第115話 光の伝承

 食堂での話し合いからすぐ、ユーギたち年少組三人は手分けをしてアラストの市場を中心に聞き込みを開始した。学校帰りの唯文も巻き込み、噂好きの主婦や店の主人を主なターゲットとして話しかけていくことにする。

「あら、銀の華のちびっこ組じゃない。どうしたの、お使い?」

 まず声をかけてきたのはユーギたちがよく行く駄菓子屋の女主人だ。ふっくらとした体躯でいつもにこにことしている、猫人の女性だ。

「ああ、おばさんこんにちは。お使いじゃないんだ。ぼくら、聞き込みをしてて」

 ユーギが最近噂話はあるかと尋ねると、女性はふくよかな顔に指を当て、少し考える素振りを見せた。

「そうねぇ……。ああ、そういえば数日前に!」

 そう大声で呟いて、彼女は通りかかった年かさの買い物客を引き留めた。彼は宝飾店の元主人で、今は息子夫婦に代を譲っている。お互い知り合いだ。

「ベルザさん、市場で普段見ない顔を見たって言ってなかった?」

「ああ、あの連中か。なにやら薄汚れた服を着て、発掘にでも使いそうな道具をあさってたな」

 それがどうしたと言いたげなベルザに「ありがとうございます」と頭を下げたユーギは、近くで聞き込みをしていたユキと合流するため駆け出した。

 また別の場所。精肉店で目ぼしい情報を得られなかった唯文と春直は、武器屋を訪れた。怪しい連中はまず武器を買うだろうという偏った推測によるものだったが、この訪問は当たった。

「……ああ、変な話ならあるぞ」

「えっ、ほんとですか!」

「乗り出さんと落ち着け」

 身を乗り出した二人の少年を押し留め、武器屋の主人は昨日客から聞いたという話を披露した。

「……午後じゃったかな。常連の客が来て、目付きのくそ悪い男数人に囲まれ、職質されたと青い顔しながら冗談めかして言った。やつの故郷にある伝承について尋ねられたらしい」

「……その伝承って?」

 唯文が尋ねると、主人は首を横に振った。内容は知らないらしい。代わりに常連客の名を教えてくれた。彼はアラスト郊外に住む、唯文の父の友人だった。


 彼の家はすぐに見つかった。唯文がきちんと道順を覚えていたからだが、人も住宅も少ない十字路の先にあった。ドアを叩くと、犬人の男性が顔を見せた。彼は唯文を見て目を細める。

「久し振りだな、唯文。でっかくなったな」

「おじさん、先月会ったばかりだろ。それに今日は一人じゃない。友だちと、おじさんに訊きたいことがあって来たんだ」

 武器屋に紹介された男は、イズラ。文里の幼馴染で農業をして生計を立てている。また彼が少し古風な町の出身であるという話だけは、唯文も聞いたことがあった。

 武器屋を出てすぐ、唯文はユーギたちと合流し、イズラの家へとやって来た。

「おじさんの生まれた町には、伝承があるんだって?」

 単刀直入な問いに首を傾げていたイズラだったが、すぐに合点がいったのか拳で左の手のひらをたたいた。

「ああ、武器屋の親父が喋ったのか。……お前たちが聞き込みに来たってことは、何かしら、銀の華で厄介事が起こったのか?」

「……詳しくは話せません。でもリン団長が困ってるんです。深くは訊かずに、教えてもらえませんか?」

「頼むよ、おじさん」

 ユーギと唯文に懇願され、イズラは「勿論だ」と笑った。

「文里がいる組織だ。俺も信用してるよ。……妙に目付きの優しい男だったな。商人に向いていそうな。俺が会ったのは、そんなやつだった」

 そう前置きのように口にして、イズラは故郷の伝承を語った。

「俺の故郷は大陸の東にある。ソイ湖とロイラ砂漠に挟まれた半乾燥地帯だな。リューフラっていう小さな、昔が残った古い町だ。そこには、『光の伝承』がある」

「ひかりのでんしょう?」

「そうだ、唯文。その伝承は短い。ただ、『東の地に、美しく輝く穴がある。そこを犯す悪しきものは、輝くものとなる』っていうものだ」

「……謎だらけ」

「むしろ謎しかない」

 一様に眉を寄せて難しい顔になってしまった子供たちを前に、イズラは苦笑いをした。

「俺だって、こんな意味わからん言葉、鵜呑みにしてないさ。けどこれを聞いた男は、頷いてこう言ったんだぜ。『助かった』って」

 そいつには、何か思い当たる節があったんだろ。

 イズラはそう言って、話を終えた。彼はお茶菓子にと、近所で買ってはまっているというクッキーを唯文たちに出してくれた。クッキーはアイシングが施され、可愛らしい犬や猫、熊などのイラストが描かれている。

 ユーギたちはそれ以上は知らない様子のイズラに出されたジュースとクッキーの礼を言い、一先ずリドアスに戻ることにした。


 


『お前、シカイシュだろう?』

 男は、舌なめずりをしながらそう言った。下品に笑って。

『シカイシュ?』

 なんだそれは。聞いたことがない。そう言い返しても、男は動じなかった。

『そりゃそうか。聞いてないんだよな、親から。……可哀そうになあ』

『見ず知らずのお前なんぞに同情される筋合いはない』

『強情じゃねえか。それだけの怪我をしていながら』

 男はまた、笑った。こちらを見下ろして、余裕綽々の顔で。

 男の言う通り、はギリギリの状態だった。こめかみからは血が流れ、腕や足には切り傷がある。打撲もしている。体力も奪われていた。

『―――なあ、ジェイスどの?』

 その言葉が耳に届く前に、青年は魔力の弾を放った。

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