北の大陸へ

第14話 ユーギ、北へ

 北へ向かう汽車の中。車窓から顔を出すと、風のように駆け抜ける景色を間近に見られる。遠くにそびえたつ山脈はなかなか飛んで行かず、ユーギは首を傾げた。

 彼は今、北の大陸最大の都市・アルジャへと向かっていた。

 北の大陸というが、島があるわけではない。ソディールは巨大な大陸で、その北部部分を『北の大陸』、南部を『南の大陸』と呼び分けているのだ。勿論島もあるわけだが、それらは大陸には遠く及ばない。

 どうしてユーギが汽車に乗っているのか。その理由は、昨日に遡る。


「リン、北からの報告書だ」

「ありがとございます、克臣さん」

 夏休み期間に入り、数日が経った。仕事帰りにリドアスに寄った克臣が、直後に配達員から受け取った封書をリンに渡す。そこには「速達」と書かれていた。

 封を開き、厚めの書類に目を通す。

「……克臣さん」

「どうした?」

 眉間にしわを寄せたリンが、克臣に書類を差し出す。読んでほしいとの意図をくみ取り、克臣はそれを手に取った。

「なになに……。『北の大陸に置いて、狩人の動きが活発化しているもよう。アルジャを中心に狩人の目撃情報が増え、銀の華を名乗ることは難しい』か。最近静かだと思ったら、着々と侵食してたってわけだ」

「ええ。気付けなかった俺の落ち度でもありますけどね。……幸い、まだ獣人や吸血鬼が殺されたという内容はありませんでした。隠されているだけかもしれませんが」

「それを確かめるためにも、北に応援を送るか?」

「それが良いと思いますが……誰を」

 時期的なこともあり、銀の華に関係する人々の多くが里帰りをしていたり、旅行に行ったりしている。正規メンバーではないため誰も止めないが、こういった場合に人員不足は顕著だ。少数精鋭を是としてきた中でも、それはあだとなる。

 その時、コンコンとリンの自室の戸が叩かれた。「どうぞ」と許可すると、ジェイスと共に小さな獣耳が姿を見せた。

「ジェイスさん、それにユーギも。どうしたんです?」

「わたしは付き添いだよ。ユーギがリンの部屋の前で立ち聞きしてたから」

「ユーギが?」

 どうした? と尋ねると、ユーギは一瞬の躊躇いを見せた後、意を決したようにリンの顔を見上げた。

「ぼくが、行きます」

「……え?」

「北の大陸への応援、ぼくに行かせてください!」

「……」

 驚いて声も出ないリンたちに、ユーギは自分の思いを精一杯説明した。

 ユーギの故郷・ホライ村は北の大陸にあり、家族が心配だということ。家族から毎月のように来ていた手紙がここ二か月程途絶えていること。こちらから送っても返事がないこと。

「……それに、北の大陸は小さな頃から父に連れられて歩き回った庭のような場所です。全く役に立たない、ということはないと思います」

 懸命に話し終え、ユーギは無意識に肩で息をしていた。興奮していたらしい。胸に手を当て呼吸を整え、ユーギは頭を下げた。

「ぼくをサディアさんたちのメンバーに加えてください。お願いします」

「……危険が伴う、とわかっているのか? ユーギ」

「もちろんです」

「……そうか」

 真っ直ぐな目でこちらを見つめるユーギに、リンは少し怖気付いた。その真剣な瞳は、年齢よりも上に見えた。ちらり、とジェイスと克臣を見ると、二人は顔を見合わせ、こちらに頷いた。

