第27話 シアドまで

 リン達はアラストの隣町・イリスへ到着した。

「ユラフに最も近い港町には多く見積もっても四日あれば着く。今日はここで小休憩と補給をして、次の宿場町・シアドで宿を取ろう」

 ジェイスの提案に頷き、リン達は町の中央広場を目指した。

 広場は住民の憩いの場になっているらしく、楽しげに走り回る少年達や散歩中のおじいさん、赤ん坊を抱いた母親など老若男女がそれぞれの時間を過ごしていた。

「今二時か。遅くなったけど昼にしよう」

「やった~、お昼!」

 ユーギは諸手を挙げて、真っ先にベンチに座った。晶穂・リン・ジェイスも各々腰を下ろして包みを開いた。

 この弁当は彼らが南へ旅立つと知り、食堂当番の女性達が腕によりをかけて作ってくれたものだ。小さなおにぎりとサンドイッチ、卵焼きや野菜の肉巻きなど若者が喜ぶ具で、弁当箱が隙間なく詰められている。

「うまい!」

 ユーギの歓喜の声が示す通り、作り立てのように柔らかな米やパン、ジューシーな肉などが彼らの口を楽しませた。

 手を合わせて作り手に感謝すると、四人はイリスの市場を訪れることにした。

 イリスはアラストを出た旅人が南に向かう際に初めに通る町だ。規模自体は小さいが、市場は活気に満ちている。新鮮な地元の野菜や果物を始め、近港で獲れた海産物も顔をそろえている。どの店も日本の商店街にありそうな店構えである。

 リンとジェイスの二人と別れ、晶穂はユーギと手をつなぎ、威勢の良い店員の声に気圧されながら店先を見て回った。ここで旅支度をするのだ。二人は食料を買う係である。

「旅支度って、何を中心に見ればいいんだろ……」

「晶穗さん、旅は初めて?」

「うん。日本じゃ遠くに行くのは新幹線や飛行機があるから。徒歩で知らない場所に行くなんて経験ないよ」

 困った顔で笑う晶穂に「ふーん」と返し、ユーギはある店先で足を止めた。

「旅ってね、何があるか分かんないんだ。だから、縄や救急セットは勿論、日持ちのする食べ物も欠かせない。例えば、これみたいに!」

「……それ、何?」

 ユーギが手に取ったのは何かの干物のように見えた。しかし、元が何だったのかは分からない。首をひねっていると、店主の男性が豪快に笑いながら声をかけてきた。

「ボウズ、旅慣れてるみたいだな」

「はい。前に、家族で山越えをしたことがあって」

「そりゃ良い経験だったな。さて、そこの姉ちゃんは初心者か」

「そうです。……それ、何なんですか?」

「これか? 獅子肉だよ」

「……これが」

 晶穂は改めてまじまじとユーギが手に持つ肉の塊を見た。確かに動物の肉である。

 店主はユーギから肉を手渡され「おまけしてやる」と言って紙に包み始めた。

「これは獅子肉の干したもんだ。軽く一週間はもつ。うまく調理して食えよ」

「はい、ありがとうございます!」

 銀貨を支払い、二人は店を出ようとした。すると店先に人だかりができて道に出られない。集まっているのは若い女性が多い。

「何かあったのかな?」

「晶穂さん、ぼくをおんぶしてもらえる?」

 求めに応じた晶穂の背中で、ユーギは体を伸ばした。そうすることで、少しでも遠くを見渡そうとしたのだ。その試みは功を奏し、ユーギは人だかりの原因を見ることが出来た。

「あ~……」

「見えた?」

 スルスルと晶穂の背を下りたユーギは、肩をすくめて頷いた。

「見えたのは見えたけど……。ぼくらが助けないと、多分ダメだ」

「助ける?」

 何をかと問うより先に手を引かれ、晶穂はユーギと共に無理矢理店の外に出た。

「あ」

 人ごみの間からその中心を覗いた晶穂は、思わず声を上げた。

 人だかりの視線の先にいたのは、リンとジェイスだったのだ。しかも女性達に囲まれて困惑している様子だ。どうやら晶穂とユーギを迎えに来たタイミングで、彼女らに捕まってしまったらしい。

