第21話 救出

 トースの神殿最奥に到着した。

 そこは広間というには広すぎた。大広間と呼ぶべきだろう。

 大広間には正面に階段があり、上へとつながっている。上部へと目を向ければ、巨大な神像がこちらを見下ろすように立っていた。顔の部分が影になって見えないが、その体つきを見るだけでも威厳を感じる。

「……ここが、最後の部屋っぽいな」

 克臣の声が、反響する。大声を出したわけではないが、彼の声は異様なほどに空間を行き来した。

 リンたち四人は、ぐるりと中を見回した。ギリシャの神殿のような柱が何本を建ち、ここが古い時代のものであることを匂わせる。

「誰も、いない、か」

「そうではないよ。よく来たね、銀の華諸君」

「!」

 リンの呟きに否を唱えた人物は、階段をゆっくりと下りてきた。十数段を一歩降りる毎に、部屋の四隅にある蝋燭の火が灯っていく。それは大広間全体を照らし、男の姿をも照らし出した。

 黒く暗い気配が濃くなっていく。男はその顔に感情を映さず、穏やかにすら見える。

「……ソイル、貴様か」

 唸るような声で、克臣が言うと、ソイルはふふ、と微笑んだ。声のみで。

「おお、克臣。さほど久し振りでもありませんね。また、私たちを邪魔しに来たのですか?」

「察しがよくて助かる。早急にこの北の大陸から出て行ってもらおう」

「それは……出来ない相談だ」

 おもむろに懐から拳銃を取り出し、ソイルはその銃口を克臣の額に向けた。引き金が引かれれば、全てが終わる。それでも臆することなく、克臣は言い捨てた。

「……相変わらず、姑息な」

「誉め言葉と受け取っておこうか。残念ながら、私は筋力に自信がなくてね。邪魔ものを消そうと思えば、こうするのが手っ取り早い」

 息巻きも、逆切れもない。淡々と話すソイル。やりにくい相手だ、とリンは内心舌打ちした。

 お互いが動かない。睨みつけ合いながらも、どちらをも拳銃が牽制している。

 銃口をむけたまま、ソイルは一つ提案をした。

「あなた方は、私たちを北から追い出したいのでしょう? ……もし、万が一、私を屈服させることが出来れば、潔く身を引きましょう」

「ほう、それを信じろと?」

「ジェイス。信じる信じないは自由にしてくれたまえ」

 クックと笑いながらソイルは言った。どうする? と目で問いかける。

 ジャキン

「……いいぜ。やってやろうじゃねえか」

 克臣は大剣を。深海のような深い青色の玉のついたつばが印象的だ。その先には幅が広く長い刀身が伸びている。刀身に対して短い柄部分は、青が基調になったシンプルなデザインだ。

 そんな大剣を軽々と構え、克臣は後ろにいたジェイスに頷きかける。

「相手は俺だけで充分だろ」

「おやおや……。安く見られたようですね?」

 そういうと同時に引き金は引かれたが、発された銃弾は克臣が両断する。

「次はこっちから行くぜ!」

 そう言い放つと共に、克臣はソイルとの距離を一気に詰めた。横から殴りつけるように大剣を振る。しかしそれはソイルに避けられ、空を切った。

 ブンという音が響き、克臣は大剣の遠心力でバランスを崩すかと思われた。しかし足を踏ん張ってそれを押し留め、そのスピードを利用して第二波を放つ。

 ソイルも負けていない。拳銃からは何度も銃弾が流れ出て、克臣を襲う。その一発が克臣の頬をかすったが、克臣の攻撃は止まない。

 克臣とソイルの戦闘音を背に聞きながら、ジェイスはリンとユーギを呼び寄せた。

「二人とも、ここはわたしと克臣に任せてほしい。やってもらいたいことがあるんだ」

「やってもらいたいこと?」

「それは?」

 流れ弾がこちらへ飛んできた。リンが動くよりも早く、ジェイスは空気の盾でそれを跳ね返す。それを気にする様子もなく、ジェイスは二人に言った。

「きみたちに合流する直前、小さな声が聞こえた。きっと狩人に連れ去られた何処かの村の住人だろう。この神殿の周りには、地下牢でもありそうだ。その声の主を助けてあげてほしい」

