第101話 到着
汽車に揺られ、眠気が襲って来る。
南の大陸に向かうために乗った汽車の中である。一番の近道は扉をつなげてしまうことなのだが、ユーギたち年少組がより多くの楽しい時間を過ごすことが出来るだろうとの配慮から、汽車による移動となった。
実はリドアスから北へは汽車がもともとあったが、南へ向かう汽車はこれまでなかった。狩人との戦闘のためにリンたちが南へ向かう際に使ったのは陸路だ。途中からは、大樹の森の竜であるシンの助けを借りたというイレギュラーはあったが。
それがこの数か月の間にリドアスがあるアラストから大樹の森の西側の都市ハイスとイーダまでをつなぐ海岸線の線路が出来た。魔種や獣人の商人達の熱烈な希望と支援があったという。
イーダまで行ってしまえば、目的地はすぐだ。今回漁師町でもあるファルスまでは行かない。イーダ近くの海辺のキャンプ場を貸し切ることにしているからだ。
ジェイスが過ぎ去る大樹の森を見ていた時、隣で眠っていたはずの克臣が話しかけてきた。その楽しそうな表情から、何が言いたいのかは予想出来た。
「なあ、ジェイス。リンたちはどうしてると思う?」
「どうもないだろ。お互い照れくさくて、家事とかの当番を決めるくらいが精一杯じゃないのか?」
「面白くねえな。俺だったら……」
「どうするの?」
「これ幸いだろ? だから部屋に呼んで晶穂を押し倒して……ん?」
どうもジェイスの声色とは違う。もっと高くて柔らかい声。克臣は首を傾げつつも声の下方を向いた。
「うわっ、真希!」
後ろの席から顔を覗かせて克臣の言葉を引き出したのは、彼の妻である園田真希である。彼女は「呆れた」と言いながら上から夫の頭をペシンとはたく。
「全く。あなたみたいな直情型の人間じゃないんだからね? あの二人は、ゆっくりお互いを大切にしながら関係を作っていけば良いの!」
「いったっ。真希、最近俺の扱い酷くないか?」
「気のせいよ。あなたこそ、子供っぽ過ぎやしないかしら?」
「ううっ。ジェイス助け……」
「わたしは知らないよ?」
完璧に言い負かされた幼馴染のヘルプ要請をスルーし、ジェイスは前日に作ったキャンプのしおりに目を通した。
このしおりは、真希と晶穂とサラ、それに春直が手分けして作っていた。パソコンに近いものは存在するが、コピー機はない。だから文書は未だに手書きが主流だ。
それを十数冊も作るのは大変だっただろうが、大人用と子供用に分け、更にページ数も少ないため問題ないと四人は笑っていた。事実、出来たのはイラストが散りばめられた二ページの冊子だ。
「……キャンプ場に着いたら、管理事務局に挨拶に行かなきゃな。それから買出しとテント張り。子供たちにも手伝ってもらうか」
ジェイスが一人今後の予定を頭の中でまとめていると、横から克臣が覗き見てきた。
「おっ、いいね。海釣りなら俺とアルキさんに任せろ」
「ああ、アルキさんは調査帰りでリドアスにいたんだっけ」
アルキは、遠方調査員の一人だ。三十五歳の男盛りで、同じ狼人であるユーギに慕われている。
「そうそう。あの人、旅暮らしが長いせいか釣りとか狩りとかうまいんだ」
「ジースさんもいるし、男手があってよかったよ」
ジースは猫人で妻と幼い娘がいる。銀の華のメンバーではないが、よく世話になる商人の男性だ。南の市場を見に行くついでにと、ジェイスたちに同行している。
晶穂に護身術を教えた文里の一家は、今回は欠席している。家族三人で文里の実家に帰省中だ。
大人たちと通路を挟んで座っているのは、年少組である。ユキ、ユーギ、春直の三人だ。それぞれ持って来たものを見せ合ったり、車窓からの景色にはしゃいだりして忙しい。
ごそごそと荷物を探っていたユキが「あった」と声を上げた。
「これ、夜にやろうよ!」
ユキがリュックから取り出したのは、何十枚ものカードがセットになったもの。ソディールにはないそれに、ユーギが興味を示した。
「それ、なあに? いろんな絵が描いてある」
「トランプっていうんだ。お兄ちゃんが持って行ってみんなでやると良いって、持たせてくれた」
「ルールはわかるんだ?」
「教えてもらったよ。七並べとかババ抜きとか! ね、春直くんもやろうね」
「えっ? う、うん」
戸惑いつつも笑みを見せた春直は、ぼおっと景色に魅入っていた。流れるように通り過ぎて行く木々や町並みは、どれも春直が知らないものばかり。
改めて、新たな暮らしに足を踏み入れたのだと実感した。
「あ、ぼくのことは呼び捨てでいいからね?」
「わかった。春直、だね? ぼくのことも、ユキでいいよ」
「ぼくはユーギで。キャンプ、楽しもうね!」
「うん!」
春直の紫色の瞳が細められ、満面の笑みがこぼれた。
その時、イーダに到着するというアナウンスが入った。ざわざわと車内が騒がしくなる。乗車人数があまりおらず一両丸ごと貸し切った形になったため、ここにいるのは銀の華関係者のみだ。
ジェイスがパンパンっと手をたたいて皆を注目させた。
「さあ、もうすぐ到着です。みなさん、忘れ物しないで下さいね!」
駅のホームが見えてきた。子供達は目を輝かせて停車を待っている。
ガタン。軽い衝撃を経て、汽車が止まった。
「着いたぁ!」
「早くいこっ」
「あ、待ってよ」
わらわらと元気いっぱいに下車していく子供たちに続き、大人達がのんびりと汽車を下りていく。
真希の腕に抱かれた明人は、ぐっすりと眠っている。道中も大人しくしてくれ、ジェイスは「まるで克臣の息子じゃないみたいだな」と言って、克臣を慌てさせた。
ここは終点。さほど焦る必要はない。
先に行きかけていた集団の中から、ユーギが足早にこちらへ舞い戻ってくる。ジェイスが彼の目の高さに合わせようと腰を低くすると、ユーギはきらきらとした瞳でこちらを見つめてきた。
「ジェイスさん、あれがキャンプ場っ?」
ユーギが指差す先には、『イーダキャンプ場』の文字を大きく書いた看板があった。そのまた先は木々に隠れて見えないが、大きな広場があることは調べ済みだ。
ジェイスはにこりと微笑み、
「そう。あの向こうがわたしたちが今日からお世話になるキャンプ場だ。……遊びたい気持ちはわかるが、まずは貸し出される道具一式を借りて来ないといけない。みんなに少し足を遅めてくれるよう言ってくれないか?」
「わかったっ」
狼のように素早く走り去るユーギを見送り、ジェイスは隣に来た克臣と笑い合った。
少年のように、克臣が口端を吊り上げる。
「さあ、楽しいキャンプのはじまりだ!」
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