第34話 狩人の幹部

 ガキンッ

 高い金属音に肩をすくめた晶穂の目の前を、リンの剣が流れ切って行く。目を遠くへ向ければ、襲撃者達のリーダーらしき人物とジェイスが対峙している。

 ユーギはシンと共に木々の間をぬって駆け、不意を突いて敵を蹴飛ばした。シンも飛び回っては口から火を放って攻撃をしかけている。

 晶穂とて負けてはいない。背後に忍び寄った敵の足先を踏みつけ、息つく暇を与えずに回し蹴りを決めて飛び退く。ジェイス仕込みの護身術は、ただ相手の攻撃を避けるだけではないのだ。

 ここはユラフの森の中。この島は、海岸付近と中央部以外はほぼ全てが森林である。

 晶穂達はユラフに接岸し、岩場に船を隠した。それから十分用心しつつ森へ向かったのだが、一歩踏み入れた瞬間に戦闘となってしまった。

「砂かけてやるっ」

 捕まりかけたユーギは身を翻すと、地面の砂を足で巻き上げさせた。地を蹴るように砂を敵にかけるものだから、相手側も目を守るのに必死になる。

「ユーギ、よくやった」

 ユーギを労うと同時にリンは懐に入り込み、杖で敵の鳩尾を突いていく。五人を同時に倒したリンが崖の上を見ると、ジェイスがリーダーの男を極に追い詰めているところだった。

 ひいっ!

 男が悲鳴を上げ、手にあった剣を振り回した。それを華麗に避け、ジェイスは拳を叩き込んだ。

 男はその場に崩れ落ちた。ジェイスはひらりと飛び降り、リン達の前に立ち上がった。後ろで束ねられた黒髪が風に舞う。汗をほとんどかいていない彼の様子に、晶穂は愕然とした。

「お疲れ、みんな」

「はい。お疲れ様でした」

「僕、まだまだ行けるよ!」

「ボ、ボクも!」

「お疲れ様でした。突然でしたねー」

 額の汗を拭き、晶穂は苦笑いをした。彼女の周りには気を失った男達が十人ほど倒れている。晶穂が倒したのは一人だけだ。それ以外は主にリンが片付けた。ジェイスはリーダーを引きつける役を買って出ていたのだ。

 そのジェイスは「そうだね」と晶穂に微笑み、少し屈んでリンに目線を合わせた。

「リン、最初からとばしては駄目だよ?」

「分かってます。本番はもう少し先ですから……」

 リンは少しジェイスを見上げ、頬の血を拭った。汗と合わさって痛みが生じたが、まだ泣き言を言うわけにはいかない。

「次、行きます」

 一行は新手が来る前に、と急ぎ足でその場を離れて更に奥へと進んだ。


 晶穂達はユラフの中心部へと走っていた。初めの戦いの後、一度だけ襲撃者と対峙した。しかし、ジェイスとリンが瞬殺した。

 四人と一匹の現在地は、中央の山の手前にある広場である。

 登山道の入口のようなその場所に立ち、リンは一歩踏み出そうとした。

 カッ

「……来たか」

 足元に一本の矢が刺さり、行く手を阻んだ。リンは矢が飛んできた先に向かい、睨みを利かせた。

「出て来いよ。ソイル」

「……当たりです。よく分かったね、リン」

 山の入口の暗がりから、くっくっと笑い声を上げながら男が一人姿を現した。藍色の短髪を持つ狩人・ソイルである。黒い眼帯が彼に威圧感を与えている。

 彼の傍に小柄なツインテールの影を見止め、晶穂は声を洩らした。

「み……いや、アイナ?」

 名を呼ばれたのに気付いたか、アイナは目に見えて嫌そうな顔をした。しかし声に出して抗議はせず、黙ってソイルに随っている。

 ソイルは笑みを浮かべ、リン達を指差した。

「今日が最後だ。……消えてもらおう」

「断ると言ったら?」

 ジェイスがリンの前に出て挑発した。リンは自分が前に出ると身振りで伝えたが、ジェイスは首を縦にも横にも振らなかった。

 ソイルはクッと喉を鳴らすように笑うと、

「どう答えようと、末路は同じだ」

 と言い放った。

 同時に彼らの後ろから大きな怒鳴り声が響いてきた。何事かと目をやれば、狩人の兵が大勢押し寄せているところだった。

(これ以上留まれば、先に進むのに時間がかかり過ぎる……)

 ジェイスは仲間を振り向き、叫んだ。

「みんな、ここはわたしが引き受ける。だから先に進むんだ!」

 リンは咄嗟の判断が出来なかった。確かにここで足止めされるわけにはいかない。目的はあくまで、狩人のボスを倒すことだ。しかし、だからといってジェイスに全て押し付けて行けるだろうか?