 頼んだよ。そう言うが早いか、ジェイスは踵を返して防御壁を構築する。そこに魔力の塊が被弾した。

「急いで!」

 ジェイスに急かされ、二人の少年は大広間を飛び出した。「待て!」というソイルの声が追いかけてくるが、そんなものを気にしてはいられない。

(助けるべき命を守り助けるのも、銀の華がすべきことだ……!)

 正直、後ろ髪引かれる思いがないわけではない。しかしそれと同時に、ジェイスと克臣なら絶対に大丈夫だという自信もある。リンは脇目も振らず、ユーギと共に神殿の出口を目指した。

 ダンッ ダンッ

 幾度となく発砲音が鳴り響く。そして何かが壊れる爆発音も。リンは、振り返りそうになるユーギを叱咤する。

「俺たちが今、すべきことは戻ることじゃない!」

 もう少しで、神殿の外に出る。三人の戦闘音は遠く、それでも鮮明だった。


 外は既に暗闇の只中にあった。月明かりはあるはずだが、木々が生い茂って期待出来ない。薄暗いとはいえ明るい場所から来た二人は、暗順応に時間がかかった。

「ユーギ、ジェイスさんは地下牢を探せって言ったよな?」

「うん。……探してみよう」

 獣人であるユーギはまだ夜目が利く。そしてにおいにも敏感だ。彼の嗅覚を頼りに、二人は囚われ人を探した。

 何処まで行っても木、木、木。あまり遠くへは行けない。神殿に戻れなくなる。

 巨大な建造物の周辺を回ること十数分。ぴくりと動いたユーギの鼻が、森とは違うにおいを嗅ぎ分けた。

「こっちだ、団長」

「……鉄格子?」

 カサリと触れた雑草の間から覗くそれを見つけ、手をかける。冷たい金属の感触が伝わって来た。耳を近付けると、呼吸音がする。

「おい。……誰か、いるのか?」

「……!」

 ざわり、と地下で衝撃が走った。衣擦れの音や息を呑む音がする。しかしリンの声に反応を返す声は、なかなか聞こえてこなかった。

 辛抱強く待つこと五分ほど。おずおずといった調子で、小さな声が誰何すいかした。

「だれ……?」

「俺はリン。銀の華の団長を務めている。きみは?」

「……あのね、あたし、すず

「鈴、か。いつからそこにいるんだ? それから、何処から来た?」

「みっかまえ、かな。あたしはホライからつれてこられたけど、トースのひともいるよ」

「わかった。鈴、すぐに助けるから。まずは鍵を……」

 地下牢には鍵穴があった。それに合う鍵を見つけなくてはならない。当然、落ちているわけもなく、可能性としては……。

「そこで何をしている!?」

 思考を遮る怒鳴り声に、リンとユーギは振り返った。

 そこにいたのは、鉄の鎧に身を固めた兵士二人組。ここにいるということは、狩人の仲間なのだろう。獣人や吸血鬼は重装備を嫌う傾向にあるため、彼らは人間だと判断出来る。鋭い槍の先を二人に向けてくる。

 兵士の腰に鍵を見つけた。一本のみである。リンとユーギは目で会話した。

 一人がもう一度、同じ問いを口にした。

「何をしているのか、と聞いている」

「……」

 応える義理はない、とばかりに五月蠅げな視線を投げられ、兵士の一人は憤った。

「貴様ッ……」

「我らは狩人の者だ。見たところ、吸血鬼と獣人のようだな」

 チッと男は舌打ちし、こちらに暗い瞳を向ける。それを正面から受け止め、リンはゆっくりと立ち上がった。ユーギも傍で臨戦態勢を取る。

「確かに、俺たちは狩人じゃない。……鍵を渡してもらおうか?」

「何……ぎゃあっ」

 顔にリンの回し蹴りを食らい、鍵を持っていない方が近くの木の幹にぶつかった。それに驚いたもう一人が半歩下がる間に、ユーギが腰から鍵を引き千切る。麻紐でくくりつけてあって助かった。

