第26話 戦闘服

「……っていうのが、俺とジェイス、それからあのソイルって野郎との初対面だな。あー、喉痛ぇ」

 語り終え、克臣は机に突っ伏した。疲れたらしい。

 ここはリドアスの食堂。昼食の時間は過ぎ、座る人もまばらだ。

 克臣の前にはジェイスとユーギが座っている。ジェイスは微笑み、ユーギは好奇心に顔を輝かせていた。

 昼食の最中に、ユーギが尋ねてきたのだ。克臣とジェイスはソイルと知り合いなのか、と。その疑問に答えるべく、食事の後に克臣は長々と喋っていた。時折、ジェイスによる補足はあったが。

「これで、お前の質問には答えられたか? ユーギ」

「うん。疑問は解けたよ、克臣さん」

「その後も色々あったけど、それは追々訊けばいいよ」

「わかったよ、ジェイスさん」

「……ジェイス、緑茶くれ」

 ジェイスは苦笑してグラスに入った緑茶をわたしてやった。それを受け取り、克臣はあおるようにそれを飲み干した。

「じゃ、リンのところに行くか」

「そろそろ約束の時間だからね」

 三人は席を立ち、食器返却口にグラスを置いた。食堂当番の「いってらっしゃい」という声に送られ、リンが待つ会議室へ向かった。

 克臣の怪我は全快していない。しかし動く分には支障がなくなったため、医者にはもう来なくてもいいと言われた。足を痛めたはずのジェイスの怪我は、完治したと言ってもいいレベルだ。吸血鬼の回復力が現れた結果だろう。

「リンは、もう南へ行くつもりか?」

 廊下を歩きながら、克臣が誰とはなく問うた。ユーギは二人の間を遅れないように歩くのに必死だ。代わりにジェイスが口を開いた。

「そうだろうね。北での戦いは、始まりに過ぎない。南へ行かなければ終わらないよ」

「……それまでに、足は治さないとな」

 克臣は自分の右足を指した。医者には完治にはもう少しかかると言われているが、そうも言っていられなくなるかもしれない。それはそれで望むところだ。

 ジェイスは苦言を呈して注意を促した。

「……無理しても治るのが遅れるだけだろ」

「分かってるけどさ」

 三人は話しながら進み、リンの待つ会議室の戸をたたいた。

「あ、来ましたか」

 大きな机にはみ出しそうな地図を広げていたリンは顔を上げた。ジェイスがそれを覗くと、ソディールの大陸地図である。アラストやトースなど、主要町村の名が書かれている。リンはアラストから南へ行く行路を考えていたらしい。机の上には色ペンが数本転がっている。

「選定は順調かい? リン」

「ジェイスさん。あいつらがいるのはここ、南海なんかいの島・ユラフです」

 リンは地図の南端、南海に浮かぶ大きな孤島を指した。そして指を滑らせ、向かいの大陸側にある点の上で止める。

 ユラフは大陸から遠く離れているわけではない。せいぜい船で一時間の距離だ。それが孤島と呼ばれるのは何故か。それは、海の荒さにある。

「南海は荒波で有名だ。日によっては巨大な渦潮が発生する。地元の漁師でも漁の日を選ぶんだろ」

 克臣が説明すると、リンは頷く。克臣は仕事が暇な時、アラストの漁師の仕事ぶりをぼおっと見つめている。ほとんどの場合、彼らの手伝いを買って出て汗をかくことになる。

 リンは「そうです」と頷き、

「でも南海をどうにかして渡らなければ、やつらの所にはたどり着けない。南端であるファルスに行くまでに決めますけど」

「……誰かドラゴンでも召喚してくれないかな」

「いや、そんな高能力な人いないよ?」

 ユーギの提案にジェイスが突っ込みを入れる。確かにドラゴンがいれば砂漠だろうが氷河だろが荒波だろうが越えられる。しかし、それは甘過ぎるだろう。非現実的だ。

 ちなみにリドアスの扉は使えない。日本へつながる扉である。それ以外の未踏の地にはつながっていない。

「ま、最終的にはジェイスの力で橋かけちまえば良いしな」

「……人任せか」

「そう言うなって」

 渋面のジェイスの肩を爽やかに笑う克臣が叩いた。

 ジェイスの能力は、空気を固めて攻撃や防御に使うこと。形を変えれば大きな板を作り、人を乗せて空中を移動することも可能だ。能力の消費も多いのだが。

「……最終的に何も手段がなければ頼みます」

「…………心得た」

 なんとか苦笑いするジェイスの了解を取り、リン達は話し合いを再開した。

 その時だった。

 トントントン

「誰だ? ……どうぞ」

「失礼しまーす」

 戸をゆっくりと開けたのは、猫耳の少女・サラである。どうした? と問えばくすくすと笑いだす。

「この子が、部屋の前で立ち止まってたので」

 サラはそう言うが早いか、背中に隠れた人影を前に押し出した。わあぁ、と間の抜けた声を上げて進み出た少女を見て、リンは首を傾げた。

「晶穂? 何か用か」

「えと……」

 晶穂は頬をかき、瞳を横に滑らせてこちらを直視しようとはしない。克臣とジェイスは彼女の言わんとすることを察したのか、微笑ましく見守っている。ユーギは目を丸くするばかりだったが、サラに耳打ちされて納得らしい。リンはじれてもう一度尋ねた。

