第48話 光る封珠
山近くの村に着いた。丁度屋根付きの待合室があるバス停があり、四人はそのベンチに腰を下ろした。克臣は背から少女を下ろし、寝かせた。
しばらく三人で話をした。少女が目覚めれば話を聞くことが出来るのだが、無理矢理起こすわけにはいかない。それまでは、魔女をどうやって追うかが話題となった。
数十分後。呻き声がし、少女は目をこすりながら身を起こした。眠気眼を瞬かせ、三人の見知らぬ男達に見られていることに気付き、声を上げようとした。
その一瞬。
「しっ」
とジェイスが人差し指を立てて少女の口元に当てた。にこりと微笑した端整な青年の顔に頬を赤らめ、少女は素直に従った。克臣が冷やかしの声を上げたが、ジェイスは黙殺して少女に声をかけた。
「さて、わたしはジェイスといいます。こっちは克臣、でそっちはリン。君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「あ、はい。
「……覚えがないのかな?」
瞬間だけ目元を厳しくしたジェイスは、鈴花に問いかけた。彼女は頷き「はい」と答えた。克臣とリンは顔を見合わせた。ジェイスは思案顔になり、鈴花に目を向けた。
「……ここに来る前のことは、何か覚えてる?」
「前、ですか? そうですね……。あ、バイト先にいました」
「バイト先?」
「はい。大学近くの商店街にある占いの店で」
「商店街。おい、何処の商店街だ!」
「リン……」
突然割って入って来た青年に驚いた少女は、まじまじとリンの顔を見た。
「……もしかして、氷山リン先輩、ですか?」
「え……そうだけど」
リンの答えを聞くと同時に、鈴花は身を乗り出した。
「ほんとに、リン先輩なんですね!? わたし、星丘大学の一回生です。先輩の大ファンで」
「わ、わかった……」
きらきらと瞳を輝かせる鈴花を落ち着かせ、リンは眉間にしわを寄せた。
(この子の話が本当なら、魔女は自分の店で働いてる従業員を手足に使っていることになるな)
リンが考えている間に、ジェイスは鈴花に話を聞いていた。
「……じゃあ、鈴花さんは魔女の園で今年からアルバイトを?」
「はい。そこの占い師さんに雇ってもらいました。給料は良いし、アルバイト仲間も良い人ばかりだし、とっても楽しいんです。……でも」
「でも?」
問われ、鈴花は口を開いた。少し言い難いらしく、ジェイスは粘り強く次の言葉を待った。
「……でも、雇い主の顔を、見たことがないんです。いつもフードを被っていて。声は若々しいから、わたしより少し年上なだけだと思うんですけどね」
「顔を見たことがない、か」
ジェイスに浮かんだのは、晶穂の顔だ。正確には、晶穂の顔を借りた魔女の顔である。もしかしたら魔女は、晶穂の体を奪って容姿が変わった後、誰かに不審に思われることのないように策を講じていたのかもしれない。策、とは顔を見せないことだ。
「はい。それから、もう一つ気になることがあります」
「それは?」
もう鈴花が言いよどむことはなかった。誰かにずっと言いたかったのかもしれない。
「わたし、アルバイトを始めてから、たまに記憶が飛ぶんです。始めてからといっても、数週間前くらいからだと思います。何か不都合があるわけではないし、アルバイト中しか起こらないので、病院に行くこともなかったんですけど」
こんな見知らぬ土地にいるなんて、やっぱり夢遊病とかですかね。などと、鈴花は眉を八の字にした。リン達三人はお互いの顔を見た。無言だったが、彼らが考えていることは同じだった。その記憶の一時的喪失は、魔女の仕業に間違いない、と。
それから二三質問した後、鈴花をジェイスに家まで送ってもらうことにした。鈴花はリンに送ってもらいたがったが、ジェイスに微笑まれると目を少し逸らして赤くなった。
二人が乗ったバスを見送った克臣は、ニヤリと笑った。
「あの女たらしが役に立つとはな」
克臣のいう「女たらし」とはジェイスのことだ。彼は外面も良く、特に若い女性達からの指示は絶大である。ソディールではリンを追い越して人気があるらしい。らしい、というのは、リンはそれに興味がないということが大きい。
