第29話 白の洞窟

 リンとジェイスは背にユーギをかばうようにして草むらを凝視した。確かに気配がある。それも、平和的なものではなく、殺気立っていた。

「…………」

 三人は無言で構えた。晶穂を探しに行きたかったが、そうも言っていられないようだ。

 次に瞬間、跳び出して来たものに彼らは囲まれた。

 チッと舌を打ち、リンは忌々しげに呟いた。

「狩人か……」

 三人を囲み各々武器を手にした男達は、ヒャヒィと品のない笑い声を上げた。

 相手は五人、こちらは三人。相手の武器は棍棒や剣に斧、こちらは剣を佩いているだけ。

 リンはジェイスとユーギに目で合図した。こんなところで立ち止まっている暇はない。一気にたたみかけるぞ、と。

 相手はがっちりとした身体つきの大男や腕自慢らしい男ばかり。それに驕ったのか、リーダー格の壮年がニタニタ笑っている。

「恐ろしくて声も出ねえか? オレ達はこの森を縄張りにしてる山賊だ。金目のものを全て置いて行けば見逃してやっても良いぜ」

「……ここって山だったのか」

「いや。森だよ、リン」

「どうやら狩人の手の者ではないようだね」

 山賊の親分のセリフを明後日の方向に聞き流すリン達。置いてきぼりをくらった親分は、顔を怒りで真っ赤にしながら喚き散らした。

「無視するな! 俺たちは山賊だ。海では海賊、ならば陸なら山賊だ! それにただの山賊と思うなよ。……何と、狩人に雇われた山賊だ!」

 どうだ恐れ入ったか。と親分が胸を反らす前で、リンは胡乱げに山賊を見回した。盗賊と言う選択肢はなかったのかとツッコみはしない。

「狩人に雇われた、と言ったな?」

「そ、そうだ」

 思いの外低いリンの声に、山賊達は気圧されて半歩下がった。その時点で、迫力で負けている。

 リンは再び問いを放った。

「狩人に、俺達を襲うよう命じられたのか?」

「そ、そうだ」

「……そうか」

 では、遠慮はしない。そう言うが早いか、リンは鮮やかな回し蹴りで目の前にいた山賊の一人を木に叩きつけた。それを合図に、ジェイスとユーギも山賊に襲いかかった。

 たちまち乱戦になった。

 しかし、山賊側に分はない。初めから気迫で負けている。乱暴に得物を振り回すが、ユーギに躱され、ジェイスに叩き折られた。手拳だ。リンもするりと山賊の間を抜け、いの一番に逃げようとした親分に背後から襲いかかり、後頭部を蹴りつけた。

 相手はドオッと倒れ、それに気付いた山賊で動ける一人は逃げ出した。三人に伸せられた者達はその場から動けず、ある者は気絶し、ある者は死んだふりをした。

「団長、こいつらどうする?」

「捨てとけ。荷物を増やしたくない」

 陽は西側に傾いた。ここで油を売っている場合ではない。早く、晶穂を探しださねばならない。しかし最前ジェイスが言った通り、この森を闇雲に探すのは危険だった。

「おおっ。あいつらを倒しちゃったんですね」

 森の中から感嘆の声が聞こえた。リンたち三人が振り返ると、斧を肩に担いだ男が立っていた。バルハと名のった男は、木こりだと自己紹介をした。バルハは大きな体をした四十代前半くらいの男で、服や体には泥や木くずがついている。伐った材木は先に帰った仲間たちが運んだという。

「で、皆さんは何故山賊と闘っていたのです?」

「えーっと……」

 三人は顔を見合わせた。初対面の人に自分達のことをあれこれ喋って良いものか、リンは咄嗟に判断出来なかった。

「リン、バルハさんに助けてもらおう。木こりをしているという彼なら、あの子が何処へ向かったか分かるかもしれない」

「そうですね。……バルハさん、詳しくは話せませんが、俺達はとある組織と敵対しています。倒れてる山賊はそいつらに雇われたようです」

「なるほど」

 バルハは余計な詮索はせずに、リンに続きを促した。

「俺たちは、ある女の子を探しに行きたいんです。彼女はこの森で突然消えました。……何処へ行ったか、分かりませんか?」

「……突然消えた女の子、か」

 バルハは考え込んだ。そんな時の癖なのか、頬をかいている。リン達は辛抱強く待った。彼から情報をもらえれば、一歩近付くのだ。

 しばらく無言だったバルハは、ポンっと手を叩いた。

「思い出した。確か、この辺に伝わる昔話でそれに似たものがあったよ」

「その話は、どんなものですか?」

 身を乗り出して続きを催促するリンに驚いたが、バルハはコホンと咳払いを一つして昔話を簡単に語った。

「全体を話すと長くなる。要所だけ話すぞ。……昔、ある少女がこの森で消えた。まだ道も整備されていなかったから、親や村人は迷子にでもなったのだろうと大声で少女を呼びながら探し回ったんだ。しかし、見つからない。数日後、村の神官が両親の許へやって来た。そいつによれば、娘は白の竜に呼ばれたのだという。白の竜は森を住処にする恐ろしい怪物だった。しかし恐ろしがっていては、娘は戻らない。そう考えた人々は集団で竜を捕まえ、娘を助け出した。……な似てるだろ?」

