第114話 作戦会議
「おやおや。リンが折れたみたいだな?」
昼食と夕食の狭間の時間。食堂は閑散としている。その奥の席に陣取っていた克臣は、リンが晶穂を伴って現れたのを見てニヤリと笑った。向かい側に座るジェイスも、入口を振り返った。
「まあ、リンが晶穂を気にせず戦いに集中出来るとも思えないけどね」
「ああ、そうだな」
「……二人とも、いいように解釈しないで下さいよ」
「じゃあ、まるっきり違うってか?」
「……」
反撃を試みたものの、克臣に切り返されてリンは不貞腐れたように押し黙った。晶穂は三人の会話に入ることはしなかったが、気の置けないその中身に対して微笑んだ。
彼ら二人の後ろから、ユーギと春直、ユキが順に食堂へと入って来る。
「団長、全員そろったよ!」
「ああ。さんきゅ、ユーギ」
ぱたぱたとしっぽを振るユーギの頭を撫でてやり、リンは各々席に座るよう促した。全員の着席を確認し、リンは皆の顔が見える位置に腰を下ろす。
リンを中心に、右に晶穂と春直、左に克臣がいる。その向かい側にジェイスとユキ、ユーギが座る構図だ。
居間から持って来た書類の一部をめくり、リンが話し始める。
「克臣さんとジェイスさんには事前に伝えてありますけど、ユーギたちにもあらましは伝えておくな」
そう前置きしリンは、数回リドアスに侵入してきた輩がいたこと、彼らが銀の華を探していること、花の力で世界征服を目論んでいることを順に話した。
「ここに許可なしで入って来れる人っているんですね……」
「それだよ。ここの住人の紹介なら大丈夫だけど。……しかも魔力を使って穴を開けて」
「お兄ちゃんたち、そんな人たちと戦うの?」
春直とユーギ、そしてユキが相次いで感想を言い合った。腕を組んでそれらを聞いていたリンは、「そうだな」と微苦笑を浮かべた。
「全く無害なら、俺だって放っておく。けど、父さんが探していた銀の華を奪われ、挙句世界まで乗っ取られたとあっちゃ、『銀の華』の団長として、氷山リンとして後悔してもし切れない。……それに」
「それに?」
小さく呟かれたそれをすくい上げた晶穂に見つめられ、リンは緩く頭を振った。
「なんでもない」
ふと天井を見上げたその表情に憂いが見えたのは気のせいか。晶穂がその違和感の主を掴まえる前に、リンは離しを元に戻した。
「だから、俺がここを空けることがまた増えると思う。文里さんやエルハさん、サラたちにもこの件は伝える。……まあ、俺が言うまでもなく伝わるかもしれないけど」
そこへひょいっと姿を見せた影がある。赤髪を束ねて垂らした女性だ。手には飲み物の入ったコップを持っている。
「ああ、ごめんよ、団長。聞いちゃったから皆には伝えておくよ」
「ありがとうございます、サディアさん。また頼みます」
「任せといて」
サディアは遠方調査員の一人で、何人かの部下を使う若手の女性だ。今日は一時報告のためにリドアスにやって来ていた。晶穂と歳は近いがなかなかリドアスにいることがないため、親しくはない。しかしとある件でユーギとは顔見知りだ。
そのサディアがユーギに手を振る。それに手を振り返し、ユーギはリンを顧みた。
「何でこんなところで話し合いするんだろうって思ってたけど、団長の狙いはこれかぁ」
「ああ。ここなら漏れ聞かれたことがリドアスに広がるからな」
出入り自由な食堂の利点だ。しかも、無駄な尾ひれはつかない。皆、不確定な思い込みや自身の考えを上乗せせずに他の誰かに伝えてくれる。リンが食堂を話し合いの場に選んだのは、銀の華の誰かに聞かせ、何となく館内で広げ了承を取るためだった。
そこへサディアから早くも知らせを得たという一香とシンがやって来た。彼女らは銀の華の護りの要だ。ダクトが消え去り封珠を守り監視する役割はなくなったが、魔力でここを守るという役割が失われたわけではない。
一香が顔を青くしてリンに頭を下げた。
「申し訳ありません、団長。防御は日々点検していましたが、まさかあのような方法で破られるなんて思ってもみませんでした」
「頭を上げてください、一香さん。俺たちの予想の遥か上を行かれたんです。これは俺の失態です。……俺も、防御系の魔力を持っていればよかったんですが」
口惜しそうに目を伏せ、リンは自嘲気味に微笑んだ。一瞬のバリアなどを張ることは出来るが、長期的な壁を創り出すことはリンの不得意分野だ。
様子を見ていたシンが小さな手に拳を作り、息巻く。夜空色の小さな羽がぱたぱたと動く。
「ボクももっと成長する! だから一香、一緒にがんばろ」
「そうだね。ありがとう、シン」
「……二人には、俺が留守の時も変わらず守りをお願いしたい」
頼みます。そう言ってリンが頭を下げると、一香も慌てて頭を下げた。
それから吹っ切れた表情で一香はシンと共に食堂を出て行った。
一香とシンを見送り、リンは「さて」と仲間たちを見回した。
「ユーギ、ユキ、春直はアラストだけでいいから話を集めて来てくれ。怪しい人物を見た、集団がいた、幻の花について聞かれた……そんな内容だ」
「わかった」
「はい」
「まかせて」
ユーギ、春直、ユキから各々の返事を受け、リンは頷く。
そして晶穂とジェイス、克臣に目を向けた。
「俺たちは情報収集と、そこから得たものを頼りに銀の華を探しに行きます。恐らく戦闘は避けられない、かと」
「そんなの、いつもと同じだろ」
「ああ、任せてくれ、リン」
「わたしも、足手まといには、ならない」
三人の顔を順に見て、リンも頷いた。
「講義が始まるまでには、道筋をつける」
全員が頷き、くすりと笑った。
大学生という身分をわきまえ過ぎた真面目な発言だったからだ。そして晶穂は、自分との簡単な約束までも守ろうとしているリンの心が嬉しかった。
ガタガタとそれぞれが目的を果すために立ち上がり、移動し始める。
晶穂は最後まで残っていたリンを振り返った。丁度立ち上がったリンが彼女を見てふっと微笑む。すれ違いざま、リンは晶穂の頭に軽く手を乗せた。ぼっと赤面する晶穂に囁く。
「―――必ず守る」
それだけ言い、リンは振り向きもせずに食堂を後にした。
数十秒後、硬直して立ち止まっていた晶穂も気を取り直し、赤い顔のままリン達を追った。
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