第118話 魔種の翼
魔種とは、神話の時代に生まれた種族の一つだ。
強大な魔力を持つことから、吸血鬼とも呼ばれている。
創造主たる男神と女神の間に生まれた子の一人が先祖だ。
その魔種には空を自由に駆ける翼がある。
その色は黒。漆黒である。
翼の色が吸血鬼と呼ばれる所以の一つであることは言うまでもない。
「……だから、純白の翼なんて、見たことないんだ」
リンの呟きを受け、その場が静まり返る。いつもは茶化しをいれる克臣でさえ、何かを言いかけて口を閉ざした。
リンには、克臣が言いかけた言葉が分かってしまった。
――ジェイスは、魔種ではないのか……?
魔種でないなら、人間か。否、人間であれば魔力は使えない。では、獣人か。それも否だ。彼には獣人特有の耳と尾がない。だからといって、古来種でもない。ジェイスの髪は黒く、目は黄金だ。古来種のように鮮やかな色の髪を持っていない。
「……」
止まってしまったかに見えた空間。そこにひょいっと顔を見せたのはユキだ。その後から唯文とユーギも顔を覗かせる。
「お兄ちゃん、ただいま。……何か、あったの?」
「いや、春直が情報を寄せてくれてな。それはそうと、お前たちの方はどうだった。収穫はあったか?」
「それがね……。唯文さん」
「うん」
ユキに促され、犬人の少年が一歩前に出る。二つの白い耳がひくひくと動いた。
「お……ぼくは、町外れででジェイスさんに会ったって人に会いました。その人によれば、ジェイスさんは東に向かったようです。砂漠へ行くにはどの街道が近いか訊かれたそうです」
「東……? 昨日話に出た方向じゃないか。どうして……」
「何か、焦っているようだったとその人は言ってました。何かに追われているか、何かを探しているようだった、と」
「……わかった。ありがとな、唯文」
それから、俺の前では言葉を改めなくていい。
リンがそう付け加えると、唯文は照れたように笑った。
ユキとユーギはそれ以上の有力情報は得られなかったと話し、リンに行動方針を求めた。
「どうする、お兄ちゃん」
「ジェイスさんを追うなら、東に行くべきだと思うけど」
「俺もそう思う。もともと、東に行かなきゃ花の手がかりもないわけだしな」
リンは本棚から地図を取り出し、机に広げる。それを全員で覗き込み、克臣がアラストを指差した。
「今、俺達のリドアスがあるのはここ。そしてあのバカが向かったと思われる砂漠は」
指先を地図につけたまま、すっと滑らせる。
「……ソイ湖の更に東、ロイラ砂漠だ。唯文の知り合いの故郷は何処だっけ」
「リューフラです。ソイ湖とロイラ砂漠の中間にあります」
唯文が指した場所には、確かに『リューフラ』の名がある。
ロイラ砂漠は一面砂漠を表す点々が描かれている。その範囲は地図の端に行っても終わらないようだ。この広大な砂漠に向かったジェイスは、一体何を目的としているのだろうか。
「……克臣さん。ここからまずはリューフラに向かうとして、所要時間はどれほどでしょう?」
「汽車は使えない。アラストと北のアルジャを結んでるわけだしな。日本みたいにバスが走ってるわけでもない。……まあ、歩けば数日ってところか」
「数日……」
それでは、きっと間に合わない。何もかも遅すぎる事態になる。何の根拠もなく、リンはそう確信した。それに、行きで数日かかれば、帰りも同様だ。これでは晶穂との約束が守れない。一週間で粗筋をつけるという約束が。
眉間にしわを寄せるリンに、克臣は「裏技ならあるぜ」と軽い調子で言った。
「裏技って……」
「……リン、俺たちは大樹の森を抜けた後、どうやって移動した?」
「あ……」
南の大陸に行った際のことを思い出し、リンと晶穂ははっとした。大樹の森で出会った新たな仲間の背に乗せられたではないか。
「そっか。シン!」
「……あれの力を借りる、か」
「二人とも、ご名答」
ニヤリと笑った克臣は、ユーギにシンを呼んでくるよう頼んだ。ユーギが走り去り、数分で戸がたたかれる。
「団長、連れてきたよ!」
「リン~、呼んだ?」
「ああ、ありがとう」
白い体の小さな竜がリンの前にふよふよと飛んで来た。その背中を撫でてやり、一つ頼み事をする。
「シン、早速で悪いんだが、俺たちをリューフラまで乗せてもらいたいんだ」
「ジェイスさん、そっちに行ったの?」
「ああ。だから追いかけたいんだ。それに銀の華もそっちにあるかもしれない」
「わかった。じゃあ、出かけよう」
二つ返事で請負い、シンは部屋を飛び出した。リンがそれを見送って振り返ると、晶穂や克臣たちが各々の荷を持って立っている。ユキやユーギ、唯文、春直もそれぞれのリュックを負っているのを見、リンは困った顔をした。
「……四人とも、学校は?」
「ぼく以外は、ちゃんと親の許可をもらってきたよ。みんな、お兄ちゃんの役に立って来いって送り出してくれたって」
「……おい」
「ぼくは、お兄ちゃんが良いって言ってくれれば行く。……ううん、いいって言わなくてもついて行く!」
「そうです。ぼくらだってジェイスさんが心配なんです」
「ついて行きますからね、リンさん!」
「ここまで来て行かないとか、父さんにどやされます!」
ユキ、ユーギ、春直、唯文が口々にリンに言い寄った。眉間にしわを寄せ、額に指をつけていたリンの肩が、ため息と共に落ちる。
「どんな事態になるか分からないから、お前たちにはここの留守を守ってもらおうと思ってたんだが」
「負けたな、リン」
「言わないで下さい、克臣さん。ここまで巻き込んだのは俺です。どうやら俺は、強く出られると断れない性分らしい」
苦笑いと共にそう答えるリンに、見守っていた晶穂が柔らかく笑いかけた。
「わたしの時とおんなじだね、リン」
「……そうだ、な」
晶穂にも実力行使で詰め寄られ同行を許したことを思い出し、リンも軽く声を上げて笑った。
「じゃあ、行くぞ。全員、シンから落ちるなよ!」
「任せろ」と克臣。
「うん」と晶穂。
「わかったよ、お兄ちゃん」とユキ。
「勿論」と唯文。
「了解!」とユーギ。
「はい!」と春直。
それぞれがそれぞれの返事を発し、リンの背中を追って行った。
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