「だ、誰かきてく……ぎゃ」

 助けを求めて背中を見せた瞬間、兵士はその場に崩れ落ちた。リンが手拳で気絶させたのだ。

「ユーギ、頼む」

「ラジャー」

 鍵を持ったユーギが地下牢の戸を開けるのを見つつ、リンは手早く二人の兵士を木の幹にくくりつけた。紐の材料はその辺の蔦である。これが意外と強い。リンたちが神殿を去るまでの間もってくれればそれでよし。

 パンパンッと手をはたいて立ち上がると、離れた場所から抑え気味の歓声が聞こえてきた。ユーギが無事に助け出したらしい。

「よかった。みんな怪我はないな?」

「あ、団長!」

 ユーギが笑顔で振り返った。彼の周りには数人の幼い少年少女がいて、近くには大人の男女もいた。それぞれが泥などで汚れてはいたが、それほどの衰弱はないらしい。

 その中から小さな猫耳が飛び出す。ぽすんとリンの足にしがみついたのは、ボブヘアの少女だった。五、六歳か。

「だんちょうさん!」

「きみは……鈴か?」

「うん! だんちょうさんもユーギさんも、たすけてくれてありがとう!」

「みんな無事ならいい。狩人がその中にいるかもしれない。気を付けて」

「うん」

 ばいばい、と手を振りながら鈴が駆けて行った先には、くたびれた様子の女性がいた。彼女は鈴の母親だろう。リンに深々と頭を下げてくれたため、お辞儀を返した。

「ん? ユーギ……」

 いつの間にか、傍にいたはずのユーギがいない。きょろきょろと見回すと、少し先で何かを抱えている姿があった。近寄ると、小さな女の子だった。

「その子は?」

「あ、団長。こいつ、ぼくの妹です」

 兄に抱かれて安心したのか、五歳だという少女はぐっすりと眠っている。そのサラサラの髪を撫で、ユーギは地下牢を指差した。

「牢の鍵を開けて中に入った時、一番に飛びついてきたので驚きました。まさか、妹がいるなんて……。泣きわめいてたのでそれをなだめてから、牢の奥に固まっていた人たちを順番に外へ出しました」

 この辺りの蔦、頑丈ですね。とユーギは笑った。安堵の笑みだ。

 見れば、大きな木の幹に長い蔦がくくりつけられ、地下牢の中に垂らされている。それを上ることで、全員が地上に出たのだ。

 ユーギは妹をホライの知人に預け、見送った。本当なら一緒に行きたかっただろうが、彼にはまだやるべきことが残っている。

「ユーギ、神殿にもど……」

 ドンッ

 戻ろう。リンがそう言い終わる前に、神殿の奥から爆発音が響いてきた。地面も揺れる。木々にとまっていた鳥たちも一斉に飛び立った。

 先に出た鈴たちは大丈夫だろうか。そう思ったが、今は確認出来ない。このままではまだ残っている人々が危険にさらされる。

 リンは数秒間で考えをまとめ、ユーギを呼んだ。

「ユーギ、みんなを人里まで送ってくれ。その後、サディアたちと共にリドアスへ。俺たちのことは待たなくていい」

「はいっ。……団長は」

「二人と帰る」

 克臣とジェイスが負けるはずはない。そういう確信はあるが、不安が残る。この揺れは、尋常とは言い難い。

 リンはユーギが人々を誘導するのを確かめると、走り出した。

 目指すはトースの神殿最奥部。

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