第35話 まさかの再会

 扉を抜けた先は、別の空間だった。リンと晶穂、ユーギは扉にぶつかった勢いのまま床に倒れ込む。ドスンと三人分の音がした。

「痛っ」

「いたた……」

「痛ぇ」

 三人がそれぞれに苦痛を訴え、身を起こした。

 しん、と静まり返っている。人の気配はない。全員出払っているのだろうか。

 それよりなにより、ここは何処だ。

 晶穂が辺りを見回すと、そこは何処かの建物の中のようだった。岩が積み上げられて造られた壁が見える。広い部屋だ。天井からはシャンデリアのような照明が下がっている。

 まるで、城のようだ。

「城、か」

「え?」

 晶穂はリンの呟きに振り向いた。自分が思ったことを彼が口にしたことに驚いたのだ。

「ここは、狩人の城だ。克臣さんが教えてくれた。……ここが、やつらの本拠地だ」

 リンはうーんと身体を伸ばし、何かに気付いて表情を引き締めた。

 彼が見上げた方向を見た晶穂とユーギは、大きな階段の上に動くものを見た。それは黒く、影のようだった。

「何、あれ……」

 ユーギの小声に反応したのか、黒いものは細かく震え、二階の奥に姿を消した。

「追うぞ!」

「は、はい!」

「行くよっ」

 リンは何かが分かったのだろうか。首を傾げる二人の同行者を急かせ、階段を駆け上がった。

 二階も広かった。階段を上がると左右に廊下が伸び、幾つもの部屋がある。どれも木製の扉があり、ノブを回してみたが、鍵がかかっているのか開かなかった。

 黒い影はと探すと、右の廊下の奥の扉へと向かって行くのが見えた。三人は顔を見合わせ、それを追う。

 奥にあった扉は、他の物とは違った。木製であるのは同じだが、装飾が細かい。そして、二回りくらい大きかった。

「……中からの音はないね」

 一番耳の良いユーギが耳をつけ、そう証言した。しかし、中に何かいるのは間違いない。リンは直感的にそう感じた。

「この向こうから、負の気を感じるんだ」

「……じゃあ、あちら側には」

 晶穂の言葉を引き取るつもりで、リンは頷いて見せた。

「いるんだ。……ダクトが、な」

 晶穂とユーギも緊張の面持ちでコクンと首を縦に振った。

 ここで怖じ気付いていても始まらない。リンは扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。


 


 リン達が扉を潜った頃に少し時間を戻す。

 ジェイスとシン対ソイルとアイナの戦いは、終わりに向かって動き出していた。

 ジェイスは地上から、シンは空中から狩人軍の制圧にかかっていた。ソイルとアイナ以外の狩人は無言で人らしい行動に欠けていた。例えば動き。シンの炎を受けて傷ついているはずだが、痛がる様子もなく、猛然と向かって来る。

「ジェイス。こいつらは生きてない!」

「……はっ?」

 シンの言葉にジェイスは言葉を失った。そして、疑った。生きていないとはどういう意味だ。そう問うと、シンは声を張り上げた。

「だから、生き物の魂を感じない。こいつらはツクリモノだ!」

「何だって…………あ!」

 叫び返し、はたと気付く。確かにこの戦いを始めてから、ソイルとアイナ以外の人物の体を傷付けたことは何度もある。しかし、傷から迸るはずの赤い血を見ていないのだ。

 ジェイスは背後を見た。幾つも横たわった兵達。そこに血のにおいが漂うことはない。ただそこにある人形の如く、それらはピクリとも動かない。どう見ても人なのに。人の気配がない。

「……その通り」

 傷付いた右足を引きずりながら立ち上がったソイルが言った。彼はジェイスとの一戦を演じた時、彼の剣技に圧倒されてしまったのだ。まだ傷が完治していない、というわけではない。体が勝手に強張ったのだ。だから後れを取った。舌打ちしたい思いだったが、隣で構えるアイナの手前、そうもいかない。プライドの問題だ。

 振り返ったジェイスが目を見張っている。ソイルは心の中で引き笑った。

「我々は、『人形』を造り出し、量産することに成功した。それらは兵士として戦うことだけを求める。傷付こうと死のうと、他も自らも顧みることなどない。心など、やつらには必要ないのだからな」

