第30話 新たな仲間

 行けども行けども、白い壁が続く。何が襲って来るか分からない洞窟の中、探し人の名を叫ぶわけにもいかなかった。

 カツカツカツ……

 靴音だけが響く。洞窟に入って三十分が経ち、そろそろ何処かに着かないものかと気を揉んでいたリン達の前に、部屋の入り口と思しきゲートが現れた。中には何が待っているか分からない。ジェイスとユーギに待つようジェスチャーで伝え、リンは中を覗いた。

「え……?」

 一言呟いたかと思うと、ジェイスとユーギの目の前でリンが駆け出した。それを止めようと立ち上がったジェイスの耳に、リンの安堵に満ちた声が聞こえてきた。

「晶穂、お前無事だったか」

「リン……さん? ジェイスさん、ユーギ」

 広間になった部屋の中に晶穂はいた。膝をつき、呆然とこちらを見つめている。リンはその傍で力尽きたように座り込んでいた。はぁー、という長いため息が漏れる。

「晶穂さん!」

 ユーギが躊躇なく晶穂に抱きついた。晶穂も少年を抱きとめた。「心配したよ」と半泣きのユーギに謝る晶穂の声もまた、少し震えていた。

「よかった。無事で」

「ジェイスさん、お手数おかけしました」

 ジェイスが頭に手を乗せると、晶穂はユーギを抱きつかせたまま頭を下げた。そんなのは良いよ。とヒラヒラ手を振ったジェイスは、改めて部屋を見渡した。

「……ここは、古代の祭祀場、かな?」

 中心には祭壇のような段があり、部屋の四隅には怪しげな雰囲気を醸し出す蝋燭の日が燃えている。部屋全体は石灰岩で覆われ、白っぽい。それが神聖だと、昔は考えられたのかもしれない。そんなことを考えていたジェイスの頭に、無邪気な声が響いた。

『うわぁ! 人が増えた』

「誰だ!」

「なになに?」

「誰かいるのか?」

 三人が一様に後ろを振り向いた。そこには誰もいない。ただ、一つの透明な球が台座の上に浮いていた。その中に小さな生き物がいる。

「晶穂、これ何だ?」

「……思いますよね」

 晶穂は三人の視線を受けて苦笑いすると、白い竜のことを説明した。ふんふんと頷きながら聞いていたリン達は、顔を見合わせた。

 ああ。と納得顔の男子達に置いて行かれたと感じ、晶穂は説明を求めた。

「三人とも、何を納得してるんですか?」

「実は、俺達もその話をここに来る前に聞いたんだよ」

 そう言って、リンはバルハに聞いた話を晶穂にした。晶穂は驚きつつも球の中の生き物を気にした。竜が気を悪くするのでは、と心配したのだ。

『大丈夫。ボクは自分のこと、分かってるつもりだから』

「そっか」

「……やっぱり、こいつか。晶穂を呼んだのは」

 物騒な空気を出すリンを抑え、ジェイスは晶穂に向き直った。

「晶穂、きみはこの子を連れて行きたい?」

「はい。……魔力も弱まっていて破壊に使うことはないはずです。それに、この子は人が好きみたいです」

「僕も。この子と友達になりたい!」

 ユーギの援護射撃に晶穂はほっと笑顔を見せた。ジェイスは年上らしく眉をひそめたが、リンの判断に一任した。

「おい、竜。お前、巨大化して飛べるか?」

『飛んだのはずっと前だけど、飛びたい。ボクがみんなを乗せて飛べるなら、連れて行ってくれる?』

「ああ」

 リンの提案に竜は乗った。ジェイスやユーギにもこの意味が分かった。彼は竜を使い、空からユラフへ乗り込もうとしているのだ。そうすれば海が荒れることを心配しなくて良い。

 ジェイスは苦笑した。彼とて竜を放っておくつもりはなかった。しかし、年長者としての立場もある。少しくらい反対の色を示した方が良いと思ったのだ。

「契約、成立だな」

 ニヤリと笑い、リンは三人に封印解除のことを告げた。

 四人は四隅に立ち、

「せーのっ」

 息を合わせ、蝋燭を吹き消した。

 パリンッ

 竜を包んでいた球が割れ、竜はゆっくりと目を開けた。

「アキホ~」

 ぱっちりと目を覚ました竜は、喜びを全身にみなぎらせながら晶穗の許に飛んで来た。竜の瞳は翼と同じ濃い藍色だ。チワワサイズの竜を手のひらに乗せた。ユーギも走って来て、竜の頭を撫でてやった。竜は気持ち良さそうにしている。リンとジェイスも顔を見合わせ、目を細めた。