「言いたいことがあるなら言えよ」

「晶穂っ」

 サラに促され、晶穂は瞑目し、リンを直視した。

「……リンさん。わたしも連れて行ってください」

「―――――は?」

 リンは口をカパッと開いた。「間抜け面だぞ」という克臣の指摘を受けて慌てて口を閉めたが、驚きの色は濃い。

「……本気か?」

「勿論、本気です」

 しっかりと晶穂は首肯した。リンはまじまじと彼女の顔を見て、そして顔を離して頭をガシガシとかいた。晶穂の申し出をどう処理すべきか迷う気配を見せる。

 そんなリンに助け舟をと、ジェイスが口を挟んだ。

「リン。晶穂の願いを聞いてあげても良いんじゃないかな?」

「ですが」

「……わたしに皆さんのような力はありません。でも、狩人がわたしも狙っていることは確かです。目的達成に使えますから」

 晶穂は「それから」とつないだ。

「わたしは、何で自分にそんな血が流れているのか知りたいんです。後天的吸血鬼の子どもなら、どうして両親がそうなったのかも知りたい。……そのヒントが少しでもあるかもしれない。お願いします、わたしも同行させてください!」

 晶穂は深々と頭を下げた。「おい、頭上げろ」とリンが慌てても上げない。その行為が彼女の決意の固さを表している。

 晶穂は夏休みに入る前にアルバイトを辞めた。日本にいるよりもソディールにいる時間が増えたことに加え、リンにリドアスにいる限り給料が出ると言われたことに起因する。それもあり、晶穂は銀の華のために自分が出来ることを模索しているところだった。渡りに船なのだ。

 リンは考えあぐねて部屋の中を見回した。サラ以外、これからの旅の同行者ばかりだ。ジェイスと克臣、ユーギが笑顔でこちらを見て頷いた。

 それ以上、リンに抗う力はなかった。

「……分かったよ。一緒に来い、晶穂」

 俺が護るって言ったしな。とリンは笑いかけた。少し諦めた雰囲気もあったが、晶穂にとっては待ちに待った許可だ。晶穂は勢いよく頭を上げた。

「ありがとうございます!」

「……おう」

 満面の笑みを浮かべる晶穂を直視せず、リンは地図の正面に移動した。晶穂の周りには「よかったな」と克臣達がわいわいと集まり祝福してくれた。

「おい、浮かれてる時間はないぞ。晶穂も加わるんならこっちに来い」

「はいっ」

 リンの周りに集まる四人の様子に微笑み、サラは静かに部屋を後にした。


 シュン シュン

 朝焼けにリドアスの裏庭が照らし出された。そこに響く空を切る音は、ジェイスの手拳だ。鮮やかに打ち出される技は、晶穂を見惚れさせた。

(駄目だ。ジェイスさんに稽古つけてもらってる意味がなくなる)

 文里に護身術を習っていた晶穂だが、ジェイスが帰って来た次の日からは彼に習っている。聞けば、文里とジェイスの武術の師匠はリンの父・ドゥラだという。ドゥラ亡き今、武術を使う銀の華メンバーはジェイスか文里に師事する者が大半だという話だ。文里はその役目を請われても、ジェイスに投げることが多いらしい。

 現在、晶穂はジェイスのもとで武器を使うための体の動かし方を習っている。

 ジェイスは動きを止めた。

「じゃあ、晶穂。ここまでやってみて」

「はい」

 晶穂はジェイスの動きをなぞり、腕と脚を動かした。しかしどうしてもぎこちなくなる。それを見ていたジェイスは、スッと体を動かす。

「わたしが仕掛けるから、それから逃げてくれるかな」

 そう言うと晶穂の返事を待たず、ジェイスは軽く彼女の手首を掴んだ。晶穂は体を引いて逃れようとするがうまくいかない。ジェイスは彼女の腕に触れているくらいの感覚かもしれないが、常人の力いっぱいくらいの圧がある。流石に言い過ぎかもしれないが、晶穂にはそう感じられた。

(だったら……)

