかな?)
暫し手が止まっていた晶穂は、背後から聞こえてくるユーギたちの賑やかな声で気を取り直し、おにぎりを包んでいた葉を急いでまとめて地に埋めた。
ソディールにはプラスチックやビニールがない。それらが文化の発展を示す物であるとするならば、ソディールは所謂後進世界だと言えるだろう。プラスチックなどの代わりに使われているのは、木や鉄、そしてそれらに魔力をかけた魔材である。おにぎりを包むために使用していたのは、竹の皮のような植物の葉だ。それは地面に埋めておけば土に還ってくれる。
片付けを終え、全員の出発準備が整った。
ソイ湖を出て東に進めば目的地のリューフラに辿り着く。二日目の朝はそうして始まった。
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