「……それが、こいつらか」

「そうだ。だから、君達は幾らでもこれらを倒して構わない。その間に私達が君達をヤれば良いのですから」

「……」

 ジェイスは一瞬振り返り、人形がこちらに向かって来る様を見た。そして上空を仰ぎ見、シンを呼んだ。シンはその意図を正確に理解し、頷いた。

「了解!」

 元気な声に後押しされ、ジェイスは走り出した。

 目の前のソイルの顔面に拳をぶつけるふりをして、不意を突いた。そのまま踵を返し、シンの背に飛び乗った。ソイルらの制止を振り切り、二人は洞窟へ吸い込まれた。


 


 一歩部屋に足を踏み入れると、負の気が吹きつけてきた。まるで嵐のように。それをやり過ごし、リンは目をすがめた。

「……誰だ、お前」

 目の先にあるのは、暗闇の中に立つ人影。

 ユーギと晶穂もリンの隣に並び立つ。ユーギはリンの服の裾を掴み、晶穂は胸元に手をやって段の上を見上げた。

 暗がりに顔の半分以上が隠れている。しかし、子どものように見えた。それも幼い。リンが細めていた目を見開き、

「お前……」

 と言いかけた。見知った顔だったのか、と晶穂が問いかけようとした刹那、影の傍に立っていた男が一歩進み出た。背が高く、黒いローブのような服装をしている。その下から、ねめつけるような鋭い視線が発せられた。眼力に射貫かれ、ユーギが竦み上がった。

「よく来たな、銀の華」

「呼ばれた覚えはないがな」

 親しみの全くない声色にそれ以上の冷たい声で返し、リンは男の視線を受け止めた。数秒睨み合い、男が先に口を動かした。

「……おれはザード。この御方の側近を務めている。」

 そして右手を軽く挙げた。それを合図に、リン達の後方の扉が開く。そこからわらわらと目で数えて三十人はいるであろう武装した集団が現れた。三人を囲み、得物を向ける。帰るなら今のうちだとせせら笑うザードを無視し、リンは彼の後ろに隠れるように立つ人影に目を向けた。

(もしかしたら……だが、本当に……?)

 くんっと袖を引かれ、リンは我に返った。少し目を落とすと、ユーギが心配そうにこちらを見ていた。それに苦笑し、彼の頭を撫でてやった。

「そうだよな。まずは、これを抜けなきゃな」

「うん」

「はい。必ず、帰りましょう」

 晶穂の言葉に首肯し、リンは態勢を整えた。一連の様子を見ていたザードが、つまらなそうにため息をついた。

「……最期の語らいは終わったか?」

 振り返り、リンはふっと口元を緩めた。

「……まさか。これからが本番だ」

 そう言うが早いか、リンは陣営を駆け抜け、ザードの真正面に躍り出た。ザードは手甲でガードの姿勢を取り、すぐ反撃に転じた。彼も魔力の持ち主であるらしく、体全体に力をみなぎらせた。そのまま突っ込んでくる。

 リンは跳んで避けたためかすっただけだったが、それでも魔力の波動を感じた。ザードの魔力は身体強化に特化しているようだ。

「晶穂、ユーギ!」

 リンは仲間二人の名を呼んだ。彼女らも全くの無力ではない。それを知っているから、リンは二人を呼んだ。雑兵を任せるためだ。

「はいっ」

「任せてください!」

 呼ばれた理由を正確に理解し、二人は動いた。晶穂は襲われる直前で腕に手をかけ、相手の力と勢いを利用して投げ飛ばした。ユーギは持ち前のすばしっこさを活かし、相手の股下も通り抜けて隙あらば頭突きやタックルを喰らわせた。

 ちっ

 ザードはリン以外の二人が思いの外やるためか、舌打ちをした。リンはその目が晶穂達に逸れた瞬間を見逃さなかった。注意が逸れれば、魔力の集中も逸れる。

 リンはザードの横腹に蹴りを入れ、力任せに吹っ飛ばした。ザードはそれでも持ちこたえ、体勢を立て直す。

 ザードはナックルダスターを装着し、その拳をリンの顔に打ち込んでくる。数発を紙一重で避け、リンは次に来た拳を自分の顔の前でつかんで止めた。それでも勢いを削ぐことが出来ず、手の甲が頬にあたった。だからといって手放すことも危険だ。リンは痛みに耐え、がら空きになったザードの腹に蹴りを叩き込む。自分が攻めていると油断したのか、ザードはその蹴りの勢いのままに壁に激突した。そのままガハッ、と苦しげに息を吐いた後、スッと意識を手放してしまう。意外と体は弱かったらしい。

