第87話 奉り人の寿命
ゴーダの刃がリンに届く直前、廊下に声が響く。
「「リンッ」」
「……克臣さん、ジェイスさん」
「応援、ですか」
内心ほっとしたリンと、舌打ちしたゴーダ。二人の間はゴーダの後退によって広がった。ゴーダがいた場所を、魔弾が駆け抜けた。
リンが振り返ると、克臣とジェイス、そして古来種二人を相手にしていたはずのユキがこちらに向かって走って来ていた。どうやらユキの戦闘に二人が加勢し、終わらせた上で駆けつけて来たらしい。先程魔弾を放ったのはジェイスだ。
三人はリンを背後に守るように立った。ジェイスが挨拶もそこそこにリンに言う。
「行くんだ、リン。この先へ」
「え」
「ここはわたし達に任せることだ。きみには、まだすべきことが残っている」
「ほんとは話さなきゃいけないこともあるんだけどな」
克臣の言葉に、リンは軽く首を傾げる。
「……話さなきゃいけないこと?」
克臣の言葉を反芻したリンに、ジェイスは前を見据えたままため息をついた。
「克臣、それを今言うのかい?」
「だってよ、ジェイス。リンには知らせろって言われただろ」
「それはそうだが……。今この状況でもそれを言うのか?」
「ま、確かに時間はないな。……じゃあ、手短に。要点だけな」
「相手側も仲間が集まってくる気配がある。道がある間にリンを送り出してくれ」
「承知した」
「お兄ちゃん、後でね」
三人それぞれの言葉と同時に、ゴーダの周りに二人の人物が現れた。二人とも屈強で、背丈はゆうに一九〇センチを超えていそうだ。一八〇はあろうかというゴーダが少し小さく見える。肉体派の助っ人と見て、ジェイスは武術の構えを取った。柔道でも空手でもない。リンが見たことのない構えだ。右足を下げ、少し前屈みになって右腕の拳を前に出す。ジェイスの行動に警戒をしたのか、相手も身構えた。ユキもその隣で氷の気配を身にまとう。
それを横目に、克臣はリンの肩を押して戦場を離れさせた。
「な、何ですか。克臣さん?」
「……真面目な話だ。そして、お前はこれから話すことを聞いても、取り乱すな」
「……克臣さん?」
克臣が真摯な目をリンに向ける。息を呑み、リンは一つ頷いた。克臣はふっと息を吐いた。
「……俺達も、お前らと同じくリョウハンさんに会ってきた。その場で、お前には話していないことを教えられたんだ」
「……それは」
焦燥感がにじむ声で問われ、克臣は苦笑した。右の手のひらをリンに向けて制する。
「落ち着け。本題はこれからだ。……なあ、リン。『奉り人』って知ってるか?」
「まつりびと……?」
「よし、知らんな。ここからは出来るだけ手短に話すから、黙って聞けよ?」
人差し指を立て、克臣は笑った。リンが無言で頷くのを待って、話し出す。
「奉り人とは、古来種の祖先神を祀り、人々を見守る役目を持つ、神官や巫女みたいな人のことだ。その役割を、今世はツユが担ってる。彼女は生まれた時から隔離されて、奉り人になるための修行を積んできたそうだ。……そうした中、過去の奉り人とは違うことが分かった。彼女の寿命だ」
「寿命?」
首を傾げたリンに、克臣は頷いて見せる。彼らの背後では、ジェイスとゴーダ、そして助っ人二人とユキの戦闘の火蓋が切られていた。ユキの氷柱を男が拳で割り砕く音がした。
「ああ。奉り人ってのは、普通、一般人より長命なんだ。ゆうに百年以上は生きて役目を果たすんだと。それは、祖先神である女神の力で可能になるんだそうだ。しかし、ツユは違った。彼女の命は二十年程。誰がそう判じたのかは、リョウハンさんも知らないようだな。しかし、それは古来種にとっては一大事だ。当然、里の長でもあるクロザもどうにかしようとした。そのための方策を調べ、探していった」
ゴーダとジェイスの魔力がぶつかった。力は拮抗しているのか、火花が散り、爆発を起こす。爆風がリン達の髪を乱した。それでも、克臣の声は淡々と響く。
「そして、クロザは辿り着いた。……何百年も昔、恨みを抱えて死んだ男が封印され、また復活していることに。そして、彼が強大な魔力を保持してこの大陸にいるということに」
「それって」
リンの顔色が変わった。青ざめる彼の顔をしっかりと見て、克臣は続ける。
「言わなくても分かるよな。……ダクトとクロザは、ツユの命を長らえさせるために契約を交わしたらしい。自分に力を貸せば、ツユの命を長らえさせる力を授けようとか何とか言ったんだろうよ。そう言うだけの魔力は確かに持ってるだろうからな。そしてリンなら、ダクトが何を条件としたかは分かるんじゃないか?」
「……神子の力。即ち、晶穂の力を欲したのでしょう。ダクトは。それか、魔種や獣人を滅すること、ですか?」
ガッとジェイスの放った矢が壁に突き刺さる。それを事前に避けたゴーダは、すぐに矢継ぎ早に放たれた矢を刀で叩き切った。
リンの回答に、克臣は満足げに頷く。
「察しが良いな。前者だ。ツユの寿命を長らえさせる方法が分かったのが去年だとか。しかも俺らがダクトを封印した後。ダクトは封じられても外とのコンタクトを取りえたってことだな。……しかし、クロザもまた騙されてんだけどな」
「騙されてる? どういう……」
リンが尋ねようとした瞬間、彼らの傍を一陣の吹雪が吹き抜けた。その後には、壁に打ち付けられて呻く男がいた。氷の塊が、男の両腕を拘束している。克臣が軽い調子で口笛を吹く。
「流石、ユキだな。強い」
そこで、リンの背を押した。つんのめりかけたリンが文句を言おうと振り返ると、克臣はもうゴーダ達の方を向いていた。リンの視線に気付き、ニヤリと笑う。
「行け、リン。伝えないと、伝わんねえぞ」
「……はい」
俺らもすぐに行く。そう言われ、リンは頷くしか出来なかった。
屋敷の奥へと駆け出すリンを見送り、克臣は不敵に笑った。大剣を取り出し、肩に担ぐ。その傍でジェイスは陣を描き、ユキは自分と同じ大きさの氷柱を出現させた。
「さあ、終わらせようぜ。ジェイス、ユキ」
「ええ」
「はいっ」
「残念ですが。簡単には、行かせられません」
ゴーダの爽やかな笑顔で発せられた言葉を合図に、六人は一斉に地を蹴った。
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