「やらせてみたらどうだ、リン」

「勿論、調査のみで帰って来る、という条件でね」

「……だそうだが。ユーギ、それでもいいか?」

「はいっ。ありがとうございます!」

 ユーギは勢い良く頭を下げ、準備のために自室へ走って行った。

 それを見送って、リンは遠方調査員の班長であるサディアに送るユーギの紹介状を書き始めた。晶穂が部屋を訪ねたのは、そんな時だった。

「ユーギくんが走って行ったけど、どうしたんですか?」

「自分から、狩人がはびこる北の大陸へ行きたいと言い出したんだ。……凄いだろ?」

「凄い、けど……一人で?」

「そんな馬鹿な。遠方調査班に連絡して、彼女らのもとで動くよう言ってある。だから、大丈夫だ」

「そっか。……ユーギ、凄いな。わたしも頑張らないとね」

 胸の前で片手を握り締め、晶穂は言った。

「そういえば、何か用があったのか?」

 そうリンが尋ねると、晶穂はふふっと口端を上げた。改めて彼女を見れば、オレンジ色のエプロン姿だ。

「みんな暑さでまいってるから、アイスでも作ろうかと思いまして。で、何味がいいか聞きに来たんです」

「アイスか、いいな! 俺はチョコに一票!」

「わたしは……抹茶も好きだよ」

「チョコに抹茶……美味しそうですね~。じゃあ……リンさん、は?」

「ん?」

「お?」

 克臣とジェイスが晶穂とリンの顔を見比べる。かあっと顔を赤くした晶穂に対し、リンは一応平静を保った。

「……バニラ、がシンプルで好きだ」

「……あ、わかりました。じゃあ、その三種類、作ってみますね! お、お邪魔しましたっ」

 ぺこりと頭を下げ、ぱたぱたと廊下を走る音が途絶える頃、克臣とジェイスの意味ありげな視線に耐え切れなくなり、リンは報告書に再び目を落とした。

 リンの部屋から走って戻ったユーギは、自室で荷物をまとめた。リュックサックに地図や非常食、その他サバイバル用の道具を揃える。翌日朝、迎えに来たサディアたちと共に北へ向かう汽車に乗ったのだ。


 ユーギは車窓から頭を車内に戻すと、向かいに座った女性に声をかけた。

「サディアさん、このままアルジャへ向かうの?」

「そうだよ。どうやら狩人がアルジャに入ったらしいっていう情報をつかんだからね。確かめに行くんだ。ユーギも家族や親戚が北にいるんだろ? それがあんたがここにいる理由だろうし、会いに行ってみたらいいさ」

「ありがとございます!」

 サディアは赤毛の長い髪を三つ編みにして背中に垂らしている。青いバンダナを髪ゴム代わりに巻き、頭には獣の耳はない。今年、二十歳になったばかりの元気な女性だ。

 彼女は銀の華でも数少ない純粋な人間である。もしも狩人に見つかったとしても、同じ人間ならば即刻始末されることはない。そんな理由もあって、遠方調査員班の長を任されている。最も、サディア自身がそれを望んだことが一番の理由だが。

 太陽が西に傾き始めた頃、ようやくアルジャ最寄りの駅に到着した。アルジャ中心にも中央駅があるのだが、そこは使わない。何故なら、いつ狩人と出会うかわからないからだ。

 遠方調査班の総勢は六名。ユーギを入れても七名だ。駅で合流した七人は、挨拶もそこそこに森の獣道に入った。

 サディアを筆頭に、狼人のアルキ・猫人のリクト・人間のセン・犬人のサク・吸血鬼のポーレというメンバーだ。

 そのまま裏道を縫ってアルジャの路地に入り、とある建物の前に立つ。くるりとこちらを振り返り、サディアは建物を指差した。『宿屋きん』という看板が見える。ぼんやりと照明に照らされて、古めかしい雰囲気を醸し出す。

「よーし、みんなお疲れ様。今夜はうちの知り合いの宿に泊まろう。銀の華のメンバーだと言えば、半額程度で泊まらせてくれる……はず」

 暖簾をくぐり、サディアは店内に声をかけた。

「こんばんはー。おばさん、いる?」

「……その声、サディアかい?」

 ユーギがしわがれた声のする方を見ると、品の良い老婦人が姿を見せた。「あ、ラナクお婆さん」とサディアが微笑むのを見る限り、近しい知人のようだ。老婦人の後ろから、彼女の娘らしき女性も顔を出す。エプロンをつけた彼女は、サディアを見て目を丸くした。