「本当ですね。……その白の竜がいたのは何処ですか?」

「森の奥地にある『白の洞窟』という場所だ。名の通り白い。行き方を教えてやる」

 そう言って、バルハは自分の地図を取り出し、赤いペンで線を引いていった。地図は大樹の森のものだ。バルハは目印となる木の名を記し、リンに手渡した。

「これの通りに行けば、洞窟にたどり着けるはずだ。見つかると良いな」

「ありがとうございます」

 手を振り森へ分け入ろうとした時、ユーギが彼らを見送るバルハに問いかけた。

「バルハさん。捕まった竜は、どうなったんですか?」

「竜は、洞窟に封印されたというよ。でも、ただの昔話、伝説のようなものだ。確約は出来ないが、探し人が見つかることを祈ってるよ」

 そう言うと、バルハは三人に背を向けて歩いて行った。リン達も顔を見合わせ、地図を手に森へ入って行った。




 リン達がバルハに出会う少し前。晶穂は自分が洞窟の前に立っていることに気付き、愕然とした。さっきまでリン達と一緒にいたはずだと周りを見るが、彼らの姿はない。

「ここ、何処?」

 改めて大きな口を開ける洞窟を見た。洞窟の壁は白く、日本で言うところの石灰岩に見えた。その道はどこまでも続くように暗く、先が見えない。

 そこまで確認した晶穂は、はっと思い出した。

「わたし、ここを知ってる……」

 昨夜の夢の場所だ。あの夢と同じだとすれば、晶穂は何かに呼ばれたことになる。

 進まなければいけないのだろう。

 晶穂は入り口近くにあった木の枝にハンカチを結びつけた。リン達がここに来た時、自分がいることを示すためだ。

 ごくり。晶穂はつばを飲み込み、洞窟に足を踏み入れた。

 洞窟内は壁も地面も白く、入り口から入るわずかな日光を反射していた。そのかすかな光を頼りに、晶穂はゆっくりと進んだ。

 道はただ真っ直ぐに伸び、奥に進む度、暗さが増していた。

 不安が高まる中、晶穂は不思議な感覚に陥っていた。行くべき場所を知っている気がしたのだ。

 夢の中ならば、とっくに謎の声が聞こえている。それが聞こえないのは何故か。晶穂が正しく洞窟を進んでいるからかもしれない。

 岩と石だらけの通路は唐突に終わり、晶穂の目の前に広間が現れた。真っ暗なはずだったが、部屋の四隅に蝋燭が立てられ、燃えていた。元は長かったのか、台から蝋が滴り落ちている。

 晶穂は広間の中心に目を向けた。

「あれは!?」

 声を上げたのも無理はない。中心には祭壇と思しき段があり、そこに透明な球が浮いていたのだ。その中に更に何かが入っている。

 晶穂は近付き、球を見つめた。中にいるのは小さな動物だ。丸くなって固く目を閉じている。白い体に長いしっぽ、夜空のような藍色の翼に大きな耳。

「……モンスター?」

 可愛らしい日本のキャラクターのようだったが、何かは分からない。首を傾げた時、晶穂の頭に声が響いた。

『来てくれたんだ!』

(声がする……。この動物から?)

『そう。ボクは目の前にいるよ』

 幼い少年のような弾む声。晶穂の表情が驚きから困惑に変わる。この生物は自分を呼んだというが、何故か。そして心の声に反応を返すのも解せなかった。

 彼女の戸惑いをよそに、生き物は再び話しかけてきた。それによれば、この生物は『竜』らしい。日本で言う竜とは似ても似つかぬ姿だが、本人(?)が言うのだからそうなのだろう。

『昔、仲良くなりたかった女の子を呼び寄せたことがあったんだ。そしたらたくさんの人がここにやって来て、ボクを捕まえ、封印してしまったんだ』

 心底残念そうな声に、晶穂は内心でツッコんだ。

(そりゃあ、娘が突然いなくなったら驚くし、みんな心配するよ……)

『……そうなんだ。ボク、全然分かんなかった』

 人なら肩を落としているだろう。竜は気を取り直し、封印された後のことを語った。

『ずっとずっと、何度も何度も、何年も何年も助けを呼び続けたけど、誰も来なかった。誰かとつながった実感もなかった。寂しくて悲しくて……。でも、君は応えてくれた』

 竜は弾んだ声で晶穂に名を聞いた。晶穂が竜に訊き返すと、彼(一人称がボクだからだ)は『名前なんてないよ?』と答えた。

「わたしは、晶穂。三咲晶穂だよ」

『アキホ。ボクを助けてくれないかな? ボクは長く閉じ込められてきたから魔力は弱ってる。でもきっと、アキホの役に立てるよ!』

 声を出しても会話は成立するようだ。目の前の竜は眠ったままだが、頭の中に響く声は元気が良い。この竜が言うところの「昔」がいつなのか、皆目見当も付かないが、きっと声の通り無邪気な竜なのだろう。晶穗は彼に愛着が涌き始めていた。