「まずは、自己紹介をしないとな。俺はリン」

「わたしはジェイス」

「ぼくはユーギ! 君の名前は?」

 祭壇に集まり、男子陣はそれぞれ名のった。名前を繰り返して覚えていた竜は、ユーギの問いに目を伏せた。

「ボク、名前がないんだ」

「そうなの? じゃ、晶穗さんがつけてあげてよ」

「え、わたし?」

 突然指名されて慌てた晶穗だったが、すぐに名前を考え始めた。呻りながら、あれかこれかと思考を巡らせる

「……じゃあ、大樹の森の竜だから、『シン』」

「良いじゃん」

 単純過ぎるかと心配したが、リンがいの一番の賛成してくれ、晶穗はほっとした。シンも名前を気に入ったようで、「シン、シン」と言いながら飛び回っている。

 シンの様子を和やかに見守っていた四人は、シンの「あ」という声に目を瞬かせた。

「ボク、大きくならなきゃいけないんだよね?」

「そうだが……え、ちょ、待て!」

 リンが止めるのも聞かず、シンの身体は真っ白な光に包まれた。

「……ここで巨大化されたら、洞窟ごと潰されるね」

「って言うか、シン、ほんとに大きくなれたんだ……」

 ぐんぐん大きくなるシンに圧倒されながらも、四人は逃げ場を探した。天井は鳴動し、岩が崩れて落下してきた。

 死ぬのか!?

 全員がそう思って目を閉じた時、温かいものが彼らを包んだ。


 


 ドゴオォン

「あ~、潰れちまったか」

 バルハは洞窟の方角を顧み、苦笑いを浮かべた。

「彼ら、無事に女の子を見つけたかな?」

 名も知らぬ青年達を思い出し、バルハは呟いた。

 あの昔話を思い出したのは久し振りだ。あの洞窟は彼の先祖が祭る場所だ。それすら忘れかけていた。本当に竜がいるのかは分からない。彼らに会うことはもうないだろうが、良い旅になるように祈っておくことにしよう。

 バルハは微笑み、木こり仲間が待つ休憩所に向かって重い足取りを向けた。


 