「あら、サディア。お仕事?」

「キンおばさん、お久し振りです。そう、仕事。部屋を一部屋でいいから貸してくれないかな?」

「勿論。皆さんもどうぞ」

 キンに促され、ユーギたちはこぎれいな宿屋の奥へと足を踏み入れた。

 玄関は個人宅のように狭かったが、奥は違う。ウナギの寝床のように長く、廊下の両側に幾つもの部屋が設けられていた。彼らが案内されたのは、『青の間』という広間二つ分の大きめの部屋だった。

 サディアは衝立障子のようなものを立て、こちらは男部屋、こちらは女部屋と割り振った。サディアとセン、ポーレが女性。アルキとリクト、サク、そしてユーギが男性だ。

 風呂を使いさっぱりした後、一時的に障子を取っ払い、サディアは皆を広間の中心に集めた。

「それじゃ、明日の動きを確認しよう」

 地図を広げてみんなで見る。サディアの声はよく通る。他の部屋の客の迷惑になるのではないかと危ぶんだユーギだったが、その疑問はアルキが氷解させてくれた。

「大丈夫。この宿に他の客はいないはずだ」

「そうなんですか?」

 アルキはユーギの父親と同年代である。そのせいか、ユーギは彼と父親のような感覚で接していた。アルキには子どもが二人いると風呂で教えてくれたため、尚更だ。

「この宿はサディアの叔母さんのものなんだ。サディアが事前に連絡を入れていたかは知らないが、普段なら連絡さえしておけば、その晩だけは他の客を入れないでいてくれるんだよ」

 今夜はサディアが連絡し忘れていたのだが、偶然宿泊者がいなかった。

 アルキの話を聞き、ユーギはサディアの言葉に耳を傾けた。

「狩人が最初に見かけられたのは、アルジャの南にある住宅街。それがつい二ヶ月前。その後、街中にも出没。うちらが明日行くのは住宅街。そこなら、人間よりも獣人や吸血鬼が多い。色々教えてくれると思う」

 サディアはユーギをちらりと見た。話について来ているか確認したのだが、彼はサディアの指す地図をじっと見つめている。

「……今回は調査が目的だから聞き込みが終わり次第報告に戻るつもりだけど、もし狩人を見付けても単独行動はとらず、うちに知らせること。拠点だけでも目星をつけられれば、尚良し」

 そこで一息いれ、サディアはユーギの目を見た。

「ユーギは、アルキさんと共にホライ村へ」

「ぼくの故郷にですか?」

「うん。最近その辺りでの目撃情報もあったから、二人でお願いします。何かあれば、すぐ連絡を」

「わかりました」

「了解、班長」

 サディアより十五歳年上のアルキが、ユーギの頭をぽんぽん叩いた。

「子ども扱いしないでください!」

「おっと、悪いな。ガキどもと同い年なもんで、つい」

「あっはっは。アルキさんとこの子どもは十歳と六歳でしたっけ?」

「そうだよ、リクト。今頃はもう寝てるだろうな……」

 目を細め、窓から夜空を見上げるアルキ。その姿を、ユーギは複雑な心持ちで見つめていた。

 やり取りを見守っていたサディアは、他のメンバーにも指示を飛ばす。リクトら四人には、正体を隠してアルジャの様子を調べてくるよう依頼する。

「それじゃあ、班長はどうするの?」

 センに問われ、サディアは「うちは、別口」と地図を指差した。場所はトース。アルジャの隣町である。

「こっちにも情報があってね。調べてくる」

 その他注意事項を伝え終わると、サディアは「解散! みんなゆっくり体を休めるんだよ」も言った途端に、いの一番に寝床に飛び込んでしまった。その様子に苦笑しつつ、他のメンバーも布団を被る。

 ユーギも布団に寝転がろうとしたが、隣のアルキが布団に入らないのを見て首を傾げた。

「アルキさん、寝ないんですか?」

「ああ、当番制で夜の番をするんだよ。あと三時間もしたら、次の人と交代。だから、ユーギくんは寝な」

「はい。おやすみなさい……」

 はりきりすぎた反動か、ユーギは目を閉じた瞬間に睡魔に襲われた。

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