第89話 ぎりぎりの攻防

 最初よりも激しい斬り合いは何時間にも及んだように思えた。それほど長くも感じたし、短くも感じた。リンは肩で息をしつつ、晶穂を奪還する隙を探していた。

 しかし、見つからない。

 何度も斬り合い、足は棒のようだ。気合だけで戦っているようなものなのだ。

「リン団長、疲れてんな」

「……うっさい」

 せせら笑うクロザの攻撃を撥ね退け、リンは体勢を整えた。足や手には無数の傷が刻まれている。幾つかからは今も血が流れている。あまり流し過ぎると危ないだろう。

(……晶穂を泣かせるわけにはいかないからな)

 自分が無事でも、リンがいなくなっていれば泣くだろう。そういうだ。

 そんな気がする。

 リンは唇に出来た切り傷を舌で舐めた。しみる。だからこそ、覚醒出来る。

 リンは切っ先に魔力を込めた。体力の限界が近い。次が最後だ。

「……終わらせる」

「こちらの台詞だ」

 二人が向き合った時、部屋の扉が外側から破壊された。破片が舞い、それを避けるためにリンたちは飛び退いた。

「誰だ?!」

 クロザの苛立った問いが放たれた。それへの返答は言葉ではなく、魔力の弾によって行われた。それに見覚えがあり、リンは目を見開いた。

「一人でよく頑張ったね、リン」

「負けてんじゃねえだろうな?」

「お兄ちゃん!」

「……ジェイスさん、克臣さん、ユキ」

 土煙の中、頼もしい見方が見参した。魔弾を放ったのはジェイスだ。右手の平をこちらに向けて微笑んでいる。克臣は愛用の大剣を肩に担ぎ、ユキは彼らの真ん中に立っている。

 敵の増員に、クロザは舌打ちした。眉間にしわを寄せ、

「……ゴーダは、始末されたのか」

 と呟いた。

 リンはクロザから距離を取り、仲間たちと再会した。

「よかった。流石、無事でしたね」

「まあ、無傷じゃないけどね」

 というジェイスの言葉通り、三人とも擦り傷切り傷だらけだった。克臣は頬の傷から血を流したのか、既に固まっているものの痛々しい。

 克臣はちらりと倒れている晶穂に目をやり、リンに笑いかけた。

「お前、よく逆上せずに耐えたな」

「……子供じゃないんですから、頭を撫でないで下さい」

 不満気に言い、それに、と付け加えた。

「晶穂は必ずこの手で取り戻します」

「……その手助けのために、俺達はいるんだ」

「はい。お願いします」

 四人は頷き合い、行動に移った。とはいえ、ジェイスたちは真っ向からクロザと戦闘をするつもりはない。リンとクロザの戦いに水を差す者が来るとも限らない。それを足止めして斃すのが役目だ。

「これは、あの子の戦いだ。わたしたちが何でも介入して良いもんじゃないからね」

 そう言って、ジェイスは騒ぎを聞きつけた古来種の男たちに向き合った。先程のゴーダほどではないが、ある程度の戦闘訓練を受けているのが分かる。

「さて。掃除しますか」

 克臣が楽し気に軽口をたたく。体力はギリギリの筈だ。普通の人間である克臣には、魔種であるジェイスやユキほどの体力はない。それでも今動けているのは、彼の気力だ。

 ジェイスは苦笑し、空気の中から魔弾を生成する。

「さっさと片をつけよう」

 そうやって外野が整理され始めた頃。リンは戦術を変えた。

 真っ向勝負は長引く。それはこれまでの戦闘で確認済みだ。ならば、目的を先に達成してしまえばいい。

 クロザが剣を振りかぶって突っ込んで来た時、リンは受け止めなかった。横に跳び、晶穂の傍に移動する。素早く彼女を抱き上げた。足首につけられた鎖は何処かにつながっていて動かせないわけではない。鎖の先を腕に巻きつける。少し鎖が行動を制限してくるが、そんなことは構わなかった。力を振り絞って翼を広げた。

「くっ」

 クロザは歯噛みし、真っ直ぐに魔力を繰り出して来た。それを体を反転させて避けた。

 音もなく着地し、晶穂の背を傍にあった柱に預けさせる。支えがあれば少しは楽だろう。一見すると外傷はないようだ。リンはそれに安堵しつつも、全く目を覚まさないことに焦りを覚えていた。これだけ大音量が発せられている場において眠っている。異常だ。

「……お前、晶穂に何をした?」

「顔が恐いな。別に特別なことはしてない。さっさと矛を取り出せるよう、魔法で眠らせてるだけだ。じきに魔力が十分回復して目を覚ます。……そうなれば、オレたちの目的は達せられる」

「ふざけんなよ、貴様」

 クロザの言うことが本当ならば、晶穂はまだ眠っていた方が良い。目覚めれば否応もなく戦いに参加しなければならず、聖血の矛を失う危険性がある。そうなれば、リンがここまで来た意味がない。

 リンは姿勢を低くして晶穂の前に立ちはだかった。剣を握るのとは反対の左腕を広げた。少女を守ろうという無意識の行為だ。

 リンは振り返り、眠る晶穂に不器用に微笑んだ。

「待ってろ、晶穂。みんなで、帰るから」

 そう言い、クロザに向き直る。そこには先程の柔らかな笑みはない。それとは真反対の厳しく強い感情が浮かんでいた。クロザも嗤う。この邪魔者を消さんと。

 リンは足に力を入れた。傷だらけの足は力が入りにくい。何処か、骨の一本でも折っているかも知れない。しかし、この精神状況ではもう分からない。爆発しそうな感情を剣に載せ、リンは勢い良く走り出した。

 クロザもまた、剣を振りかざす。激しい戦闘が再び始まった。




 激しい乱闘の最中、ツユは一人、城の中を歩いていた。何となく息が苦しく感じられ、聖域に向かっていたのだ。

 ツユは、自分の不調の原因を知らない。物心つく頃には奉り人として崇められ、また自分が長くは生きられないことも知っていた。自分は納得して短い生を謳歌してやろうと思っていたのだが、幼馴染のクロザはそうは思わなかった。

 クロザはずっと、ツユが長生き出来る方法を探し続けていたらしい。それが見つかったと知ったのは、去年のことだ。

 クロザは言った。ある約束をして、ツユの人生を伸ばせる方法を見つけた、と。

 ツユは心から喜んだ。本心を言えば、理由もないのに短命と運命づけられた自分に嫌気が差していたのだ。もっと生きたいという欲が生まれていたから。クロザと共に生きたかった。

 ツユはその約束が何かを尋ねたが、答えてはもらえなかった。隣にいたもう一人の幼馴染・ゴーダも首を振るばかり。

 しかし、ツユはそれでも良かった。

 そして生きるため、神子を殺して力を奪おうとしている。

 もうすぐだ。もうすぐ、自分たちの念願が叶う。

 それなのに、この荒い息は何か。すぐにクロザのもとに駆け付けたい。聖域で祈りを捧げ、神に力を貰わなければ。

 ツユは城の奥にある部屋に辿り着いた。真っ白な壁に埋まるように備え付けられた真っ白な扉。軽く押してそれを開けると、目の前に祭壇が現れた。

 神器として珠が置かれたシンプルな祭壇。珠は黄色く輝き、暗い室内を照らすようだ。

 ツユは祭壇の前に膝を折り、目を閉じて手を胸の前で組んだ。

 いつものように祈れば、力がみなぎるはずだった。しかし、今日は変わらない。辛いままだ。不思議に思ったのもつかの間、頭の中に重低音が響き渡った。


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