第65話 日本で観光
四日目の旅行先は東京だ。勿論、日本の首都である。
ハチ公像を横目に、三人の異世界人と一人の日本人が人の波を見渡していた。
「すっごい人……」
「ユキは初めてだな。ジェイスさんは」
「二度目、かな。でも、ここはいつ来ても人だらけだ」
ジェイスは苦笑いでリンに応じた。彼は日本人から見れば外国人の風貌だ。ただ立っているだけで人目を惹く。ここに来て数分の筈だが、既に何組かの女性達に声をかけられている。それに辟易したのか、「早くここを離れようか」と言う始末だ。その困り顔が珍しく、リンたちは腹を抱えて笑ってしまった。
リンたちが東京へやって来たのはこの日の朝。大通りから外れたとある場所とソディールをつなげたのだ。
実は、午前の早いうちに一行は克臣に再会している。克臣一家は昨日の夕方に東京に入り、ホテルで一泊したところだった。克臣の妻の真希はこの旅行を楽しみにしていた。一週間前から浮足立ち、夫に呆れられるほどだった。息子の明人はまだ一歳だ。この旅行のことを成長してから思い出すことはないだろうが、再び来る時の反応が楽しみだ、と楽しそうに話していた。
別れ際、克臣はリンを呼び止めた。
「リン」
「何ですか?」
不審がる弟分に顔を近付け、囁く。
「――もう、したのか?」
「ぐっ……」
急激に赤面し、おかしいほどに咳き込む。どうやらまだのようだと踏み、克臣は笑いを噛み殺しつつ言葉を続けた。
「そんなんだと、誰かに盗られるぞ」
「……克臣さん、焦らせようたってそうはいきませんよ」
「おお、余裕だな」
茶化す克臣から体を離し、リンは肩をすくめた。
「余裕なんてないです。……でも、俺が想うのはあいつだけですから」
「……言うようになったな」
晶穂たちのもとへと歩み去るリンの背中を見送り、克臣は微笑んだ。弟の成長を見守る兄のような気分だ。
それからジェイスと情報を交換した。晶穂が古来種と接触したことを知り、これからも何かあれば連絡し合うと再度約束した。
朝であることもあり、克臣はすぐに家族の許へと戻って行った。それ以上詳しいことは今夜電話でという次第になった。
克臣たちはまず動物園へ向かうという。リンたちは東京タワーやスカイツリーを見学に行き、賑やかな通りを歩いてショッピングや食べ歩きを楽しんだ。
大きな公園で買ってきた昼食を広げた。人に疲れたユキが滑り台で伸びる横で、リンは総菜パンやおかずに手を付けた。ベーコンや野菜がたっぷり挟まれたハード系パンに噛り付き、ペットボトルの緑茶を口にした。
「晶穂、疲れたか?」
「いえ。ユキくんは疲れちゃったみたいですけど、わたしは日本の人込みには慣れてるつもりです」
「言うなぁ」
ユーギは気に入ったらしい米専門店のおにぎりを頬張り、起き上ったユキに同じ鮭のおにぎりを薦めている。ジェイスはコーヒーを飲み、ガイドブックを広げた。
「次は、こっちの聖地に行こうか」
「ああ、神社ですか?」
「そうだよ、ユキ。都会の東京の中心地にありながら、静かな雰囲気が楽しめる場所だ」
ジェイスの言葉に、ユキがほっとした顔になる。どうやら、東京の人の多さは性に合わなかったようだ。ソディールの都会でもあのスクランブル交差点のようなことにはなかなかならない。祭か、とユキが間違えたほどである。
「それなら、行きたい!」
元気に声を上げ、ユキは手渡されたおにぎりを口に放り込んだ。
その夜。予約したホテルに入った四人は、それぞれ眠る準備に取り掛かっていた。二人部屋を二部屋借り、リンとジェイス、晶穂とユキという組み合わせだ。
ジェイスはロビーに出て、備えられた公衆電話にカードを差し込んだ。連絡先は兄弟のような青年だ。
「もしもし、克臣?」
「ああ、ジェイス。……ごめん、ちょっと待ってくれるか」
克臣は電話口を離れ、真希にホテルのロビーに出ると告げたようだった。明人は寝てしまったのか、泣き声もしない。それから部屋を出る音がしてしばらく経った時、
「すまん、もう大丈夫だ」
「こっちこそ。もう寝るつもりだったか?」
「いや、そろそろジェイスかリンに電話しようと思ってたところだ」
「そりゃ、よかった」
ジェイスは微笑し、今日を含めた四日間の出来事をかいつまんで報告した。ほとんどは取るに足らぬ穏やかな出来事だ。しかし、古来種との接触は異常事と言っても良い。わずかに眉をひそめ、ジェイスは声量を落とした。
「古来種は、どうやら神子に関心を寄せているようなんだ」
「神子――ってことは、晶穂に、か」
「そうなる。相手の狙いは全く不明だ。日本まで追って来ることはないだろうけど、用心してはおくよ」
「ああ。まあ、リンに万事任せておきゃあ良いだろうよ。あいつが、敵をそのまま帰すわけはない」