 けれど、彼女の一存では決められない。

「助けてあげたいのはやまやまだけど、わたしには仲間がいるの。彼らの了承を得ないと……」

『仲間?』

「そう。封印を解くにもあなたを連れて行くか決めるにも、彼らにまずは話さないといけない」

 そのためには、彼らと再会しなくては。

 逸る気持ちを抑え、晶穗は「そういえば」と竜に封印解除の方法を尋ねた。封印されているのは竜自身だから知らないかもしれない。そんな考えは徒労に終わった。

『封印は、広間の四隅にある蝋燭の火を同時に消すことで解かれるよ』

「何でそんなこと、あなたが知ってるの……?」

『だって、封印された時、封印を施した神官と村人が話しているのを聞いたから』

 神官達は竜が眠っていると信じ込み、目の前で解除法を大声で話していたという。もしも竜の力を使わなければならないような事態が生じた時、その方法を知らなければどうしようもないからだ。それを聞いて、晶穗はガクっとすっ転びそうになった。迂闊にもほどがある。

 しかし、四隅の蝋燭を同時に消すとなると、やはり晶穗一人では無理だ。蝋燭が自然に消えるのを待てば良いのではないかと言ってみたが、蝋燭の長さは微妙に違い、同時に消えることはないのだという。もしも別々に消えれば、封印は永久に解けない。

 洞窟の入り口には、目印のハンカチがある。だが、それもリン達が辿り着かなければ意味を成さない。

(みんな、ここに来てっ……)

 晶穗は広間の入り口を向いて手を組み、一心にそう願った。




 バルハにもらった地図を手に、リン達三人は森を進んでいた。獣道と呼ばれる細い道を辿り、大きなサジュの木を右に折れる。シーズという鹿に似た動物の角傷が走る岩を横目に、真っ直ぐ進んだ。

 夕刻が近付き、鬱蒼とした森は更に暗さを増した。夜が恐いというユーギに貼りつかれ、ジェイスは苦笑した。リンはただ前だけを見て歩みを止めない。

 リンは、自分が今どんな感情を抱いているのかよく分かっていなかった。苛立っている気もするし、大きな不安に駆られている気もする。前回晶穗がいなくなった時もそうだった。狩人にさらわれたと聞いた時、すぐに助けなければと気が逸った。彼女が無事だと知って安堵したが、気丈過ぎて痛々しくも感じた。彼女の涙に心拍数が激増した。

(何なんだよ……)

 自分への苛立ちを込め、リンは小さく舌打ちをした。幸い、枯葉を踏む音にかき消され、ついて来ているジェイスとユーギには聞こえなかった。

 リンが振り返ると、ジェイスは無線で克臣と連絡を取っていた。晶穗が消えたと聞いて騒ぐ声が漏れ聞こえたが、克臣はすぐに平静を取り戻した。

『で、お前らは晶穗を追ってると。……見つかりそうか?』

「必ず見つけるけど、まだ例の洞窟は見えてこないなあ。克臣は、さっき言った昔話、知ってたか?」

『俺はその辺詳しくない。でも、ソディールも広いからな。地域ごとの言い伝えがあって然るべきだろ』

 克臣には晶穗と合流出来次第、再び連絡することで話がついた。無線を切り、ジェイスが息をつく。

「まさか、昔話を追うことになるとはね。この分じゃ、今日中に森を抜けるのは難しそうだな」

「次の町・テンタからは馬車もあるし馬を借りることも出来る。ファルスまではすぐですよ」

「そうだね。まずは晶穗と合流しよう」

 ジェイスは気を取り直す風でリンの隣を歩き出した。しかしリンは知っている。彼が伝承や昔話を好んで集めていることを。実はこの寄り道も望むところだったのだろう。証拠に、ジェイスの足取りが少し浮足立っている。本人は気付いていないのだろう。リンは内緒にしてやることにした。


 二十分ほど歩みを進めると、三人の前が開けた。目の前に大きな洞窟が口を開けている。壁は白く、『白の洞窟』と呼ぶのに相応しいと感じられた。

「ここか……」

「団長、ジェイスさん。これ!」

 ユーギが何かを見つけた。呼ばれた二人が近付くと、枝にハンカチが一枚巻きつけられていた。白地に桜の花があしらわれたそれは、晶穗のものに相違ない。ユーギによれば、彼女の部屋で見たことがあるという。

「これで、あの子がここへ来たのが確実になったね」

「はい。行きましょう」

 辺りは真っ暗だ。これでは進めない。リンは鞄からマッチを取り出し、手頃な枝に火をつけた。それを松明代わりにして、三人は洞窟に足を踏み入れた。



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