 振り返ると、後からやって来た襲撃者達を晶穂とユーギが伸した後だった。

「この二人、こんなに戦闘慣れさせるつもりなかったのにな」

 そんな苦笑交じりの心中など知らぬ二人が駆け寄ってきた。彼女らを労い、リンはふと壇上を顧みた。

 そこには、先程の人影が変わらずにいた。全く動いた形跡がない。

 リンが一歩前へ出た。危険があるのではと袖を引いた晶穂に「大丈夫だ」と微笑み、目線を上に上げた。

「……ユキ、か?」

 ユキ。

 その名に聞き覚えがあり、晶穂は記憶を手繰り寄せた。

「あ。……リンさんの、弟……」

「え、団長に弟がいたんですか?」

「そうなんだって。前に話してくれた。……でも、幼い頃に生き別れたって」

 目を丸くするユーギの横で、晶穂は不安げに瞳を揺らした。

 何故なら、ユキは行方不明だったのだ。生死さえ分からなかった。リンが幼い頃、母親と共に何処かへ行ってしまったのだ。その彼と思しき人物が自分達の前にいる。

 ゆらり、と四隅の蝋燭の火が揺れる。その揺れが一瞬だけ、階上の人影を照らした。面差しは五歳にもならない幼い少年のものだ。リンと同じ藍色がかった黒髪に、兄とは違う薄青い瞳。しかしその目に少年らしい光はない。それどころか、生気が感じられない。

 おもむろに少年が口を開いた。

「……ワレは、ユキ、ではない。この世を統べる者。ダクトである」

 子どもとも思えぬ重低音がこぼれ落ちた。リン達が固まる前で、ユキの体を借りたダクトが再び口を開いた。

「ワレはこいねがう。純粋な人間だけの世界。―――そこに不要な者。ワレの大切なものを奪ったモノ。全て、滅ぼす」

 口を閉じた瞬間、ダクトの力が爆発した。ドン、という爆音をたて、波動がリン達を襲った。前に倒れていたザードらは、抵抗せず爆風に吹き飛ばされた。しかしリンを始め三人は床を踏み締め、どうにかその場に止まった。

 見渡せば、豪奢だった装飾も玉座も蝋燭も吹き飛ばされていた。廃墟同然となった部屋の中で、ユキの身体を奪ったダクトが咆哮し、魔力は暴走を始めた。

「くっ……」

 手をかざして風を避けながら、リンは呻いた。

 なす術もなく吹き付ける暴風に耐えていた三人に、再び大きな力が叩きつけられようとしていた。

「……消す……全て……人間だけの世界のために」

 壊れかけたロボットのような口ぶりで、カクカクとした足取りのダクトが一歩ずつ前へ歩いて来る。晶穂とユーギを守るようにリンは二人の前に出た。ダクトが右手を上げ、手のひらを三人に向けた。少しずつ力が蓄えられているのが分かる。

 あれを喰らえば、終りかもしれない。

「くそっ」

 リンは自らの魔力を総動員してシールドを築いた。その彼の腕を誰かが掴んだ。振り返ると、意を決した顔の晶穂がそこにいた。「晶穂?」と尋ねると、彼女は笑った。

 何も言わなかったが、晶穂が掴む所に温かいものが溜まって行くのが分かる。晶穂に特別な力はなかったはずだが、もしかしたら、隠された何かを持っているのかもしれない。彼女の力か、自分の力を強くしている実感がある。

 気付けばもう片方の腕をユーギが握り締めている。必死な顔が反対にリンを安心させた。

 ダクトの魔弾が放たれた。ギュルルルという剛速球を投げるのと似た音が響く。

「リンッ!」

 いつもなら敬称をつけて呼ぶのだが、今そんな余裕はない。晶穂の長い髪が風に吹かれて乱れた。彼女の金切り声は空気を裂いた。

 もう駄目だ、と誰もが思った時。三人は一斉に目を瞑った。

 巨大な氷の塊が、間近に迫った。

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