「あの二人と克臣さん、銀の華の外にファンクラブがあるんだって聞いたことがあるよ。意外と知られてないけど。……まあ、ぼくだって三人には憧れてるから、人のことは言えないけど」

「……そ、そうなんだ」

 サラは銀の華の中ではファンのような人はいないと言っていなかったか。しかし、外では違うらしい。この辺は日本と変わらないな、と晶穂は呟いた。ミーハーはどの世界でもいるようだ。……少し、胸がもやついた。

「でも、いつも克臣さんをからかってるから、ユーギにとっては遊び相手位の認識なのかと思ってた」

「そうなんだけど……」

 ユーギは照れたようにへへへと笑い、表情を改めた。

「ぼくが三人を尊敬してるのはほんとだよ。……これ、克臣さんには内緒だからね?」

 絶対にからかわれるから。そうユーギに頼まれた晶穂だが、きっと克臣は喜ぶだろうと思った。

 こほん。咳をして調子を整えたユーギは、晶穂の手を握って引いた。

「どっちにしろ、二人を助けなきゃ。晶穂さん、行くよ!」

「え? う、うん!」

 何をするのかと思ったのもつかの間、晶穂の隣でユーギが叫んだ。

「団長、ジェイスさん! 何してるんですか、行きますよ!」

「お、おお」

「今行くよ。……ごめんね、連れがいるから」

 ジェイスにサインをねだっていたと思われる少女は残念そうな顔をジェイスに向け、その直後、ユーギの隣にいた晶穂に鋭い視線を送った。

(ひいっ)

 引きつる顔に笑顔を貼りつけて、晶穂もリン達に手を振った。二人と合流し、速足でその場を後にした。

 町外れの木の下までやって来た四人は、顔を見合わせて息をついた。

「助かったよ、二人とも」

「銀の華にいると分かりませんけど、二人とも有名人なんですから、ああいうのは適当にあしらってくださいよ!」

 腰に手をあてて青年二人に言い放ったユーギに、リンとジェイスは「面目ない」と苦笑いした。

「ああやって一気に来られるとは、夢にも思わなかった」

「『ジェイスさんですよね!?』って声をかけられて振り返ったが運のツキだったね……」

 言い訳を並べる二人の傍で、晶穂はリン達に群がる少女達の顔を思い出していた。どの目もキラキラして、まさにアイドルに会ったようだったのだ。

「お二人とも、大人気でしたね」

 くすくす笑いながら晶穂が言うと、リンが複雑な顔をした。

「ま、気を取り直してシアドに行きますよ!」

 肉屋の店主の威勢を分けてもらったように、ユーギは先頭に立って歩き出した。


 夕方、四人はシアドのゲートをくぐった。目の前には美しい海と砂浜が広がり、たくさんの漁船が見えた。港町であるシアドは魚介に恵まれ、他大陸との交易も盛んだ。

「今晩はここに泊まろう」

 そう言ってジェイスが指したのは『宿・ヤフ』の看板だった。漁師や旅行客の宿泊が多いシアドだが、ヤフは小さな宿屋である。昨日のうちにジェイスが予約を入れており、四人は手間なく通された。部屋割はリン・ジェイス・ユーギ、晶穂で二部屋に分かれた。

 ヤフでは食事を出されない。リン達は自炊のための台所を借り、ここに来るまでにシアドの町で買い求めた食材でカレーもどきを作った。この世界にカレーライスはないが、それに似たオージャというスパイスをふんだんに使ったスープがある。それに野菜や肉を入れて煮込み、ご飯にかけてみたのだ。

「うん。初めて食べたけど、リドアスのカレーぽくってぼくは好き!」

「うん……うまいな」

「創作してみるものだねえ」

「よかったぁ」

 三人三様の反応だったが、総評は良いものだった。ヤフの奥さんにオージャの作り方を教わった晶穂は、ほっと胸を撫で下ろした。ジェイスがオージャを口に運びながら、

「晶穂は料理が得意なの?」

「得意というほどじゃないです。施設でみんなの食事を作る手伝いをしていただけなので」

「そう謙遜しなくても良いよ。十分上手だ。……な、リン?」

「こほッ……」

 突然ふられ、リンは盛大に咳き込んだ。涙目になりながら、ユーギに背中をさすられている。

「何を、言い出すかと、思えば。……びっくりするじゃないですか!」

「そんなに焦らずとも。深い意味はないよ。それとも、何かあるように聞こえたかい?」

「……いいえ」

(うわあ。ジェイスさん、笑顔が黒い……)