「ジェイスさん、一人じゃ無理だ。俺も――」

「……リンには、他に役割がある」

 リンの叫びを遮り、ジェイスは微笑んだ。その優し過ぎる笑みに、リンの胸は詰まった。

 晶穂も名乗りを上げたかった。ユーギも同様だ。しかし二人とも自分の戦闘力を鑑み、何も言わなかった。残ったところで、足手まといにしかならない。

 考えている間にも、敵の数は増えて行く。

 時間はなかった。リンは覚悟を決めた。

「わ、かり―――」

「ボクが残るっ」

 そう言うが早いか、シンの身体が輝きだした。

 ソイルやアイナ達は何が起きたのか分からず、唖然とシンがいたはずの場所を凝視した。

 クオォォォッ

「シン……」

 リン達の前に、巨大な白竜が姿を現した。その鮮やかな紫の目が狩人を睨みつける。

「シン、お前……」

「待って。君はまだ本調子じゃないんだろ!? ずっとその姿を保つことは……」

 ユーギにすがられ、シンは苦笑したようだった。「大丈夫」と少年の背を撫でた。

「ボク、みんなが寝てる時間に特訓してたんだ。魔力をためる練習もした。そうしたら、戻って来たんだ」

「じゃあ、もう」

「そうだよ、アキホ。ボクは竜の力を目いっぱい使えるんだ!」

 誇らしげに宣言し、シンはジェイスに顔を寄せた。

「だから、ボクが残る。ジェイスを手助けして、すぐにみんなに追いつく!」

 早く行って。

 巨大化したシンに促され、リン達三人は山を登るために駆け出した。

 狩人達はシンに気圧され、リン達の行く手を阻む暇がない。間をすり抜け、前だけを見て走った。

「さて」

 三人を見送り、ジェイスは狩人に目を向けた。隣に浮かぶ竜が、彼に頷くのが見えた。

 ソイルが剣を構え、アイナが手に魔弾を持つのが見えた。その他の狩人も気を取り直したのか、こちらを見つめている。

「行きますか」

 ジェイスの手の中で、力が爆発した。


 タタ タタ タタッ

 進めば進むほど、森は深く、暗くなる。

 リン、晶穂、ユーギ。それぞれがそれぞれの歩幅で前へ進む。

 無言を通して来たものの、森の闇に我慢出来なくなり、ユーギは声を上げた。

「リンさん、晶穂さん! 僕、怖い!」

「……直球だな」

 オブラートにも包まないユーギの率直な思いをぶつけられ、リンは走りながら苦笑した。晶穂も苦しげに息を吐きながら苦笑いを洩らす。

「真っ暗、だもんね。街中みたいに、明かりはないし……」

「っていうか、負の気が溜まり過ぎて、息苦しいんですけどっ」

「……いや、それは息が切れてるだけだろ」

 リンの冷静なツッコミは、木々の騒めきにかき消された。

「……着いたっぽい?」

 晶穂の呟きにリンが首肯した。

 彼らの目の前に、岩山が現れた。それは、大きな岩の塊が幾つも積み重なったものに見えた。頂上は空遠く、森の外から見えていた山はこれだったのかと納得する。

 しかし、口を開けて立ち止まっている暇はない。ジェイスとシンが追い付くまで、出来る限りの敵を倒しておかなくてはならない。

「行くか」

 リンの合図で山へと向かった。大きな穴が入口となり、三人を飲み込んだ。


 ひたすらに暗い洞窟を進む。

 リンはジェイスに別れ際渡された無線機に口を近付けた。

「克臣さん、このまま真っ直ぐで良いんですよね?」

『ああ。幾つか分かれ道があるはずだが、全て無視しろ』

 無線を受けているのはリドアスに残った克臣だ。足の怪我の具合は良いらしく、声に本来の活力が戻っている。

 克臣がリンに教えているのは、狩人の本拠地までの道筋だ。手前に洞窟があること、そしてその道筋までは事前に調査班が入って調べ済みだ。しかし、道は出口の直前までしか判明していない。その理由を、出発前夜に克臣はこう言っていた。

「調査班が洞窟を出ようとした丁度その時、見回りの狩人に見つかったんだ。班に戦闘要員は一人いたが、相手は五人だ。敵うわけがない。それで、全速力で逃げ帰ったのさ」

 どちらにしろ、それ以上は行ってみなければ分からない。リンは克臣との連絡を切った。

 幾つかの曲道と分かれ道を歩き、三人は広間に出た。

 そこだけは壁際に十本ずつ等間隔に蝋燭が灯り、全体を照らし出している。

 真っ直ぐに前方を見れば、二階建ての家程の高さのある重厚な扉が立ち塞がっていた。

「……団長、晶穂さん。あれ」

 ユーギが指差した先は扉の前だ。その場所に、静かな佇まいの男が一人いた。かっちりとした黒の衣服を身にまとい、真っ直ぐにこちらを見つめている。

「あんた、誰だ」

 晶穂とユーギを守るように進み出たリンが誰何すると、男はわずかに目を細めた。

「お初にお目にかかる、かな。リン団長。……そして」

 視線を滑らせ、リンの背後を見た。

「そっちが人間の娘、晶穂。そんで獣人のユーギ、か」

 晶穂は身をすくませ、ユーギも怯んだ。全身にこの人物は危険だという信号が伝達される。

 男の紫の瞳が怪しく光った。灰色の長髪を後ろでまとめ、垂らしている。

 リンは警戒心を露わにし、再び「誰だ」と問うた。

 男は細い目を閉じ、

「おれはイツハ。狩人の幹部。……研究所所属だが駆り出されてね。ちょっと機嫌が悪いんだ」

 ドッ

「リンさん!」

「団長!?」

 晶穂とユーギの横を、一陣の風が駆け抜けた。その瞬間、リンは壁に叩きつけられ、呻き声を上げた。二人が驚愕を顔に貼りつかせたままリンの傍に向かうと、彼は大丈夫だと右手を上げ、よろりと立ち上がった。

