第102話 花の伝説
南の海に面したキャンプ場で宿泊の準備をして眠った翌日。本格的にキャンプを楽しむ二日目がやって来た。
ユーギらは朝から海に出てはしゃいでいる。水を掛け合ったり、ボールで遊んだり、海の生き物と戯れたり。真希が明人を抱いて、パラソルの下でその様子を見守っている。
年長組の一部は市場へ買い物に出かけた。この近くに、大陸中から食材が集まる巨大市場があるらしい。個人客も楽しめる、食堂や食べ歩きの店もあるとか。
克臣に海釣りに誘われたジェイスだったが、それを断り海に面した岩場にいる。
ごつごつとした岩には波がぶつかり、白いしぶきを吹き上げている。何かに抉られたような岩の跡は、海水が長い時間をかけて削り取ったものだろう。
潮風を感じながら立ち尽くしていたジェイスは、自分と同じように浜辺に佇む青年を見つけた。
彼は遠目で見ても分かる狼の黒い耳としっぽを持っている。狼人だろう。大きなバックパックには何が入っているのだろうか。服装からして冒険家かもしれない。長く旅してきたためか、ズボンの裾が若干擦り切れ始めている。
興味は尽きないと思い、ジェイスは岩場を離れてかの青年に近寄った。
「すまない、何をしているんだい?」
「……あなたは?」
少し幼さが残る声。利発そうな藍色の瞳。風に遊ばせるに任せたカーキ色の髪も、名も知らぬジェイスには好ましく映った。きっと克臣と気が合うな、と内心で思う。
「ああ、こちらが名のるべきだったね。わたしはジェイス。仲間たちとキャンプをしに来ているんだ」
「そうなんですね。俺はエルクです。トレジャーハンターをしてます」
「トレジャーハンターとは。それは珍しい職業の人に会えたな。じゃあ、ここには仕事で?」
「ええ。といっても金持ちに乞われてじゃないですけどね。自分の趣味と合わせたような気楽なもんですよ」
十代後半にも見えたエルクは、なんと二十歳らしい。エルクの方もジェイスが二十四歳だと知って驚いていた。もしかしたら、もっと年上に見えたのかもしれない。そうだとしたら、多少ショックだ。
ジェイスはエルクに克臣を重ねていたためか、妙に話が合った。二人で浜に座り、エルクがこれまで行った秘宝のありかや冒険談を話し、ジェイスが興味深く聞いた。また反対にジェイスが銀の華での日常について話し、エルクがそれを楽しむということもあった。
エルクはこれまで、ソディールを北から南までくまなく踏破してきたという。時には野生動物に襲われたり、崖から落ちそうになったりしたこともあるとか。そんな経験談を楽しそうに語るものだから、ジェイスも思わず聞き入っていた。
「……じゃあ、ジェイスさん。お会い出来た記念と言っちゃあ何ですけど」
エルクはそう前置きした。気が付けば既に日が沈まんとする時間帯だった。エルクはこれから宿に泊まり、明日の朝には次の目的地に旅立つのだという。
「長く引きとめて悪かったね」
「いえ。とても楽しかったですし。あの有名な銀の華の方に会えるなんて思いもしませんでしたから、嬉しかったです」
そう言って笑い、エルクは「出会えた記念に」とある伝説を語り始めた。
ある時、ソディールに一人の少年がいた。
彼は町に住む子供たちのリーダー的存在となり、大人にも一目置かれていた。
楽しく穏やかな日常は、突然終わりを迎える。
とある日、ソディールは隣国と戦争を始めた。
戦火は留まることを知らず、町にも襲いかかった。
十八歳となった少年は、兵士として戦地へ赴くことになった。
出兵の前日。少年は幼馴染の少女のもとを訪れる。
彼女は数年前から謎の病に侵され、一歩も外には出られない身であった。
最期の挨拶に訪れた少年は、長年胸に秘めてきた想いを口にした。
少女は何と応えたのだろうか。
彼女は自分の命が残り少ないことを知っていた。少女が選んだ解答は、誰も知らない。
その夜。少年は弟に一言言い残して消えてしまった。
「銀の華を探しに行く」
町では戦を前に怖気づいて逃げ出した臆病者として、少年は蔑みの対象となった。
しかし病床の少女と事情を知る少年の家族は、密かに少年の帰りを待ち続けた。
そして一年後。戦争は突然終結した。多くの犠牲者を出した醜い争いは、国と国との和解によって終わりを告げた。
少女のもとには、差出人不明の封筒が届けられ、中には花弁が一枚入っていた。
その花弁は、美しく白銀に輝いていたという。
「……あなた方、銀の華が探し求めている花の伝説です」
ふっと息を吐き出し、エルクは微笑んだ。
「よく知っていたね。……まあ、組織の名前そのまんまだからかな」
「それもありますし、銀の華の初代が花を探していたことは、トレジャーハンターの間では有名なんですよ」
この伝説、ご存知でしたか?
そうエルクに尋ねられ、ジェイスは首を横に振った。
「知らなかったよ。わたしが知っているのは、銀の華を手に入れた者は願いを一つ叶えられる、というものだけだ」
「そうなんですね。……じゃあ、銀の華は現在、その名の由来となった幻の花を積極的に探し求めているわけじゃないんですか?」
「そう、だね。少なくとも現団長はあまり執着がないな。初代であったお父さんの記録を整理し始めたみたいだけど」
「なら、よかった。最近、銀の華を本気で探すトレジャーハンターもいるって噂ですから」
「伝説でしか語られていない花を、か。凄いな、トレジャーハンターは。……わたしたちの団長なら、無益な争いはしないだろう」
リンのことを思い出し、ジェイスはふふっと笑った。
「なんか、良い感じの団長みたいですね」
「ああ、面白い子だ。エルクも機会があったら、アラストに来て欲しいな。君によく似た性格の男を紹介するよ」
「それは、楽しみです」
その後もしばしの間二人は会話を楽しんだ。ようやく別れたのは、日が水平線に沈みかける時刻だった。
ジェイスが速足でキャンプ場に戻ると、克臣たちが夕飯の用意に精を出していた。
「遅いぞ、ジェイス。何処をほっつき歩いてたんだ?」
「ごめん。克臣に似た面白い子に会って、話が弾んでしまったんだ」
手伝うよ。ジェイスは手早く自分の支度を整えると、魚をさばく組に加わった。
「でかい魚が釣れた。これ、何て言うんだ?」
「お前、分からずに持ち帰ったのか」
ジェイスが悪びれない克臣に嘆息する。
「え、もしかして毒があったり……」
「しない」
「まじか、よかった」
「けど、なかなかお目にかかれない高級魚だ。市場価格は日本円で一匹五万かな」
「ごまん!」
目を白黒させる克臣を放置し、体長八十センチはありそうな赤い魚に包丁を入れた。この魚・デルファーは、新鮮ならば刺身が美味い。白身の淡白な味わいで、焼いても美味しい。
「今回は釣りたてだし、刺身にしてご飯に乗せるか」
「おっ、いいな」
隣にいたジースが思わず舌なめずりをする。猫人の性か、彼は魚をさばくのが上手い。そして骨付きでも食べ方が綺麗だ。
二日目の夕飯メニューは、デルファー丼と近くの市場で買ってきた野菜のサラダとなった。
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