南の大陸へ

第25話 最悪な出会い方

 時は十年ほど前に遡る。

 克臣がソイルと出会ったのは、彼が十二歳の時だ。

 ジェイスは小学三年生の時、克臣のクラスに転校してきた。大人しいジェイスに活発な克臣が話しかけたことから、彼らの親交は始まった。

 その頃から、ジェイスは大人びていた。落ち着いた物言いや雰囲気を持ち、女の子たちの視線を集めていた。一方の克臣は年齢相応に無邪気で、怖いもの知らずな面があった。

 小六の夏。克臣はジェイスに連れられて、初めてソディールにやって来た。

 初めて見る街、初めて感じる異世界。克臣はジェイスに導かれ、アラストを抜け、巨大な森へとやって来た。

「うわぁ、凄いな」

 目をキラキラと輝かせて周りを見渡す友人に、ジェイスは少し得意げな顔をした。自分の手柄ではないが、自分の知っている世界を誰かに褒めてもらうのは、こそばゆい。

「うっそうとしてるだろ? この中に、とっても綺麗な泉があるんだ。一緒に行こうよ」

「行きたい!」

 ジェイスに手を引かれ、克臣は森へと分け入った。日本では聞いたことのない動物の鳴き声や鳥の声が響き、広葉樹が大きな葉を広げている。克臣は胸をときめかせ、親友と共に跳ねるようにして森を走り回った。

 やがてたどり着いた泉は、克臣の想像をはるかに超えていた。水面は陽の光を浴びて輝き、その下にある底は泉の上からでもよく見えた。透明な水の中では、数えきれないほどの大小さまざまな魚たちが泳ぎ回る。克臣が手を入れると、そこにいた魚は逃げてしまった。

 遊んでいるうちに、空に浮かぶ太陽は次の世界へと旅立ってしまった。

 二人は身を寄せ合い、泉の近くに立つ大樹の根元に座り込んだ。

「暗くなっちゃったな……」

「うん……。何処に行くかは伝えてるから、ドゥラさん達が迎えに来てくれると思うけど」

 盛大に叱られるだろうなあ。ジェイスはそう呟いて苦笑した。

「ドゥラさん?」

「そう。ドゥラさんは、ぼくがいる『銀の華』の団長なんだ。お父さんもお母さんもいないけど、一番怖いのはあの人だから、気が重いよ……」

「へえ。おれにも紹介してよ」

「もとからそのつ―――」

 ドンッ

 つもりだよ。とジェイスが言い終わらないうちに、森の奥で何かが爆発した。衝撃に驚き振り返った二人の目の前で、再び小さな爆発が起こった。

「グッ……」

「うあっ」

 爆風に飛ばされて幹に叩きつけられた二人がなんとか起き上がった時、森の中で何かが光った。松明かと思われたそれは、魔力の光だった。二人が第二波を警戒して構えたその時、

「おやおや……。こんな所に狩り対象がいるとは」

「誰だ!」

 克臣の誰何に答えるつもりか、声の主は低い笑い声を上げた。「その声は」と絶句したジェイスを不審がった克臣の耳に、再び声が響く。

「私のことを知っているとは。……君は『銀の華』の構成員ですね?」

「……だとしたら?」

 虚勢を張ったジェイスの言葉に、声は行動で返答した。

 ドゴッ

 かはっ。

「……ジェイス?」

 呆然と呟き、目だけを動かした。克臣の隣で立っていたはずのジェイスが今、木の根元で呻いている。その展開の速さについて行けず、克臣は棒立ちでいるしかない。

 声は再び笑うと、二人の少年の前に姿を現した。

 男はまだ成人していないようだった。そうは言っても少年二人には十分大人に見えた。サラリとした藍色の髪が夜風に揺れた。

「なんだ。もう一人はここの人間じゃないな。……ま、吸血鬼や獣人は人間とは言えんが」

「なん、だと……」

 キッと睨みつけられ、男は少々驚いたようだ。肩をすくめてみせる。

「何か言いたいのかもしれないけど、ただの異界人である君に、出来ることなんてないよ」

「くっ」

 奥歯を噛みしめる克臣を無視し、男はジェイスの傍に腰を下ろし、まじまじと見た。ふうん、と鼻を鳴らす。

「こいつ、ドゥラの秘蔵っ子だな。良い獲物だ。連れ帰れば人質になる」

「う……」

 謎の男は、ジェイスの体を抱えようと手を伸ばす。ジェイスは気にぶつかった衝撃からか、抵抗することが出来ない。

「ま―――」

 待て、連れて行くな。力はないと分かっていても、克臣はじっとしていられる性分ではない。飛びかかってでも止めてやる。そう心に決めると駆け出しかけた。

 しかし、克臣が動く前にことは動く。誰かが放ったものが、彼の横を通り過ぎた。

 ヒュン

「待ってもらおうか?」

 火の玉が飛び、男はそれを跳び躱した。離れた所に着地した男は「あなたですか」と火が飛んで来た方を向いて口端を上げた。

「うちのメンバーだ。勝手は許さんぞ、狩人?」

「……ドゥラさん」

(この人が、ドゥラ……)

 克臣は後からやって来た男を見た。ドゥラは五分刈りの黒髪だ。だからと言って厳つい体つきではなく、細身だ。克臣の視線に気付き、ドゥラは片目をつぶって見せた。「助けに来たぞ」という意味なのかもしれない。