「……特に、晶穂にちょっかいを出す輩は、ね」
「ユキの魔力も相当なもんだろうし、お前は保護者だけしとけば良いだろ」
「わたしの出番はなしかい?」
苦笑して返すジェイスに、克臣は意地悪な口調で続けた。
「老兵は死せず、ただ去るのみだぜ」
「まだ老兵ではないよ。実践の場から追放しないでくれ」
ジェイスは半笑いで返した。彼は穏健派ではあるのだが、武闘が嫌いなわけではない。むしろ、その真逆なのだ。
電話を切り、ジェイスは何となくホテルの入口を見つめた。ガラスで向こう側が透ける戸は、人が来る度に開く。外は植え込みがあり、自動車が数台止まっている。
ユキの魔力について、その真の姿をまだ誰も見たことはない。兄のリンによれば、彼の魔力は氷属性のものだという。生まれて間もない頃、ユキは何が気に入らなかったのか大声で泣いたことがあったらしい。その時、氷柱が地面から突き上がり、家族を驚かせたという。それ以来は攫われてしまったために分からないが、なかなかの能力を秘めていることは確かだ。
ジェイスは目を和ませ、部屋に向かった。
翌日の旅行五日目。
リン達は早朝、扉を使って北海道へと移動した。
「ちょっと反則技だけどね」
とジェイスは笑っていたが、晶穂はそれ以上に苦笑いだった。
彼女にしてみれば、かの有名な未来道具そのままなのだから。それをリンに耳打ちすると、思い当たったようで彼も苦笑を洩らした。
北海道は太陽の光を浴びて、きらきらと輝いている。それが大雪の光だと晶穂が気付いたのは、ユキがダッシュで雪にダイブしたからだ。
街は観光客も多く、賑わいを見せていた。有名な時計塔などの観光地を訪れたり牧場のおいしいミルク・アイスクリームを食したりと、観光を満喫することにした。一日という短い時間でどれだけその場所を楽しめるかが大切になる。ジェイスを中心に昼食として食堂で海鮮丼を食べ、午後はとある大きな牧場を訪ねることにした。
中心部からは離れ、ジェイスが運転するレンタカーで一路北へと向かう。遠距離を移動する際は扉を使い、同県内など近距離を動く時には公共交通機関や自動車を使う。ある程度の交通費削減は大事だからね、とジェイスは笑った。
「それに、扉は使い過ぎて目立っても面倒だし。使い処も大切なんだ」
「成程。……ところで、今から行く牧場は何処で見つけたんですか?」
晶穂の問いに、ジェイスはハンドルを握ったままバックミラー越しに答えた。
「うん、ガイドブックとこっちにいる友人の勧めがあったんだ。乳しぼり体験が出来て、しぼりたて牛乳も飲めるんだそうだ」
「ホームページを見ると、牛乳を使ったスイーツも人気みたいですよ」
「ほんと、お兄ちゃん! アイス食べたい!」
目を輝かせて身を乗り出すユキにシートベルトをきちんとつけるよう促し、リンは助手席で前方を向いた。彼の視界には、緑に包まれた北の大地が広がっている。
リンたちが北海道で牧場に向かっている頃。克臣は家族と共に東京都内から鉄道で移動しようとしていた。混んでいる車内で妻を席に座らせ、彼は吊革にぶら下がった。
しきりに自分のスマートフォンが入っているズボンのポケットを触る夫の姿に、真希は苦笑した。
「なんだよ、真希」
「……何か、気にしてるようだったから。わたしたちのことは、あんまり気にしなくていいのに。ね、明人」
真希はベビーカーで眠る息子に笑いかけた。騒がしく知らない人に囲まれた中ですーすーと穏やかな寝息をたてる明人は、もしや大物では無いかと克臣は密かに思っている。
克臣は心中を見抜かれたようで思い、軽く目を見張った。「図星なんだ」と真希は微笑み、ぽんぽんと克臣のポケットをはたいた。その瞬間、スマートフォンのライトが光る。
「ほら、親友からのメールじゃない?」
「……お前、実はエスパーだろ」
ふふっと含み笑いをする真希を目の前に、克臣はスマートフォンのメールアプリを呼び出した。メールはジェイスからのものだ。本文を開くと、真希が尋ねてきた。
「ジェイスくん、何て?」
「ああ、あっちも旅行中でな。今はレンタカーで牧場に向かってるんだと。運転中にこれを打ったわけじゃないだろうな……」
「北海道にいるのよね。それで、昨日は東京。昨日のうちにわたしも久し振りに会いたかったな」
「昨日は俺たちも買い物に行ったり遊びに行ったり忙しかっただろ。また今度、ジェイス達にはうちに遊びに来てもらうよ」
「わかった。楽しみにしてる」
そんな夫婦の会話をしている間に、電車は目的地への到着を告げた。
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