第45話 怪しい占い屋

 翌日。リンは昼休みに出会った女子生徒から、有力な情報を得ることに成功した。

「三咲を一昨日商店街で見たって?」

「はい。そうです」

 ボブヘアの少女はリンを見つめて頷いた。どうやら晶穂とは同じ学年で、同じ講義を取っている顔見知りらしい。リンと一対一で話すのに緊張して頬を染めていたが、リンは全く気付く様子はない。「それで」と話の続きを促す。

「あ、はい。三咲さんはウィンドーショッピングをしているようでしたから、邪魔しても悪いと思って声はかけずに行きました。……そういえば、あの子と会ったのはあれ以来ですね」

「わかった、ありがとう」

「あの、先輩……」

 後輩の言葉を最後まで聞かず、リンは颯爽とその場を去った……ように見えたのだ。彼女には。

 実際のリンは必死だった。どうして自分がこんなに必死なのか、考える余裕もないほどに。颯爽とではなく、小走りにボブヘア少女の前を去ったのだ。

「だ……氷山くん」

「サラ、か」

 正門で待っていたサラと合流し、リンは大学近くの商店街へ向かった。

 サラは猫の耳をつばのある帽子で隠している。しっぽは長めのスカートの中にある。見た目は普通のおしゃれな女子大生である。髪の色が派手なため、時折振り返る人がいる程度で。

 走った二人は、商店街の入口で足を止めた。荒れた息を整え、アーケードに足を踏み入れる。今の時間、学生や主婦の数が多い。リンとサラは買い物客の邪魔をしないようにしつつ、晶穂の痕跡を探した。

 しかし、簡単には見つからない。もう三日経っている。あの夜見つからなかった物が、今見つかるとも思えない。リンは何か引っかかるものを感じてはいたが、その正体を掴むまでは至っていなかった。

「ん?」

 キラリ、と地面で光るものがあった。リンが手に取ると、それは人気特撮ヒーローのキーホルダーだった。青いマントを羽織った青いマスク姿の青年の形をしている。何処かで見たことがあると考えていたリンの背後から、サラが声を上げた。

「あっ、それ!」

「うおっ」

「……あ、ごめんなさい」

「別にいい。で、見覚えがあるのか?」

 しゅんとしていたサラは、気を取り直して頷いた。

「はい。これは、晶穂が鞄につけていたものだよ。前に、水ノ樹学園の家族に餞別として貰ったんだと言ってた」

「……ヒント、だな。これは」

 キーホルダーを握り締め、リンはそれが落ちていた商店を見上げた。そして、目を見開いた。

「……ここはっ」

 リンはほぞを噛んだ。ここは、晶穂が消えたその夜に訪ねた占い師の店ではないか。黒を基調とした店構えが、いかにもな雰囲気を醸し出している。濃い紫のカーテンが、こちらとあちらを隔てていた。

「……団長?」

「……サラ。ジェイスさんと克臣さんに連絡を。俺はこの店に晶穂を知らないか訊きに行く。全く関係ないならそれでいいけど、もしも何かあれば、力ずくでも取り戻してくる」

「……はい」

 サラが反対の道に移動してスマホでメールを打ち始めたのを確認し、リンは占いの館『魔女の園』の戸をたたいた。

「はい」

 昼間は営業時間だ。あの夜応対に出てきた占い師ではなく、アルバイトらしき魔女の格好をした女子店員が出てきた。黒いワンピースの裾を指で持ち上げ、リンに礼をした。

「一名様でございますね。こちらにどうぞ」

「……占い師に会いたい」

「分かりました。では、こちらのアンケートにご記入をお願い致します」

「占いを頼みたいわけじゃ……」

「こちらでお待ちください」

 リンの言葉をことごとく遮り、少女は奥へと下がって行った。館内を物色する訳にもいかず、リンは言われた通りに椅子に座った。丁度その時、占いをしてもらった大学生らしき女子二人組が奥から出てきた。

「ねえ、あれがほんとなら、きっとうまくいくよ!」

「だといいけど。……うん、大丈夫だよね」

「応援してる。やってみようよ」

 試験か何かの結果を聞いたのだろうか? その会話だけでリンはそう判断した。……実は恋愛相談だったのだが。

 アンケート用紙を見ると、氏名や生年月日、相談内容などを書く欄がある。リンは相談内容の欄を空欄にして、他は記入した。出て来た案内役の少女にそれを渡すと、彼女はさっと目を走らせて頷き、リンを誘った。