 晶穂はジェイスに習った通り、指を組んで上に引き上げた。

「きゃっ」

 勢い余って尻餅をついた晶穂に、ジェイスは手を差し伸べた。

「大丈夫かい?でも、良い行動だったよ」

「あ、ありがとうございます」

「次にこんなことがあったら、同じように行動すると良い」

「はい」

 ジェイスは朝日に目を凝らし、後ろにまとめた髪に手をやった。

「今日だねぇ、出発は」

「そうですね」

「準備は出来てる?」

「はい。必要最低限のものだけ鞄に入れました」

「良いね。食糧とか旅の道具は各地の宿場で買えるから」

 朝ご飯に行こうか。というジェイスの提案に賛成し、晶穂は彼について戸をくぐった。


 午前十時。

 リン・晶穂・ジェイス・ユーギの四人は、リドアスの玄関ホールに集まった。克臣もその場におり、

「あ~あ、俺も行きたかったな」

 と文句を言った。ジェイスが苦笑して、

「そんなこと言っても、怪我が治ってないんだからしょうがないだろ」

「お前ら吸血鬼の再生能力がおかしいんだよ」

 克臣は恨めしげにジェイスの足を見た。痛めていた形跡は見えない。ジェイスは苦笑して言い返す。

「それこそ、わたしの意図ではないよ」

 克臣は今回、リドアスでオペレーターの役割を担う。ジェイスの持つ無線と連絡を取り、リドアスで新たに分かったことなどを教えてくれる予定だ。最初は動向を願い出ていた克臣だったが、足手まといになるからと自ら考えを改め、買って出てくれた。怪我が完治していないことと、日本での会社勤めが主な理由だ。

 リンは彼らを横目に、晶穂に視線を移した。

 晶穂は動きやすいパンツスタイルだ。長い髪は下ろしたままだが、腕のシュシュでいつでもまとめられるようだ。小さな薄茶色のリュックが可愛らしい。

 対するリンも薄手のパーカーとズボン姿だ。オレンジ色のウエストバッグを斜めがけしている。

「何ですか?」

「なんでも……」

 首を傾げる晶穂に、リンはそっけなく答えた。その様子を見上げ、ユーギが微笑んだ。

 ユーギの同行は、彼の意志だ。前回北の大陸で活躍した彼は、それ以降、積極的にリン達と共にいようとしている。

「じゃ、みんなのことを宜しくお願いします。克臣さん」

「おう、任せとけ」

 気を付けてな。という克臣に見送られ、四人は南へ向けて旅立とうとした。その時、廊下の先から叫ぶ声が彼らを立ち止まらせる。

「待って!」

「サラ?」

 はあはあ、と荒い呼吸をしながら走って来たのはサラだった。驚く一同に、彼女は持っていた紙袋を突き出した。

「これ、あげるっ!」

「これ…………え!」

 妙に膨らんだ紙袋。それを渡された晶穂は重さによろめき、中身を見て声を失った。中に入っていたのは、色鮮やかな手作りの衣服だったのだから。

「……服?」

「そう。みんなの分、だよ。団長たちが北の大陸に行った日から、作ってたの」

 手芸は得意なんだ。そう言ってサラは微笑んだが、五点の衣服を作るのに、どれほどの労力をかけただろうか。

 一点一点、テーブルの上に並べていく。

「この青いのが団長の。で、白と赤が晶穂。黒と白のがジェイスさんで、こっちのオレンジのがユーギ。……で、この深緑のが克臣さんです」

 サラの説明を聞いていた克臣が目を丸くした。

「俺のまで作ってくれたのか」

「だって、まさか行かないなんて思わないじゃないですか。どちらにしても、今日渡しましたけどね」

「しかし、凄いね……」

「ぼく気に入ったよ! サラさんありがとう!」

 感嘆の言葉を吐くジェイスとサラに飛びつくユーギ。リンもまた、驚きで声が出なかった。

 サラによれば、リンの服は軍服をイメージしたらしい。はなだ色(薄い藍色)のジャケットと白いシャツに黒のズボンを合わせ、襟についた銀色の花のピンが印象的だ。

 晶穂の衣装は日本の巫女のイメージ。白く小袖のような長い袖が広がるような構造で、山吹色の幅広いベルトを腰に締める。また、緋色のミニスカートの下は黒のショートパンツである。

 ジェイスの衣装は神官らしい。右が黒、左が白の生地が使われ、長めのすそが膝裏まである。白い部分にはクロスをデザイン化した模様があしらわれている。それを上着として、下にはシンプルな黒の上下だ。片耳のみのイヤリングとして、ブルーサファイア色の石が使われている。

 ユーギの服はアジア圏の遊牧民族のイメージが入っている。広めの袖には蜜柑色の糸で装飾がなされ、風で遊ばないように二の腕には黒のベルトが巻かれている。白いそのトップスの下には優しい橙色のシャツが重ねられ、黒の短パンが全体を引き締める。

 克臣の服は武士のイメージが反映されている。青緑の直垂ひたたれの上から、草摺くさずりのような鎧を右肩から袈裟懸けする。黒の小袴のようなズボンに脛あてのような生地が続いている。

「……うん、みんな似合ってます」

 折角だから着替えようというジェイスの提案に乗り、全員が着替えて並んだ。全員を見渡し、製作者のサラは満足げに微笑んだ。

「ありがとう、サラ」

 晶穂が感謝の言葉を言うと、彼女は照れ笑いを浮かべた。リンも自分の服を見て、サラに礼を言った。

「……戦闘服って感じだな。気が引き締まるよ」

「へへっ。そのつもりだったから。――さあ、出発してください」

 サラの後押しを受け、四人はリドアスを発った。

 目指すは、南の大陸最南端。

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