 ユーギはリンの背からジェイスを覗き見、顔を引きつらせた。隣では晶穂も苦笑いを浮かべた。ほんのりと頬が赤い気もしたが、ユーギは気のせいだろうと結論付けた。

 食事を終えて後片付けも済ませ、四人は部屋に集まった。そこはリン達男子陣のものだ。明日以降の行路を話し合うために集合したのだ。

 リンが地図を広げ、ジェイスは克臣に無線をつないだ。

『お、みんな元気か?』

「克臣、みんな元気にシアドに到着した」

『それはよかった』

 こちらも変わりはない。と克臣が教えてくれた。彼と文里が中心となり、リドアスを仕切っているという。狩人が攻め込んでこない限りリドアスが急を告げることはない。その点では安心だった。

「克臣さん、狩人の情報はありますか?」

 リンの問いに『ちょっと待てよ』と返し、克臣は紙を開くカサカサという音をさせた。

『あ、あった。……うん、怪しい情報は入ってない。お前達が南へ向かっているのはあちらも知ってるだろうし、ここに直接乗り込んでくることはないだろ。獲物はそっちにいるしな』

 克臣の言う獲物とは、リンと晶穂のことだ。リンは銀の華団長であるから、彼をたおせば銀の華は自ら崩壊する可能性が高い。そして晶穂はその血が狩人の目的達成のためには必要だ。そのような理由のために、二人は狩人にとってまさに獲物なのだ。

「ま、確かに」

 リンは首肯し、晶穂もぎこちなく頷いた。

 微妙な空気を感じ取ったのか、克臣は努めて明るい声を出した。

『何にせよ、伝えるべきことは俺から全て伝える。だから安心しな』

 また明日。そう締めくくり、克臣は通信を遮断した。

 ジェイスは無線を鞄にしまい「だそうだよ」と微笑んだ。

「何もないようだし、よかったね」

「そうですね。……こちらの動きが漏れているとして、明日からは襲撃も警戒しないと」

 改めて気合を入れ直すように拳を握るリンに、

「力の入れ過ぎは、反対の結果を招くよ」

 とジェイスは諭した。それに頷き、リンは再び地図に目を落とした。

「ここがシアド。明日は『大樹の森』に入ります」

「『大樹の森』?」

「そう。ここだ」

 晶穂の疑問に答え、リンは地図上を指し示した。シアドの文字の南、大陸を横断するほど大きな森が描かれている。ジェイスによれば、地元の人でも正しい道を外れれば無事には帰れないという魔の森だという。

「正しい道はちゃんと整備されてる。それから外れなければ怖い場所ではないよ」

「分かりました」

 晶穂はそう返事をし、ユーギは不安顔で尋ねた。

「……迷ったら、どうなるんですか?」

 それに対して「聞いた話だが」と前置きをして、リンが声のトーンを変えた。

「森の奥には、神を祀る場所があるらしい。その神は迷った旅人を食い物にする恐ろしい怪物なんだと」

 だから、迂闊に俺達から離れるなよ? そう脅され、ユーギは目を潤ませて何度も頷いた。耳は垂れ、しっぽは巻いてしまっている。晶穂は彼の頭を優しく撫でてやった。

「恐がらせるのはそれくらいにして。明日も早いし、もう寝ようか」

 正しい道を通れば、出口に夕方には着くから。ジェイスのその言葉を合図に、晶穂は彼らの部屋を出た。

 晶穂の部屋は、三人の向かい側にある。シンプルな木のベッドが置かれ、一人掛けのソファが二脚と机が一つある。大きな窓から外を見れば、暗闇に灯台の明かりが浮かび、海を照らしていた。

 ふわぁと欠伸をし、晶穂はベッドに横になった。リドアスからここまでの疲れが出たのか、瞬間的に寝入ってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る