「なかなか効いたな」

「……流石にこれくらいじゃ、くたばんないか」

 リンがさっきまでいた場所に立ち、イツハはうーんと両腕を上へと伸ばした。リンを吹っ飛ばしたのは彼の右拳だ。つまらなさそうに口を尖らせ、次いで笑った。

「ま、少しは骨がないとな」

「俺も暇じゃないんだが。そこをどいてはもらえないか?」

「残念だけど、こっちも仕事でね。……ボスの勅令だ。無下には出来ん」

「……ボス?」

 ユーギの疑問に、イツハは低く笑った。

「坊主、おれらのボスを知らないか? リーダーやらボスやらと呼ばれてはいるが、全部同一人物だ。おれらはやつの意図を汲んで動いているに過ぎん」

 だからな。イツハはリンを見て嗤った。

「お前らの目的を達したいのなら、ボスを倒さなきゃ駄目だってことだよ」

「……ダクト、だろ」

 リンがその名を呟いた瞬間、イツハの顔色が変わった。

「……んだよ。知ってんじゃん」

 話が早い。そう言うと同時に。イツハは再びリンに襲いかかった。

 リンとて同じ手は食わない。素早く身をよじって避けると、間合いを広げ、杖を取り出した。

 応戦しつつ、蚊帳の外だった晶穂とユーギに声を張り上げる。

「二人とも、扉を開ける鍵を探せ! この部屋の何処かにあるはずだ」

「「はいっ」」

 晶穂達は二人の闘いを避けながら『鍵』を探し始めた。その様子を横目に、イツハが嗤う。

「簡単に見つかるとは思えんがな」

「……それはどうかな?」

 不敵な笑みを浮かべるリンに舌打ちをすると、イツハは攻撃の手を強めた。

 リンが応戦している間、晶穂とユーギは鍵を探して壁や床を探った。

「……ない」

 晶穂は呆然と呟いた。

 扉に取っ手はなく、押しても引いてもビクともしない。そもそもドアノブがないため引けないのだが。

 ユーギの方を見ると、彼も首を横に振った。壁に不審な窪みなどがあれば良いのだが、それも見当たらない。

「ないですね~」

「う~ん。もう一回、扉を調べよう」

「はい!」

 広間の中央部ではリンとイツハが攻防を続けている。

 晶穂は再び扉の前に戻り、ペタペタと石製の扉を触った。大きな扉だ。彼女の身長では二階建ての高さのある上まで触れることは出来ない。それでも、見える範囲を広げようとつま先立ちをした。

「……あれ?」

「どうしました?」

 晶穂は「これ」と一か所を指差した。自分の目線の少し上の場所に、小さな窪みを発見したのだ。丸いそれは、ビー玉くらいの大きさだ。何かを入れるのかもしれない。

 同じ頃、リンはイツハの胸元に光るものを見つけた。ペンダントになった先に指輪のようなものがあった。

 手を伸ばしかけるが、イツハに避けられる。間合いを十分に取り、リンは問いかけた。

「おい、それ何だ?」

「答える義務はない」

 けんもほろろの対応だ。そこに彼が隠したい何かを感じ、リンは隙を突いてペンダントを引っ張った。抵抗したイツハの勢いを利用し、リンは目的のものの金具を破壊して奪い取った。

「っ……てめえ」

「もしかして……」

 憎悪に満ちたイツハの瞳を真面に受け、リンは手の中の石がカギだと察した。真っ青な玉の中に爪の引っ掻き傷のような文様がある。

「晶穂、ユーギ!」

 振り向いた二人にリンは指輪を投げた。放物線を描いたそれが晶穂の手に収まるのを確かめ、リンはニヤリと笑った。

「さあ、続けよう」

 晶穂はリンから受け取った指輪を凝視した。大きさと形を見て、目の前の窪みにぴったりとはまりそうだ。ユーギと顔を見合わせ、頷き合った。

 カチリ

 確かに綺麗にはまった。

 途端に指輪の石から光が生じた。次いで幾何学的模様を描き、扉を包んだ。

「リンさん!」

 晶穂の叫びを聞き、リンはイツハに回し蹴りを放つのとほぼ同時に飛び上がり、翼を広げた。

「待て!」

 イツハの制止を無視し、リンは晶穂とユーギを両腕にそれぞれ抱えて扉に突っ込んだ。

(ぶつかる……!?)

 思わず目を瞑って衝撃に備えた晶穂だったが、その必要はなかった。

 三人は閉じた扉をスルリと通り抜けた。扉が開いたのではない。扉が一部透明になり、通路が開かれた、と説明すべきだろう。

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