「……こちらへ。魔女がお会いになります」

「魔女?」

 魔女とは何者か。リンの疑問には答えず、少女は静々と奥へと続く扉を開けた。リンを促して中に入らせると、音もなく扉を閉めた。

 部屋の中は薄暗く、目が慣れるまでに時間を要した。段々と慣れてきた目で部屋の更に奥を見ると、ぼおっと明るい場所があった。

「……誰だ?」

 リンは光の中に座る人物を見てそう問いかけた。その人物は黒いフードつきのマントを羽織り、顔を隠している。鼻より下しか見えないが、その部分はすっとしている。

「……」

 フードは手元に水晶玉を抱えていた。直径は二〇センチ近くあるだろうか。その無色透明な水晶から光が発せられているのだ。

 リンはその人物を「魔女」だと考え、大股で近付いた。目の前に立ち、

「……お前が魔女か?」

 と問うた。

 フードはそれまで無言を通してきたが、少し顔を上げて唇を動かした。

「―――そうだ。わたくしは魔女と呼ばれる者。そなたの探し物を見つける手伝いをしてしんぜようか?」

「……俺は、とある人を探している。やつは数日前にこの店の前で消息を絶ったと思われる。何故、お前がその日の夜に俺と会った時に言わなかったのか、教えてもらいたい」

「面白いことをおっしゃる」

 フードの声は、女のものだった。しかも、リンには聞き覚えがあった。

 魔女と名のったフードの女はコロコロと笑い、水晶玉を掲げた。思わずそれを見上げたリンの目の前で、水晶の中に映像が映った。

「では」

 口元を緩め、魔女は目を閉じた。

 水晶に映ったのは、女の姿だった。彼女は目深にフードを被り、岩場を歩いている。長いスカートの裾を踏まないように気を付けているようだ。

 魔女の言葉遣いが変わった。

「……これはわたくし。わたくしはある尊い方を探し、岩場や洞窟を渡り歩いた」

「……尊い方、だと?」

 魔女は微笑むだけで明確な答えは出さず、水晶を示した。

 映像の場面は変わり、洞窟内に出来た神殿のような場所になった。そこに、リンは見覚えがあった。

「ここは……神殿か? ダクトが封印されていた……」

 リンには信じられなかったが、まさしくそこはトースの神殿だった。女は洞窟を更に奥へと進み、祭壇の前で立ち止まった。懐から祭器を取り出し、壇へと置く。その祭器は、土器の平皿に似ていた。次に何か植物の枝を手にし、呪文を唱え始めた。

「……わたくしの一族は、代々、トースの神殿で祀りを行ってきた。尊い方を崇め奉るのが役目だった」

 魔女は訥々と語り始めた。水晶内の映像はいつの間にか消え、ただの透明な水晶玉に戻っている。

「けれどある日、尊い方はいなくなられた。見えはしなかったが、気配が消えた。……後に、狩人と名のる者どもが連れ去ったと知った。あの方の野望を叶えようという心映えは立派でしたが、それはお前達のために頓挫した」

「!」

 魔女はそれまでの静かな相貌を悪鬼の如くに変え、リンに迫った。目を直視したわけではない。けれど彼女の気迫がそう感じさせた。

「……お前達があの方を封印してしまった。気配が消えてしまった。―――わたくしは、希望を失くしたのです」

 だから。と呟き、魔女はおもむろにフードに手をかけた。一気に剥ぎ取り、素顔を露わにした。その顔を見た瞬間、リンは驚き絶句した。

「……声も出ないようだ」

 魔女は微笑んだ。リンは喉をごくりと鳴らし、ゆっくりと震える指で彼女を指した。

「……あき、ほ……?」

「ええ。そう見えますか?」

 魔女は笑った。リンは、己の目が信じられなかった。そこにいるのは、確かに晶穂だ。灰色の美しい長い髪、明るい黒い目。しかし、声色は違う。声は同じだが、温度や言い方が違う。表情も、彼女がするはずのない歪んだものだ。明らかに表面上は晶穂だが、中身は別人だ。

 魔女は卑屈な笑みを浮かべると、その場で一回転して見せた。フードと共に自ら脱いだマントの下は、失踪した日に晶穂が身に着けていたものそのままだった。ブラウンのスカートが翻る。

「わたくし、この娘の身体を拝借しました。この娘になった。……これで、この娘の血の力は、わたくしの思うがままですわ!」

「血、だと……」

 リンは言葉をつなげることが出来なかった。魔女が晶穂の身体を乗っ取ったという事実も受け入れられなければ、魔女の言葉も受け入れを彼の心が拒否している。晶穂の血に力がある。それは狩人が追って来た理由である。晶穂の血は後天性吸血鬼の血でもある。その血は、吸血鬼を滅ぼせる。

 しかし、それだけではない。リンの頭に浮かんだのはたった二文字だ。

「……まさか、晶穂が『神子』だというのか?」

「あら、ご存知でしたの」

 冷めた声がリンの耳朶を突く。魔女は続けた。

「この娘、特殊な魔力を持っていますわね。触れるだけで他人の魔力を増幅し、何倍にも膨れ上がらせる。……そんな力、聞いたこともない。そして、血は、吸血鬼の天敵だとか。……最高ですわ。この身体があれば、お前達を簡単に滅ぼすことが出来、あの方を取り戻せる!」

 嬉々とした態度で微笑んだ魔女は、動けずにいるリンを見下すように視線を送った。

「……これで、終わり。この娘の力を我が物にするには、少し時間が必要です。遠からず、お前達を滅ぼしに行く。首を洗っていると良いわ!」

「っ……待て!」

 リンは手を伸ばした。しかし、すんでのところで風をまとって去る魔女の手を摑まえ損ねた。

 あははははっ

 魔女は高笑いを残し、掻き消える。一人残されたリンは、悄然と膝を落とした。

 ぐらり、と視界が揺れる。

(くそっ……。あき……ほ……)

 急激に眠気に襲われ、そのまま崩れ落ちた。

「リンっ!」

「何処だ、リン!」

「団長!」

 自分の名を呼ぶ複数の声を聞いた気がしたが、それを確かめる間もなかった。

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