苦笑して克臣の発言を受け流したリンは、彼を誘って再び山へと繰り出した。もしかしたら、何か手がかりが残されているのではと考えたのだ。
山頂に辿り着いた二人は、魔女達が立っていた付近に目を向けた。そこは石や砂が散らばる何の変哲もない空き地だ。しかし円形に石が並べられた場所や割れた土器など祭祀場の跡を一部残していた。
「さて、何かあるかね」
「あの雷の跡でもあれば、と思ったんですが」
見回したリンは、一部焼け焦げた岩を見つけた。それがあるのは、魔女が立ち尽くしていた場所のほんの近くだ。駆け寄って見ると、残滓を感じた。巨大な魔力の残り香だ。後から来た克臣もハッと目を見張る。魔力に幼い頃から接してきた彼だからこそ、自身に魔力がなくとも気付いたのだろう。
「あったな、跡」
「ええ」
リンは手をかざし、魔力の来た先を感じ取ろうとした。辿れそうなことに安堵したリンは、先を察して愕然とした。
「……魔女の言ったことは、真実だったか」
魔女は言った。ダクトの力を受けたのだ、と。その証拠を得、ダクトの力が完全に封印されていた訳ではないことも明らかとなってしまった。リドアスに帰ったら、一香とシンに事情を聞き、対策を練らなければなるまい。そうリンが思案していた時、考えを読んだように克臣が呟いた。
「リン、俺達が立てるくらいの対策じゃ、魔女やダクトの力には敵わないだろうよ」
「……ですがっ」
克臣を振り返り、リンは拳を握り締めた。
「……このままでは、あいつは消えてしまうかもしれない」
「リン……」
「克臣さん、リドアスに戻りましょう。魔女を追わなくては。やつの向かった先を調べましょう」
二人は大急ぎで山を下り、リドアスへ向かう扉を創り出した。
リンと克臣がリドアスに戻って一時間後、ジェイスがそこに戻って来た。
「ただいま、二人とも。森里さんは家まで送り届けたよ」
「ありがとうございます、ジェイスさん」
ジェイスの労をねぎらい、リンは二人と共にそのまま会議室へ入った。
既に夜の帳は下り、リドアス内は静まり返っている。その眠りを妨げないよう、足を忍ばせた。
「さて、どうしたら良いですかね」
半ば投げやりに、リンは椅子に背を預けた。足を組んだジェイスが苦笑気味にその様子を見守っている。
この後シンが来ることになっている。一香は昼間に祠を清める儀式などを行ったためか、疲れて寝てしまったという。シンは魔力でダクトを封じている張本竜だ。彼ならどんな力が働いたのかを感じ取っているだろう、というジェイスの判断だ。
ガチャ
「こんばんは~」
声を潜め、それでもありあまる元気を丸出しにして小さな竜が飛び込んできた。シンはリンの腕の中に収まり、眠そうな雰囲気も見せない。
「シン、夜中にすまない」
「大丈夫だよ、リン。ボクは起きたことを伝えなきゃいけない。その後に寝ればいいから」
「頼もしいなあ、シン」
克臣が笑い、シンの鼻先を突いた。シンは鼻を鳴らし、リンの腕を抜け出した。机に立って口を開く。
「ボクは、祠にいたんだ。一香も一緒に。昼過ぎかな、突然、祠が白く光った気がしたんだ。それだけ。……でも、それだけじゃ終わらなかった」
「……何があった?」
「リン、ボクは祠を覗いたんだ。そしたら、封珠が黒くなってた」
「黒く? おい、封珠は黄色くなかったか?」
割って入った克臣に頷いて返し、リンはシンに続きを促した。
「ボクは危なく思ったよ。もしダクトが解放されるようなことになれば、晶穂がいなくなるだけじゃ済まない。あいつはボクらを恨んでいるはずだから、真っ先にここが狙われる。ボクは戻ってる分の魔力を使って、力を抑え込もうとした。それは成功したっぽいけど、一香が儀式で上乗せしてくれた。……これが、ボクらが経験したこと、だよ」
ふわわ、と大あくびを吐き出した。長く話したことで疲れたようだ。シンは机の上に丸まり、あっという間に寝息をたて始めた。
「寝た、か」
「一応、シンは子どもなので」
「……何年も何年も寝てたのに、か?」
克臣の問いに苦笑し、リンはシンの背を撫でてやった。
ジェイスは一香の証言も取って来ていた。
「ジェイス、それ、シンの言葉だけじゃ不十分だろうって気を回したってことだろ……」