 ドゥラと対峙していた男は溜め息をついて立ち上がった。

「あなたが来たのなら、こちらは不利です。潔く退きましょう」

「そいつは助かる。君たちのボスに言っておいてくれるか?」

 ドゥラは言葉を切ると、目を細めた。

「……お前らは、必ず倒す、とな」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 男は踵を返し、森の奥へ去ろうとした。はっとした克臣は、その背に呼びかけた。

「っ……。お前、誰だ!」

 ぴたりと足を止め、男は呟くように名乗った。

「……ソイル。君は?」

「克臣。おれは、園田克臣だ」

 覚えておこう。そう答え、ソイルと名のった青年は森に姿を消した。

 これが、ソイルとの最悪な出会いだ。


 ソイルを見送り、ドゥラは傷ついたジェイスを抱え上げ、克臣を促してリドアスへ戻った。玄関ホールのソファにジェイスを横たえられ、克臣はその隣の一人用椅子に座った。

 さて。前置きをし、ドゥラは克臣の真向かいに腰を下ろした。立っていても百七十センチ以上ありそうな彼だったが、座っても威圧感があった。しかし細面に笑顔を乗せると、親しみやすさが前面に出る。

「園田克臣くんだね。ジェイスと仲良くしてくれてるんだってな、ありがとう。わたしが『銀の華』団長・ドゥラだ」

「あ、園田克臣です。……こちらこそ、ジェイスにはお世話になってます」

「よく出来た少年だ」

 はははっ、と爽やかな声を響かせたドゥラは、銀の華について教えてくれた。

 銀の華は、ドゥラが創設した自警団のようなものだということ。吸血鬼や獣人の身を護ることを目的にしていること。そして狩人とは、自分達と対立する人間中心の組織だということ。

「……でも、銀の華にもただの人はいっぱいいる」

「ジェイス!大丈夫か?」

 それまで眠っていたジェイスが身を起こしたのを見て、克臣は慌てて支えた。「ありがとう」と礼を言い、ジェイスは肘で体を支えた。

「すみませんでした、ドゥラさん。彼を危険にさらしてしまいました……」

「そんなことっ」

 反論しかけた克臣を目で制し、ジェイスはドゥラに頭を下げた。うーん、と腕を組んだドゥラは声を厳しくした。

「確かに異世界の人を連れて来て危険な目に合わせるのはいけないことだ。……でも、お前に友達が出来たのが嬉しいよ、ジェイス。向こうでもきみが独りでいるんじゃないかと、心配していたからな。もう、危険なことはしないと約束してくれるな?」

「はい」

 ドゥラを正視し、ジェイスは頷いた。

「よし。まずは怪我の手当てだな。ホノカにやってもらいなさい。その後、克臣くんを自宅へ送り届けよう」

 ホノカはドゥラの妻だという。彼女の元へ向かった二人は、ドゥラの部屋で手当てを受けた。ホノカの傍で本を読む少年に目を移し、克臣はジェイスに尋ねた。

「この子は?」

「ドゥラさんとホノカさんの息子。確か今年で九歳の男の子だよ」

「へえ……」

 消毒されてしみる痛みをこらえながら、克臣は少年をまじまじと見た。黒髪が所々跳ね、赤色の瞳は聡明そうだ。少年は本に夢中なようで彼らの視線には気付かない。

 怪我の手当てを終え、克臣は玄関ホールに立った。ドゥラの命を受けてファルという壮年の男性が彼を送り届けてくれることになった。

「じゃあ、ジェイス。また学校でな」

「うん。……また新学期」

「ファル、この子を頼んだ」

「ええ。任せてください」

 ファルに手を引かれ、日本へつながる扉を通りかけた克臣は、くるりと振り返った。ファルの手を無理矢理離し、ドゥラの前へ走り出た。「どうした」と驚く彼に、克臣は叫んだ。

「おれを、銀の華に入れてください!」

 思いもかけない発言に、その場が凍り付く。いち早く正常を取り戻したドゥラが、克臣の顔を見るために片膝をついた。

「……本気かい?」

「はい」

 しっかりと頷き、克臣は続けた。

「おれは、さっきソイルってやつと対峙した時、ジェイスが痛めつけられてるのに、何も出来ませんでした。大事な親友なのに、何も出来なかった。……それに、吸血鬼や獣人を意図的に差別する考え方は偏っています。おれは、それに違和感を感じます。それは間違ってると示してやりたいんです」

「……」

 ドゥラは無言だ。克臣は必死に受け入れてもらおうとしていた。ジェイスはその様子をはらはらしながら見守っている。

 しばらく無言を通したドゥラは、瞑目して再び目を開いた。口調が柔らかく変化する。

「良いだろう。基本的にこの組織は来る者拒まずだからね。……ただ、君はまだ未熟だ。ジェイスと同じく、見習いとして身を置くことを許そうじゃないか」

「ありがとうございます!」

 満面の笑みで一礼すると、克臣はジェイスにも笑いかけた。ジェイスもそれに応える。

「今日は、もう帰りなさい。ご両親も心配なさってるだろう。ここに来るための鍵は明日用意してわたす。その後はいつでも来ると良い」

「はいっ」

 克臣は今度こそファルに導かれ、扉をくぐって行った。

 帰宅時、ファルが説明してくれたお蔭で余り叱られずに済んだが、きっちりお灸は据えられた。数日間、学習量を二倍に増やされてしまった。

 その後の克臣は、夏休みの間は毎日のように「友達と遊ぶ」と理由をつけてリドアスに通った。学校が始まってからも放課後はいつもジェイスと共にソディールに通った。


 それから数年後。ドゥラは亡くなり、彼の長男であるリンが銀の華を継ぐこととなるが、それは後の話だ。

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