 晶穂が目を開けると、そこは空の上だった。足元には空気しかない。

「えっ!?」

 現状を理解出来ずにいたが、隣で起こった声に顔を向けた。ユーギが目を丸くしている。その向こうにジェイスとリンがこれまたぎょっとした顔で固まっている。

「みんな、気付いた? 怪我はない?」

 頭上から声が下りてきた。顔を上げると、そこには大きな竜の顔があった。一瞬分からなかったが、晶穗は唐突に思い出して叫んだ。

「し……シン?!」

「そうだよ! みんなを森の外まで連れて行くね」

 目を細め、シンは前を向いた。改めて晶穗は、自分達を支えているのがシンの腕であると気付いた。シンの身体は白銀に輝き、長い身体が夜空に光る。

 間もなく晶穂達は大樹の森の出口に降り立った。星空の下、放心状態の四人は目の前で小さくなったシンを凝視した。

「ご、ごめん。まだ本調子じゃなくて、遠くまでは飛べないみたい……」

「別に責めてるんじゃない。驚いただけだ」

 リンの言葉に賛同して、三人もうんうんと首を縦に振った。急展開過ぎて頭が追いつかない。

「あ、克臣に連絡……」

 はっと気付いたジェイスが無線のスイッチを入れる。その間いち早く気を取り直していたユーギがシンと戯れていた。リンと晶穂もふっと微笑み合い、ジェイスの傍に集まった。

「晶穂? よかった、無事だったんだね!?」

 無線をつなげた途端、サラの泣き声が聞こえてきた。克臣の無線機を奪い取ったようだ。小さく克臣の「おい、サラ。それ返せ」という声が聞こえる。

 晶穂は苦笑し、

「サラ、克臣さんもご心配おかけしました。わたしは無事です」

「晶穂、帰ってくるの待ってるよ」

「仲間が増えたんだよ~」

「無事なら良かった……って、ユーギ、どういうことだ?」

 克臣はユーギの説明を聞き驚いたようだったが、シンとも話し、最終的には「よかったな」と笑っていた。

「それじゃ、克臣。また連絡する」

「おう。期待してるぞ」

 プツン。無線は切れた。四人と一匹は揃って次の町、テンタを目指した。

 その夜遅くにテンタに到着し、見つけた宿に滑り込んだ。シンを抱き締めて眠るユーギの傍で、リンとジェイスも眠った。晶穂は変わらず隣の部屋で眠っている。


 三日目。眠気眼をこするユーギとシンに朝食兼昼食を食べさせ、皆で町を出た。宿は簡単な朝食を提供してくれる所で、その点は助かった。ユーギは一緒に寝たシンと仲良くなったらしく、同時に欠伸までしている。

「シン、今のところ最長でどれくらい飛べそうだ?」

 リンの問いに少し考えた風のシンは「町と町の間くらいかな」と答えた。それではテンタからユラフまで行くのは無理だ。シンの力を借りるなら、ファルスまでは行かなければならない。

「まずは、ファルスに行くことだな」

 そう結論付け、一行は街道を歩き出した。

 シンのような竜は、ソディールといえども伝説上の生物だ。その辺に飛ばしておくのはまずい。その問題解決のため、ユーギがシンを縫いぐるみとして抱き歩くことになった。抱くと言ってもシンは常に浮いているため重さは感じない。

 一行は夕方にはイーダに着いた。イーダはテンタの次の町であり、住宅が多い。旅人の中継地と言うよりは、地元民の町という雰囲気だ。

 地元の商店で食材を買い求め、宿を探した。観光地などではなく探すのに苦労したが、中心街に宿を見つけた。

 商店街を歩いていた時、リンは店員と客が世間話をしているのを何となく聞いていた。彼の視線の先にはベーカリーでパンを選ぶジェイス達の姿がある。客は主婦らしく、店員の男性は無下にも出来ず付き合っているのがまる分かりだ。

「……でね、隣の奥さんに聞いたんだけど」

「はあ」

 女性は急に声を潜め、

「真面目に聞いてるの? ……狩人が獲物を探しているっていうのに」

「獲物って。まさか銀の―――」

「しっ。彼らがこちらまで来ているんだそうよ。力のない人である私達にとっては、願ってもないことじゃない」

「ですが……いや、そうですね」

 店員は主婦の意見に全面賛成は出来ないようだ。それに安堵し、リンは店内にいるユーギを見た。南は狩人の領域だ。ユーギには耳としっぽを隠すよう伝えてある。それを素直に聞き、彼はフードを被っている。吸血鬼であるリンとジェイスは、見た目ではただの人と見分けがつかない。

(だが、狩人に俺達の行動が筒抜けだと思った方が良さそうだ。偶に感じる視線がそれだろうな)

 一度も態度にも言葉にも出さなかったが、リンは大樹の森に入る直前から何者かの視線を感じていた。それが敵意かどうか分からなかったが、狩人の敵意だと思って間違いないだろう。

(ユラフに着く前に、一戦交えないといけないかもな……)

 リンが狩人への対抗策を考え始めた時、カランコロンと鐘の音がした。ベーカリーの袋を下げたユーギが胸に飛び込んできた。

「だんちょ~」

「……ユーギ、俺のことはリンと呼べって言っただろ?」

「そうでした。リンさん、ただいま!」

 ソディールで『団長』と呼ばれる人物は少ない。銀の華の団長は大陸でも良く知られている。その呼び名で感付かれ、狩人に通報されたらたまらない。幸いリンの個人名はさほど認知度が高くないことから、全員に名前で呼ぶよう頼んだのだ。

「ユーギ、うまそうなのはあったか?」

「はい! えっと、クリームパンにあんぱん、サラダパン、ソーセージパンに……」

 楽しそうに購入したパンを説明するユーギの後ろから、会計を済ませた晶穂とジェイスがやって来た。二人と頷き合い、四人で部屋を取った宿『ガダ』へ向かった。

 もう夜がそこまでやって来ていた。

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