「さあね?」
目の奥に笑いを押し込め、ジェイスは話を戻した。
「一香によれば、封珠が黒く染まったのは数秒だったようだ。それも光った気がした後の数秒。シンが力を出す直前に消えて元の色に戻った、と」
その後はシンが話したのほぼ同じだったようだ。リンは腕を組み、二人に祠を見に行こうと提案した。自分の目で見なければ次の策が出て来ないと思ったのだ。
シンは抱き上げて寝床に連れて行ってやることにした。その寝床は祠のそばにある。クッションの上に乗せてやり、リンは目的物を振り返った。
祠は静かだ。細い注連縄が張られた奥に扉がある。その更に奥、封珠が置かれた場所に目をやった。封珠は元の色を取り戻していた。動きを見せることもなく、沈黙している。それに安堵し、リンは年長者二人を振り仰いだ。
「一香の言う通りのようですね。今現在は動きなし。……次にいつ、どんな動きがあるかは想像出来ませんが」
「ま、動かないようにしちまえば良いんだろ?」
ざっくりと現状をまとめてしまった克臣に苦言を呈しようとしたジェイスだったが、その声は停止した。封珠が輝いたからだ。
封珠は光の強弱がありながらもその輝きを増していった。光は最初に白、次いでどんどんと黒に近付いて行く。何かに呼応しているようにも見えた。
「……魔女、か?」
リンの呟きに答える者はいない。克臣もジェイスも声を上げられずにいる。突然の出来事は、三人の度肝を抜いてしまったのだ。
同じ時、別の場所で魔女は微笑んでいた。その体は輝き、女達の崇拝を浴びている。自身を抱き、快感に身をよじった。
「ああ……。あの方の御力が、入って来る。あの御方は、わたくしを望んで下さる……」
そんな台詞を晶穂の姿で言う。晶穂は魔女の中で別の意味で身悶えしていた。
(やめて! わたしの体を使ってそんな台詞を言わないで!)
「……五月蠅いわね、小娘」
魔女は心の中に呼びかけた。刃物のような鋭さを閃かせ、晶穂を
晶穂は魔女の内に生きていた。体を奪われ自由は利かないものの、意識だけははっきりとしている。それが、彼女をこの世につなぎとめる最後の結び目であるかのように。きっと、意識さえ奪われた時、晶穂は消える。残るのは、灰色の髪を持つ一人の少女だけだ。その中に住まう者の名を、誰もまだ知らない。
(わたしは、必ず自分を取り戻すから。わたし自身を、そして仲間を信じる)
何を言われても折れない意志が垣間見えた。魔女は嘆息し、次いで微笑んだ。
「……せいぜい足掻きなさい。わたくしが主なのですから」
今の魔女には晶穂を黙らせる魔力がある。それを暗に示してみせた。
晶穂は押し黙る。何の力もない意識の存在である自分に出来ることは、今、口論のみだ。神子としての力は血に宿り、それは魔女が握っている。現在の所、意地を張っても八方塞がりなのだ。
(……誰が何と言おうと、勝機はある。リン、が来てくれる)
自分の体が儀式を行う中、晶穂は心の更に奥で一人呟いた。現実世界では決して呼びかけることの出来ない呼び方で、頼りの者の名を囁いた。
魔女は晶穂が沈黙したとみるや、彼女ではない自分の意識に集中した。目を閉じ、ダクトを崇める言葉を歌うように紡ぎ出す。
「……我が尊き方よ。血に眠りし太古の業によりて、汝を呼び覚まさん。汝に我が身を捧げ、
魔女を囲う女達も、それを復唱する。鈴花が抜けて数は減ったものの、十人以上が舞い踊っている。
おもむろに、魔女は両手を天に差し出した。その先は黒く渦巻く雲があり、白い稲光も見える。
「……あははっ、晶穂。あなたの願いは、ここで潰える。あなたは永遠に、外に出ることも、目覚めることもないのよ」
狂ったように奇声を上げて笑った魔女は、ポケットから銀色に光るものを取り出した。その先端は磨かれて尖り、十分に人を傷つけることが出来る。
ニイと嗤った魔女は、躊躇うことなくそれを自分の手に突き刺した。
赤い花が舞い、それは地面に届く前に差し出された手の中で形を変える。
痛みを感じていないのか、魔女は再び哄笑した。
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